第114話 三年ぶりの王宮
カツン! カツン!
「ここからも王宮に繋がっている。が、王宮付きになった者へは正規ルートで王宮を案内する事が義務付けられている。
よってこれから一階に下り、あの長い階段を上り王宮に入る。…キツイが頑張れ?」
「問題ありません。
この儀式には、王への寵愛を己の心に改めて問い質し再確認するという意が込められていると存じておりますので。」
執行議会にて、ヤマトはにっこりと上官に微笑んだ。
政府の白い制服をピシッと着こなし、スマートな笑顔でスマートに対応しスマートに舌の絡みそうな言葉を並べる彼を海堂が見たら、吹き出すように笑うだろう。
それ程、制服としての彼の変わり身は凄かった。
政府に入るには国営だけでなく、国民の生活形態や王族に関する多くの試験を合格し、面接を通る必要がある。
ヤマトはそれを16歳でクリアし政府入りし、そして一年もせずに昇格した。
しかも大学に通いながらだ。
その昇格スピードは決して弛む事がなく、18才となる今日、政府の中で二番目に位の高い『王宮付き』となった。
異例に次ぐ異例の出世は政府外でも有名な程だ。
試験は常に満点。実務でも成績優秀。
政府ならば誰でも訓練し研いていく体術や剣術でも常に成績トップ。
何よりも『国民に尽くす』という制服理念を常に高く持ち続け、それを実行する行動力が高く買われていた。
正にトップオブ制服である。
だが、三年前までのヤマトにここまでを成す能力など無かったことを、誰も知らない。
彼は勉学でオルカに勝てた事が無いのだ。
オルカにだけではない。
共に慈善講習を受けていた中でも成績は中の下だった。
そんな彼がたった三年でここまで上り詰めた理由を、真実を知るのは、本人だけ。
「…不思議な黒石ですね。」
「これは第二期大崩壊の折、王宮のすぐ裏から溢れだした不思議な鉱物でな。
溢れだした当初は異様な程の熱を放ち、ここら一帯が灼熱と化していたらしい。」
「…それは珍妙な。」
彼が王宮を訪れるのは二回目だ。
ヤマトは白く美しい王宮を『懐かし。』と見上げた。
あの日割れた窓は全て新調され、茂が落ちた場所は美しい柵に囲まれていた。
「… 裏には何があるのですか?」
ヤマトは王宮の裏を指差した。
何本もの飾り柱の奥には、静かな空間が広がっている気配があった。
上官はヤマトを連れ裏に回った。
飾り柱の下は風通しが良く、真下を歩く事でその高さと豪華さに思わずため息が漏れた。
「…いつ来ても美しく、……」
「……」
「…いつ来ても、…物悲しくなる。」
「!」
裏にあったのは、…墓地だった。
王宮の素材と同じ白く光沢のある床石が広く広く続く奥に、何本もの十字架が立っていた。
ヤマトは微かに顔を強張らせながら十字架達に歩み寄った。
統一の間隔で美しく並んでいるが、その数には少々度肝を抜かれるものがあった。
「ここは名字持ちの方々の墓地でな…?
歴代の全ての名字持ちの方々が眠っておられる。」
「…家ごとに、並んで?」
「そうだ。」
上官は一番左の、一番数の少ない十字架の辺りを手で示した。
「あちらがアレキサンドライト家の。
…一番数が少ないのは、遥か昔にアレキサンドライト家の息女がコランダム家に嫁ぎ、消失したからだ。」
「そうだったのですね。」
…知ってる。
「その隣がサファイア家、その隣がコランダム家。
そしてその隣が、フローライト家。
…彼等は常に我々の指針であったと聞く。
今のギルト長官のように。」
…よく言う。
十字架には花が手向けられていた。
白い石を加工した花だ。
それ単品でも高価な物なのに、全ての十字架に手向けられていて…、ヤマトは『誰がこんなに』と少し訝しげにした。
それを察したのか、上官が込み上げるものに堪えるように胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「この花はジル様が手向けて下さっている。」
「…!」
「それも、全て手作りだ。
…余程御兄弟のように育ったゲイル様が亡くなられた事が辛かったのだろう。
…彼女は今や、殆どを王宮の部屋の中で過ごされ、毎日死者を悼みながら花を作られているのだ。」
「………」
「我々の仕事はな?、ヤマト。
彼女の心の回復をひた願い、そして彼女が安心して外に出られるよう王宮を、王都を、そして地域を、常に平和に保つ事だ。」
「…はい。」
「そしていつか王が帰還された時、堂々と王に献上出来る世界を保つ事だ。
…お前にここを見せたのは、その意識を再確認して欲しかったからだ。」
ヤマトは一番新しい墓を、茂の墓をじっと見つめ、小さく『はい』と答えた。
王宮は二つの建物で成り立っている。
三階建てと二階建ての建物が飾り柱で支えられた空中廊下で繋がった物を、総じて王宮と呼ぶのだ。
二階側は名字持ちが使うエリアで、自宅、鍛練場、食堂、大浴場など、彼等の生活に必要な全てが揃っていた。
ジルもここで育ち、多くを学んだ。
そして三階建ての方こそが王宮の本体だ。
一階と二階が王族の住居スペースとなっていて、数えきれない程部屋数があり、大浴場も食堂もある。
そして三階は、たった一つの空間しかない。
左右からこの空間に繋がる廊下があるが、名字持ち以外は硬く通行が禁止されていた。
「この奥には入ってはならない。」
「…ではこの奥が、理の間。」
「そうだ。…俺も王宮付きになった初日、こうやって案内された時しかここには来た事が無いよ。」
「…このドアを開けて見る事も禁止なので?」
「一応禁止されてはいないが、…物好きだな。」
「理の間こそがこの世界の、王の力の根源。
興味が沸かぬ方が不思議に感じますが。」
「…開けてもいいけど入るなよ?」
「フフ!、ありがとう御座います。」
理の間へと繋がる左右の廊下の入り口にはドアがあった。
このドアを開けると、もう理の間まで直線ですぐなのだとか。
許可を得たヤマトはドアをゆっくりと開けた。
すると廊下の奥に、たった10メートル程度先に、光が見えた。
「!」
「絶対に近寄るなよ。」
「…あれが、コアの光。」
遠目ではあったが、不思議な光景だった。
この廊下の奥にはもう扉は無く理の間と直結しているのだが、コアが発する光が廊下に漏れだしていないのだ。
「…赤い光が、何故か空間内に収まって…いる?」
「そうだ。…ギルト様が言うには、廊下から理の間を覗いても不思議と中は見えないらしい。
濁った光でもないのに、何故か中がどうなっているのか目視することが出来ないそうだ。
だが中に入ってしまえば、逆に廊下側が見えなくなり、そして理の間の全貌がやっと見渡せると。」
「…では本当に、理の間をその目で見る事が出来るのは、」
「名字持ちの方々のみだ。…不思議だよな?」
上官に促され、ヤマトはドアを閉めた。
ドアを閉めると二人は自然と安堵の息を漏らし、つい笑ってしまった。
「やはり生きた心地がしないな?」
「砂となり散るのなら、もう少し先がいいですもんね?」
「よく言うよお前は!
…まだ18なのにお前は将来を約束された。
長官が珍しくも褒めていたんだぞ?
砂となり尽きる将来を考えるより、所帯を持ち、益々邁進する気概を持ってくれ?」
「フフ!、…そうですね?」
笑いながらも、その胸には独特な熱があった。
もと来た廊下を戻る間際チラッとドアを見つめた目は、まるで敵を見つめるような鋭さを秘めていた。
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