第115話 狙うように微笑む再会

「さて、王宮の案内はこれで終了だ。

最後にジル様に挨拶をし面通しを済ませ、今日は終いだ。」


「はい。…楽しみです。」



 上官はヤマトの言葉に肩を揺らした。

カファロベアロでは元々名字持ちは特別で、見掛ければ歓声を上げてしまう程の存在だ。

やはり男性は女性の名字持ちを見たがるし、女性は男性の名字持ちに興味がある。


ヤマトの『楽しみです』もやはり大衆と同じようにミーハー心なのかと思ったのだ。



「お前も男なんだなぁ…?」


「! …いえそんな不敬な!

私はただ、サファイア家の御息女に対面出来るという事に純粋にですね」


「いいって。…俺も感動したよ最初は本当に。」


「いや、聞いてくださいよ。」


「本っっ…当に綺麗な方でなぁ?」


「あの、だから!」


「男なら一度は憧れるものさ。

ジル様とイル様が並ばれてそこに居ようものなら足がカックカクになってな?

イル様のあの…ほがらかな笑顔が、また!」


「………」



 これは、彼が特別に反応してしまっている訳ではない。

…ので、勘違いをしないであげてほしい。



「年齢よりお若くいらっしゃるが、それは名字持ち特有の体質なんだそうでな?

だからなのか、こう、…瞳だけが生きた年月を物語り、それがまたこう…グッとくるんだよなぁ。」


「…あ~。…奥様の前では控えた方がよろしいかと。」


「バカかお前。…当たり前だろ。」


「フフ!」


「それとコレは別なんだよ。

…さっきお前『不敬』と口にしただろ?

名字持ちの方々に恋慕を抱くなど恐れ多いどころか不敬中の不敬だよ。

…そうじゃないんだよこの気持ちは!

恋慕とか…そういう…邪な気持ちではなくだな?」


「もう止めましょう。…ね?」



 ヤマトは苦笑いしながら大きな茶の扉を指差した。

そここそ、ジルの個室なのだ。


 ヤマトは上官の為を思い発言を止めたのだが、上官は微かに首を傾げた。



「…何故部屋の場所を知っている。」


「!」



『しまった』…と一瞬ハッとしたヤマトは、にっこりと上官に笑って見せた。



「ギルト長官より伺っておりました。」


「…ああなんだそういう事か。」


「他とは明らかに、ドアに特徴がありますので。」


「確かにな。」



 上官は深呼吸をし、ノックをした。



コンコン…





 ジルは『来た。』…とうんざりと項垂れた。


 美しい黒い石で出来た調度品の数々は、彼女の高貴な血を現すようだった。

広い部屋の奥は一面の窓で美しい空が一望出来た。

壁際には多くのキャビネットがあり、飾りがあちこちに置かれていた。


 部屋の真ん中にある窓側を向いているソファーで、ジルは大きくため息をついた。

『今日ヤマトという新人の顔見せがある』と、ギルトに聞いていたからだ。



(期待するな。…見るな。

悪いが背中で対応させてもらおう。)



 彼女が王宮に塞ぎ込んでいる理由を上官は『ゲイル様がお亡くなりになり消沈し』と発言していたが、実際は海堂が口にした方が正しく、『ヤマトを探してしまうことに疲れ果て』というのが事実だった。

彼女は本当に疲れてしまったのだ。

行き交う人全てがヤマトに見えて、だがヤマトではなく。

『今日こそ見付かるんじゃ?』『今日こそ会える筈だ』『今日こそ』『今日こそ…』と続けた結果、願いが折られ続け心が参ってしまったのだ。


彼女が外に出られなくなったのは、心を病んでしまって外に出られなくなった訳ではなく、『外に出たら嫌でもヤマトを探してしまうから』だった。


 そんな彼女にとって『ヤマトという男が王宮付きになった』というのは、ただ重かった。

ヤマトというのは特別に珍しい名前ではないのだ。

第三地区では少ないが、第一地区ではかなり多い名前だ。

つまり全国的に見て、決して珍しくはない。


だから彼女は今日王宮付きになるヤマトも、自分の知るヤマトではないと考えていた。

…いや、そうやって先回りして諦めなければ精神の均衡を保てないのだ。



(期待するな期待するな期待するな。

…ハア!!、バカギルト!!

紛らわしい名前の奴採用してんじゃねえよ💢!!)



 美しい黒いタイトなドレス、黒地に金の刺繍のショールを羽織る姿からは、確かに以前の彼女にあった覇気は無い。

どこか弱々しく、儚さが漂っていた。

男勝りでクールで、親衛隊時代スカートもドレスも着なかった彼女がこんな格好をするのなど、ギルトとイルでさえ予測していなかった事だった。



コンコン!



 再度ノックが鳴り、ジルは大きく息を吸い『どうぞ!?』と大声で返した。

するとドアが開き、聞き慣れた声が。



「お加減は如何ですかジル様?」


「…いいよ。ありがとう。」


「それは何よりです。」



 上官はヤマトを紹介した。

ジルは予定通り『よろしくね?』と背中を向けたままフリフリと手を振った。


その細い腕、懐かしいプラチナブロンドの髪をじっと見つめ、ヤマトは口を開いた。



「…お初に御目にかかります。」


「…!」 (…ん?)


「ヤマトと申します。どうぞ宜しくお願い致します。」


「………」



 ジルはヤマトに背中を向けながら目をピクッと細めた。

低くセクシーな声に、何か感じるものがあったのだ。



(…なんだこの雰囲気。…誰かと、…似てる…?)



 その時、廊下を走ってきた制服が上官に声を掛けた。



「ギルト様から御連絡だ。」


「分かったすぐに行く。

ヤマト?、挨拶を済ませたら上がれ?」


「はい。」


「それではジル様、失礼致します。」



 上官はジルに頭を下げ、足早に行ってしまった。

ヤマトは開けられたドアの前で上官の背を静かに見送り、僅かに口角を上げた。



(自分で自分の首絞めてりゃ世話ねえな。

…ハ。…ざまあみろ。)



 それはギルトに対する嘲笑だった。


 ヤマトは誰も居なくなった廊下で姿勢を正すと、静かにジルに問いかけた。



「…失礼ですが、お部屋に入らせて頂いても宜しいですか?」


「…いいよ。…まあ部屋の掃除なんてアンタ達はやんないけどね。」


「ですが、緊急時には許可無く入室する事もあるかと。」



…カツン。



「…綺麗なお部屋ですね?

美しい漆黒の調度品が、ジル様の美しさを際立たせて感じます。」



カツン… カツン…



 ジルは背後に近付いてきた気配に更に目を細め、男の妙な距離感に違和感を抱いた。

 正直初日で部屋への入室を求めてきた者など居ない。

それに真っ直ぐ自分の背後に歩んでくるなど、不敬と思われても仕方ない行動だ。


 それに何よりも、この男の雰囲気や気配が何故か気になるのだ。



(…ハア。…落ち着かない。)



 仕方なくジルは振り返ると決めた。

だが突然ギシッと背凭れが鳴り、驚き顔を上げた。


そこには綺麗な手があった。

関節がしっかりとした、男らしい手が。



「……なーんちゃって!」


「…!」


「ビックリした?、…久しぶり、アネさん。」



 ジルは目を大きく開け、勢いよくヤマトの顔を確認した。

見違える程大人になったが…、その茶色い髪に茶色のタレ目は見間違える筈が無かった。



「ヤマ…ト…?」


「うん。」



 放心したように目を大きく開けた直後、ジルは勢いよく立ち上がりヤマトを腕に抱いた。

 ヤマトは少し目を大きくしながら、何度も自分の顔を確認しては抱き締めてくるジルの目にどんどん涙が溜まっていくのを、静かに見守った。



「……ヤマト…なんだね!?」


「うん。…ごめん、待たせて。」


「ヤマト…!!、…ヤマトッ!!!」


「……うん。」



ギチッ!!



(…ん?)


「……どん…だけ…」


「!」


「どんだけ心配したと思ってんだこのクソガキがッ!!!」



ビュン!!



『まず!?』と思った直後には張り手が。

 ヤマトは恐怖からつい身を引いて避けてしまった。

…更なるしまったを繰り返してしまったヤマト。

避けなどしたら余計にジルを怒らせるのなど分かっていた。



(しまったつい!、怖すぎて!)


「………」


「…あ~!、ごめんアネさん!、つい!?」



 だがジルはソファーに乗ったまま、歯を食い縛り涙を落としていた。

途端にヤマトの胸はズキッと痛み、両手に顔を突っ伏し泣き出した彼女に歩み寄った。



「…泣くなよ。…ごめん。」


「うっ!、バカ…バカ…ヤマト!!」


「…うん。」


「どんだけ…探したと!」


「…うん。」



 ゆっくりと震えるジルを腕に包むと、彼女は更に火をつけたように泣き出した。

ヤマトはただ彼女を抱き締め、『ごめん』と繰り返した。



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