第113話 願いを繋げて
手紙を読み終えた海堂と燕は、半ば放心しつつも言葉も出ない程感動した。
自分達が生きてきたこと、してきた事。全てが報われた気さえした。
「…ありがとうオルカ君。」
「いえ。」
「凜紫守とは、どんな人物だったんですか?」
「……最高に面白い方でした。」
ほんと、最高だった。
「お二人みたいに。」
「!」 「…!」
にっこりと笑ったオルカに、海堂も目を閉じ笑った。
そして綺麗に晴れた窓の外に目をやると、そっと席を立ち窓を開け、風を入れた。
途端にカーテンが靡き、デスクにあった書類が数枚床にヒラヒラと落ちた。
「……」
海堂はカーテンの奥で窓枠に手を突いたまま、ポタポタと涙を落とした。
オルカは立ち上がりかけたが、ツバメが無言で頭を振り、座った。
…そうか。 …そう…か。
涙を拭い上擦る息を収めるように空を見上げると、海堂はクルリと振り返り笑顔でオルカと目を合わせた。
「お帰り。オルカ。」
「!」
オルカは込み上げてきた実感や感動を噛み締め、『はい』と答えた。
その後二人と話していると、色んな人の近況を知ることが出来た。
海堂のアングラ帝国の皆は綺麗に役所勤めに収まっているそうで。
オルカの出身である孤児院の子供達はイルの教会の孤児院に引き取られたらしい。
だが何故かヤマトと茂の話題だけは一切出ず。
オルカは『もう二人とは繋がりがないのかな?』と思い、深追いはしなかった。
「あっそうだ。すみません初歩的な確認をさせてもらってもいいですか?」
「ええ勿論です。」
「今日って何年何月何日ですか?」
「ああ!、そうですよね?」
ツバメはカレンダーを出し、『Ph2503年、11月15日ですよ?』とにっこりと笑った。
それを聞いたオルカは目を大きくし、やはりあちらの世界とこちらの世界は地味にリアルタイムなんだと痛感した。
(年数こそ違うけれど、日付は一致してる。
ここに来て農家さんに数日泊めてもらったから…
うん。やっぱり一致してる。)
「…では、そろそろ僕は行きますね?」
「…おや、もうですか?」
オルカが慌てて席を立った理由なら、海堂とツバメは察していた。
今日11月15日はヤマトの誕生日なのだ。
故にオルカはヤマトを探したいのだ。
急ぎ荷物を持ったオルカに、海堂は意地悪な事にヤマトについて話しはしなかった。…が、代わりに提案をした。
「今夜、僕の家にご飯を食べにいらっしゃいませんか?」
「え?、今夜…ですか?」
「ええ。」
『でも…』と渋ったオルカ。
だが海堂は畳み掛けた。
『だって三年ぶりですよ?』『どうせすぐに王宮に入られてしまうのでしょう?』『そしたら君を独占なんてもう出来ないもの』『ああ寂しいな』『親友と思っていたのは僕だけだったのか』。
こんな風に捲し立てられ、断れるオルカではなかった。
「分かり…ました。 楽しみです!」
「ふふ。…では五時に。」
「……五時。」 (早い。)
「僕の家は…ツバメ?」
「はい。こちらをどうぞオルカさん。」
ツバメが走り書きした地図を持たされ、オルカは表まで送られた。
役所からそう遠くはないし、いざとなれば適当な石を浮かせてそれに乗って向かえばいいので、なんとか時間はありそうだ。
「……よし。ヤマトを探そう。」
オルカは小走りにカフェを目指した。
ヤマトがまだ働いているのではと。
「………」
「まーた意地悪して。
まっ今回は『粋なイタズラ』になりそうですねっ?」
オルカの帰った執務室で、海堂は窓の外を見つめ続けた。
ツバメは自分の言葉に無反応な海堂に首を傾げた。
「……来るよ。」
「…?、何がでしょう。」
「大きな、…波が。」
「…え?」
海堂はゆっくりと深呼吸した。
手紙を読んだ事で、彼の中にあった山程の疑問が紐解けたのだ。
「彼が行ったのは、…恐らくは過去。」
「……」
「彼の言っていた『本当の世界』が過去であるならば、この世界は、…『本物ではない世界』。
金の龍は『君達は海堂と燕の子孫だ』と。
…この世界に風も雲も無かったこと。
…青空がボンヤリしていたのも全て『偽物だから』なのだとしたら。
『所詮は紛い物でしかない』『作り替えが可能な世界』という事になる。」
「…そ、……」
「恐らく僕らは、凜の世界の海堂と燕が失踪した先で生まれた、その子孫。」
「! …『海堂と燕を探していた』…。」
「そう。彼等に何かが起きたから…、金の龍は捜索していたのです。
『詳しくは割愛しますが』という言葉こそが証明。
…これは勘だが、ギルトが先王殺害に至った経緯。
伏せられた…秘匿された理由こそが、その割愛に通じている。」
「………」
「オルカ王はカファロベアロと本当の世界を繋いだ。
それこそが証拠だ。」
予感は的中した。
三年前僕は、天に昇る光を見た時に直感したんだ。
『彼は本当の世界に旅立ったんだ』と。
だがオルカ君は『最初は本当に辛かった』と。
『右も左も分からなくて苦労した』『何故自分がこんな所に来てしまったのか分からなかった』と言っていた。
つまり、ここを離れたのは彼の意思ではない。
ではそんな信じがたい現象を可能にしたものは何なのか。
「世界の理、コア以外に無い。」
「…コアがオルカさんに、旅を強いた…?
しかし分かりません。何故そんな事を。」
「そこがミソだよ。
ツバメ、君ならどんな理由があって人を過去に飛ばす?
『わざわざ本当の世界を体感させる為に偽りの世界から旅立たせる意味』は、なんだと思う。」
「………」
「僕ならこう。『真実を体感した方が話しやすい』もしくは、『何も知らない子供に話しても意味がない』。」
「………」
海堂にはツバメには見えない世界が見えていた。
いつかギルトに話したように、『オルカの帰還は世界を動かす』と直感していた。
だが海堂は突然目から力を抜き、また凜の手紙を手に持った。
翻訳していない原本を日にかざし、微笑んだ。
「……まあ、オルカが僕らの敵に回ることはないでしょうし?、…一応頭の片隅に入れとく程度でいいよ?」
「…あんだけ鬼気迫る顔で発言しといてよく言えましたね。」
「ふふ!、だって恐らくは事実だよ?
『何か』は起こる。……絶対に、ね。 ……!」
その時海堂はハッと目を開き、日に透かしてやっと見える程度の薄い文字を発見した。
手紙を裏返してみると、文字がある場所だけ手触りが妙だった。
「……これ…は。」
「海堂さん、ペンと紙!」
紙と手紙を重ね、ゆっくりとペンで文字を追った。
だが翻訳者であるオルカはもう行ってしまった。
ツバメは『ああもう気になるのに!』と、今からでもオルカを探すか悩んだが、海堂はそれを止めた。
「この文字は明らかに隠されていた。
…オルカ君から聞いた感じでは、凜とは相当な切れ者。
……恐らくこれは、『自力で解読しろ』と言っている。」
「んな無茶な!」
海堂は考え深げにしつつも、オルカの翻訳した手紙を見つめた。
そして目を細め、口角を上げた。
「…いや、無茶じゃない。」
「……そっ…か。」
オルカはカフェ・アイランドが無くなっていた事を知った。
今では知らぬ誰かの家となっていた。
それだけでなく、自分が住んでいた辺りは様変わりしていた。
「第二期の雷とかの影響…だよね。
地震も物凄かったし。…そりゃ、そうか。」
これは淋しかった。
実家である孤児院にも赴いてみたが、公園となってしまっていて…。
自分が住んでいた家も、知らないお店に生まれ変わっていた。
自分の馴染みが全て新しくなっているとこうも孤独かと、一人苦笑してしまう程。
「…手掛かりもないや。」
『帰る家が無い』。
こんな焦燥感を抱くのは、三年ぶりだった。
「……あ。」
だが一つだけ、絶対に無くならない、移動しようがない馴染みの場所があると気付いた。
自分に直接あった馴染みではないが、海堂に聞いた話ではまだギルトは政府長官を務めている。
「…政務執行議会。」
オルカは王都を目指し、緩やかな上り坂を真っ直ぐに上がっていった。
通りすぎる制服達は、見慣れない装いのオルカに何度も振り返っていた。
「……これは。」
「…どういう意味…なのでしょうか。」
オルカが翻訳してくれた手紙を元に隠れたメッセージの翻訳を成功させた海堂。
二人は浮かび上がってきたメッセージに、ただ眉を寄せた。
『もし明日、世界が変わってしまうなら。
変わった世界を生きるのは、明日以降を生きた者だけ。
明日に取り残された者達は自力で明日以降を切り開き、我々とは決して混ざり合わぬ明日を歩む。
新たな世界の理さえも築き上げ、遠い明日に全てを託す。
遠く遠い明日の先を託された宝石。
彼の選択を否定する権利など誰にもありはしない。
そこには拒否権すら存在しない。
心が、肉体が、何処に消え去ってしまうのかすら我々には分からない。
だが彼は加害者ではない。
彼は只の選択者でしかない。
強いて加害者を挙げるのならば。
それはPh歴を、世界の理を、明日以降を生きていくと藻掻いた者達だろう。
だが全ては栓無き事。
加害者達もまた被害者である以上、原罪を問う事にもう意味は無い。
ならば僕は、誠に勝手ながらも願い託したい。
どうか彼の選択の隣に、友の姿があらんことを。』
凜は蝋でこのメッセージを隠した。
明日以降を生きた先の、海堂とツバメに。
海堂はじっとメッセージと向き合い、ツバメは訳が分からず腕を抱えた。
ヤマトの誕生日パーティーが始まる直前まで、主人の言葉と向き合い続けた。
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