第112話 手紙
海堂もツバメも、動揺しながらもオルカをもてなしてくれた。
役所が新設された経緯や世界がどう変化したかを丁寧に説明しながらも、海堂はオルカの服装や仕草、何よりも成長した姿を、不思議そうにしつつも感慨深く見てしまった。
オルカからすれば嬉しい事実ばかりだった。
地域を隔てていた壁は消え去り今では誰もが自由に地域を行き来出来る事。
王都の門が今では常に開け放たれていること。
それどころか王都こそが一番賑わっているということ。
何よりも、レジスタンスであった海堂やジルが、ギルトと和解しうまくやっていることがとにかく嬉しかった。
海堂が言うには、ジルは王宮へ戻り親衛隊として生きていて、イルは王都の教会でシスターをしているそうだ。
ロバートは相変わらず化石店の店長をしているらしいが、他にも飲食店を経営し大繁盛しているらしい。
「ロバート氏は意外にも経営が得意でしてね?
僕もよく食べに行きますが、美味しいんですよ。」
「海堂さんてば酷いんですよ?
『うーん。美味しすぎるな。…変なブツでも入ってんじゃないの?』…とか言うし!」
「あはは!」
(変なブツ…こっちにもあったんだ💧)
「あんなの只のコミュニケーションでしょう。
ロバート氏だって怒ってませんよ何でも真に受けるんじゃないよお前は。」
「コレですよ?、はあ~💧
オルカ王からも何か言ってやって下さい!」
「お。それは是非頂きたいですね。
…さっオルカ王。どうぞ御心のままにこの海堂を叱咤して下さいませ。」
『え~。』…とは思ったが、ブラックジョークをふんだんに取り入れた海堂のトークが懐かしくて嬉しくて、オルカもここはユニークに返さねばと思った。
三年の成長を見せる時は今だと思った。
「…… 今度食べに行った時、ロバートさんにこう言ってはどうでしょう?」
「…ん?」
「この料理は誰かに似てるねと。
ロバートさんは首を傾げます。
そしたら海堂さんは自分を指差し言うんです。
『奥深さとキレが他とは違うでしょ?』。」
二人はキョトン…と目を大きくし、直後にはゲラゲラと笑った。
オルカは『良かったこれは愛想笑いじゃない』と安堵した。
「言…言うようになりましたね!?」
「アッハハハハ!、大人になった実感がコレ!!
『奥深さとキレ』(笑)!!!
…『苦味と深味』でもいいですねアハハハ!!」
「いや海堂さん、…『えぐみ』では?」
「ワハハハハハハッ!!! …っておい。」
「ふふふっ!」
確かに、三年前では絶対に出てこなかったギャグだ。
大人になったと感じるのも分からなくはないが、こんなギャグでそれを実感してもらっていいのだろうか。
「は~…笑った。」
海堂は笑い終えると、クスッと微笑んだ。
オルカはその瞬間に『あ。』と思った。
海堂と言えばこのカリスマであったと。
彼が微笑み頬杖を突くだけで、周りに居る人間は彼に注目してしまうのだ。
そしてこのカリスマこそ、凜との最大の類似点だった。
「…で?」
「はい。」
「……君は、何処を冒険してきたの?」
オルカは大きく息を吸い、温泉を思い起こした。
温泉を爆発させた衝撃的な出会いこそが、自分を導く起点であったと。
「何処から話せばいいんでしょう。」
海堂もツバメも穏やかに微笑んでいた。
『何処からでも、好きなだけ』『僕らに君の三年を聞かせて?』と、その笑顔には書いてあった。
「…冒険は、…初めての冒険は…。
余りにも過酷に感じるものでした。」
「……」 「……」
「あんなに求めていたのに。
…何一つ知らない世界なのに。
僕の違和感の正体が、本物が、そこにはあった。」
海堂は目を大きく開け口を微かに開いた。
オルカは微笑みながら二人に自分の三年を話し聞かせた。
二人はひたすら驚愕した。愕然と呆然と、唖然と。
だが納得するように静かに話を聞いた。
だがオルカは全ては話せなかった。
特にコアに不信感を抱いた事と、最後の冒険、オーストラリア渡航についてなど話せる筈もなかった。
『ここはミストによって切り取られた、オーストラリアの成れの果てなのかもしれない』なんて、言えなかった。
「…それで、お二人にお伝えしたい事が。」
「何ですか?」
「…会いましたよ?」
「?」 「?」
「貴方達の金の龍に。…会いましたよ?」
「「!!」」
ガタン!!
ツバメは思わず立ち上がった。
海堂も目を真ん丸にして、『まさか』と溢した。
オルカは鞄を開け、凜から託された手紙を持ち海堂に渡した。
海堂は本当に訝しげにしつつも受け取り、裏返した。
そこには『凜紫守』と書かれていた。
彼らの遠い祖先が御当主と呼び慕っていたその名など聞いた事もないのに、胸に堪らないものが込み上げた。
「……金の…龍…は、…実在…した。」
「はい。彼らは『凜』。
カタチという不思議な絆で結ばれた、海堂さんとツバメさんの……当主です。」
「か…海堂さん。」
「………」
海堂は放心しつつも手紙を開いた。
すると先ずは重さの正体が大きな音を立て海堂の手の中に飛び込んできた。
金の龍をモチーフにした鍵のチャームだ。
5センチ程の大きさがあり、明らかに合金ではなく本物の金や銀…もしかしたらプラチナで作られた物だった。
(夜明さんがチラッと見せてくれた物とやっぱり似てる。…こんなに高価な物だったんだ。
…凜さんだもんな。納得(笑))
「………」
「…読めますか?」
文字が読めるかと訊かれた海堂だったが、何も答えずに手紙を読み進めた。
その隣でツバメも手紙を読み続け、三枚ある手紙を全て読み終えた。
「……」
…カサ。
手紙を下げた海堂の顔は微笑んでいた。
『良かった読めたんだ』とホッとしたオルカだったが、ツバメが微妙な顔をしていると気付き、『ん?』と目を細めた。
「…これが、龍の…リンの文字。」
「……はい。」
「…うん。」
何かを噛み締めるように目を閉じた海堂。
だが直後には手紙をスッとオルカの前に出した。
「素晴らしい字面ではありましたが、内容は一切解読出来なかったので翻訳をお願い致します。」
「やっっっ…ぱり!!」
「初めからお願いして下さいよ海堂さん…。」
「だって僕に宛てられた手紙なんですから。
先ずは読めずとも一読すべきでしょう。」
「内容がサッパリなのに意味あります!?」
「あるよ。」
(うわぁ海堂さんらしい。)
オルカは苦笑いしながら、『では…』と手紙を手に持った。
いつの間にかテーブルにはペンと紙が出されていた。
(凜さん、何を書いたんだろう。)
オルカは慎重に、訳し損じないよう丁寧に翻訳していった。
まるで凜が隣で手紙の内容を海堂とツバメに直で話しているような感覚になり、顔が自然とほころんでいた。
『初めまして、海堂、ツバメ。
僕は凜、凜紫守。君達が金の龍と称したのは僕です。
先ずはお礼を言わせて下さい。
君達が己の血を残す為、己の血の証として名字を名として代々『海堂』と『ツバメ』として生きてきたこと。
僕らとの絆をその名で以て受け継いでくれたこと。
心からお礼を言います。…ありがとう?
…何から話そうか。
話したいことが山程ある気がするけれど、実際会った事もないのにこんな風に想われるのは重いかな?
けれど僕にとっては、君達は大切な魂の一部だから、どうかこの親愛を許してほしい。
オルカ君から君達の事を聞かされた時は本当に驚いたよ。
僕は君達の祖先を…、海堂渡と燕憲一を探していた時にオルカ君と出会った。
そして彼は僕を見て言ったんです。『海堂さん』と。
オルカ君が会った事のある筈のない名が飛び出して…、本当に驚いた。
けれど話を聞く内にね?、彼の話す海堂と僕の探す海堂は…別人かな?…という結論に至った。
けれどその結論も、すぐに覆った。
詳しくは割愛するけどね?
僕は、君達が、僕の知る海堂と燕の子孫だって確信したんです。
その日から僕は考えた。
本当に…ずっと考え続けた。
オルカ君がまた君達と会えた時に、何か君達に言葉を渡せやしないかなと。
オルカ君を通じて、君達に会えるのならばと。
でもいざこうやって筆を執ると、やっぱり何を伝えればいいのか、…上手く言葉が出てこないね?
君達にもこんな不器用な一面が…ある?
僕はお酒が好きでよく飲みすぎて仲間に怒られてるよ。
君達は?、どんなお酒が好き?
毎日充実してる?、楽しんでる?
でもね、心配はしていない。
オルカ君から聞いた君達は、己の信念に従い立派にオンリーワンとして生きているもの。
…きっと僕と同じで、君達も負ける事が嫌いで。
一度決めたら頑としてやり抜くのでしょう…?
周りは慌てながらも付いてきてくれてさ。
ちゃんとお礼を言うんだけど、鼻で笑われて流されちゃったりするんでしょう?
それでいいんだと思う。
本当の信頼ってきっと、その位なんだと思う。
だから君も、誰に何を言われても突き進めばいいんだ。
僕らは結局、血には逆らえないんだから。
やりたい事がしたいんだ。
負けたくないし、勝ち続けたい。
夢を、大志を抱き続けたい。
その為に努力して、良い汗をかきたいんだ。
そして夜に仲間と飲むお酒は最高に美味しいよね?
…君達と僕が、世界のボーダーを超える事は……
無いんだと思う。…きっと。
けれど僕は今、オルカ君を通じて君達と確かに会話している。
確かに僕の文字が、言葉が、心が君達に届いた。
これは本当に凄い事です。
…だから言わせて。
現実とか、どうだっていいから。
素直な僕の、ありのままの心を聞いて。
君達に会えて良かった。
いつか一緒にお酒を飲もうね。
最後に、同封したチャームについての説明を。
これは僕ら凜一族が、特別な絆を結んだ家の子に授ける物です。
金の龍の鍵。
これは僕らからの、この世界に生まれ来た君達への祝福なんです。
どうかこの金の龍が君達の魂を慰め、癒し、その身を持って守護せんことを。
…このままじゃいつまでもダラダラと話してしまうから、そろそろ終わりにしようか。
だってお互いに忙しい身なんでしょう?
感涙するのもいいけれど、ちゃんと地に足つけて頑張らないとね?
愛してるよ。いつまでも君達を想ってる。
それじゃあいつか、お酒の席で会いましょう。
愛してる。……またね?』
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