第5話 都合の良すぎる世界1

 無意識に辿り着いていた店を前に、オルカは珍しくもいい笑顔を浮かべた。



「来週給料日だし、…買っちゃえ!」



 ガランゴローン♪ …と開けた店は化石店だ。

かつてこの大陸に生息していたとされる古代生物、動物や植物の化石のお店だった。

 オルカは化石が大好きなのだ。

正確には、今は化石となってしまった動物達の生前の姿を想像するのが好きだった。

普段物静かな彼が大興奮する唯一の物が化石で、化石はどんなに元気が無い時でも彼を笑顔にしてくれたし、化石と向き合っている時だけは世界だの違和感だの、暗い事を考えずに済んだ。



「こんにちは~!」


「よーうオルカ!いいとこに来たじゃん?」


「…まさか!、新しいの入荷したの!?」



 店の店主からすれば、こんなオルカは可愛くて仕方がなかった。

まだ小学生だった頃からディスプレイに顔を張り付け何時間もじーーっとただ見ているだけだったのが、成人し自分で稼げるようになると月一で必ず店に赴き、大興奮で何かを購入していくのだから。


 同じ化石好きという面でも語り相手となってくれて有り難いし、何より品行方正なオーラの漂うオルカが、『うわあ!?』『すっご!』…と、少年らしく騒ぐのが可愛くて仕方がなかった。



…コン!


「…とんでもねえレア物を仕入れたぜ。」


ゴクリ!


「な、…なに。」


「……見るか?…見るだけはタダだからな。」


「…もちろん見るよ。」


「………本当に、…見るのか…?」


「…うん。」


「……………本っ~当に、…見るのか?」


「だから見るってば!?」


「ギャハハハハッ!?」



 店長は一通りオルカをからかうと、『いくぞ。』…とやっと箱を開けた。

 オルカは中身を見た瞬間にハッ…とした。

直径20センチ程の平たい石にハッキリと埋まっていたのは……



「まさか…コレ、………『虫』?」



 店主はニヤリと笑い、『ああ』と返した。



「俺も虫は初めて見た。

…実在してるのかすら疑ってたのにな(笑)?」


「す…すごい!!」


「だろ?…見てみなここ。

これが羽だ。……これで飛ぶんだ。」


「鳥類の翼と似たようなものなんだよね!?

…すごい!凄い凄い!!本当に虫だ!!

…ちゃんと節があって、……これ、目?」


「…ぽいな。 …どうやらこいつは巨大な樹液に取り込まれ、化石化したみたいでな?

それでこんなに形がハッキリしてんだとさ?

まあ嘘か本当か知らんけど。」


「うっわあああああああっ!!!!」



 オルカは大興奮で、その場で足をドタバタ動かした。

店主は『ほれみろヤベーだろ?』…とドヤ顔だ。



「ほっ……しぃぃぃいいいいっ💖!!!

店長これ…っ、コレいくらなの!?」



 オルカの言葉に店主はフッと鼻で笑い、コン!…と裏返していた値段表を立てた。



「!? ひゃ…ひゃくま…ん!?!?」


「120万~。 …ナムサン?」


「えええええええええっ!!!!」



 ガッッ……ックリである。

店主が『見るだけはタダ』『本当に見るか?』と言っていたのはこの値段だったからなのだ。

とてもじゃないが、120万など用意できる筈もない。

 オルカはガクッ!!…と膝に手を突き項垂れた。



ズウウウウウン…!


「120万なんて!一生かかっても無理っ!!」


「おーい一生は言いすぎだろ~。

…こつこつ貯めりゃ10年後にゃ買えるさ?」


「そんなの他の人が買っちゃうに決まってんじゃんこの辺は制服の人ばっかいるんだから!?」


「俺にキレんなっての?」


「……ちなみに~なんだけど、…この虫…って、」


「聞く?…聞いちゃう?」


「ああ聞きたくないけど聞きたいっ!!

…い!いいよ言って。…覚悟なら出来てる。」


「その年でその台詞をよく言った。

…だったら俺もマジで答えなきゃなんねえな。」


…ゴクリ。


「こいつはな。 ………  … 」


「…………早く言ってよもおおっ!?」



 店主はニヤリと笑い、……まだ溜めた。

オルカは『ギャアアアッ!?』…と彼ではないかのようにその場で地団駄を踏んだ。



「勿体ぶりすぎだよ!?」


「はは!、悪い悪い!

こいつはなぁ?、『トンボ』さ。」


「……『とんぼ』。」


「ああ。古代生物の分野は研究が進んでねえから詳しいデータは無いんだけどな?

種類も何千といたらしいぞ?」


「……すっご!」



 トンボという古代生物の化石にほえ~とするオルカをクスッと笑うと、店主はガラスケースに入る数々の化石達をぼんやりと眺めた。

トンボの化石と同じように石に埋まっているものがあれば、しっかりとした骨で中型の動物の化石もあった。

彼等はただ静かに、そこに佇んでいた。



「……不思議なもんだよな?」


「…ん?」


「かつてこの世界に存在していた古代生物達は、何故か現代には一種たりとも生きていない。

『虫』『動物』『爬虫類』『両生類』…上げだしたらキリがない程の生命体が、かつてはちゃんと存在してたんだ。

それなのに今は、…ぜーんぶ『こう』なっちまった。」


「………」


「…何故彼等は滅んでしまったのか。

何故俺ら人類だけは生き残ったのか。

………ほれアレあの化石、『木』。

木だって昔は『土』から生えてたらしいぞ?」


「……『つち』…?」


「そうだ。かつて生物はみーんな土に還った。

その生を終えた肉体は、ビセイブツにより腐り…、分解され、土に還り、大いなる世界の一部に還っていったんだ。

…むしろ本当はその方が『正しい』んだ。」


「…!」



………そう。 …そう…だ。



「この世界は『全て石から出来ている』。

…目に見えない程小さいビセイブツも、翼の生えた鳥も、強い顎と鼻を持っていた犬も、強靭な足で走っていたカンガルーも、…トンボも、死に絶えたのに。何故か俺ら人類だけは生き延びている。

『水を無限に生み出す石』『空気を綺麗に浄化してくれる石』『浮力のある石』『光る石』。

あげだしたらキリがねえが、そういった石達が俺らを生かした。

…不思議に思わねえか?

『なんで人類だけ?』…ってよ。」


「……………」



 オルカはドクドクと高鳴る心臓に堪えながら、『この人になら…』と微かな希望を抱いた。

今彼が語る疑問こそ、自分の抱いてきた違和感と同じなのでは? …と。

『彼ならば自分の疑問に答えをくれるのでは?』と。



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