第60話 タフ我意
「ハッピーバースデー!!」
カンッ!
門松と柳はビール。オルカはコーラで乾杯した。
リビングのちゃぶ台にはチョコレートケーキと、クリスマスのようなチキンが山盛りに。
他にも唐揚げや天ぷらなど…、パーティーや寿の定番が並んでいた。
勿論これらを調達したのは柳だ。
もし門松が選んでいたなら、もう少し胃に軽いチョイスだっただろう。
「プッハー!」
「ん。これ美味しいです柳さん!」
「どれ。……ん!、超当たりじゃん!」
だが健全な18才のオルカには最高の御馳走だった。
なんせ食べ盛りなのでまあ食べる食べる。
箸使いも慣れたものだ。
ついでに言うなら、酔っぱらいの相手も。
「おいオルカ~!」
『本日の主役』をしっかりと身に纏うオルカの肩にデンと腕を乗せ、ビール缶片手に絡んできた柳。
これにも慣れたもので、オルカはクスッと笑い柳の持つ缶を指差した。
「まだ一杯目ですよ柳さん(笑)?」
「1缶も後半だからいーの!
…それよりお前、まーた貰ってんな?」
「…? ああソレですか。」
柳の指差したゴミ箱を覗いた門松。
ビッシリと捨てられていたのは、名刺だった。
「おー。…またぎょうさん貰ってんなー。」
「まあ気持ちは分かりますよね!
こいつの見目なら『売れる!』って思いますもん!」
「褒め言葉と受け取ります。」
捨てられていたのは、所謂スカウトの名刺だ。
品のいい雰囲気を放つのに、服装は派手。
顔も綺麗だし、独特に人の目を引き付けるオーラを放つオルカは、少し町に出れば間違いなくスカウトを受けるのだ。
近所の商店街くらいならば何も無いが、大きな駅にでも買い物に行けばすぐにこれだ。
柳と門松もこんな捨てられた名刺にも慣れたものだが、初めて貰ってきた頃はそれなりに心配した。
なんせ、オルカなのだから。
「…ソッチに進む気はねえの?」
「無いですね。」
「なんで?、……モテんよ?」
「うーん。興味ないです。
それよりも勉強してる方が有意義ですし。」
((可愛いんだか可愛くないんだか。))
こうしてたまに進路確認をしてしまう程だ。
だが当のオルカは芸能界なんて本当に興味がなく、『この人もう五回は名刺渡してきてる。
…断られてるの忘れちゃったのかな?』なんて呑気なものだった。
柳は、オルカがどんな道を望もうが肯定的で、本人がやりたいと思うのならば芸能界でもなんでも進めばいいと考えていた。
しかしオルカにその気は無い。
『大学を目指す』という、その意思しか感じない。
「まっ。興味ないならしゃーないわな?
…てかさー、ゴミになるんだから名刺も断ればいいんじゃね?」
「そうしたいのは山々なんですが、しつこくて。」
「ふーん?、どんな感じなんだ?」
「先ず進路を塞がれるんですよ。」
「あー!」 「へえ。…キャッチだもんな。」
「で、『君カッコイイね!』『芸能界興味ない?』…と。興味ないですって答えるんですが、『君ならマジでてっぺん取れるよ!?』…とか。」
「…なんて返すん?」
柳の質問に、オルカはニコッと笑った。
「『もうてっぺんなら取ってるんで必要ないです』。」
「ギャハハハハッ!?」
「ああそっか!、王様だもんな(笑)?」
「はい(笑)」
そんな返しを頂いたスカウトマンは、『この子ギャグもいけんの!?』…と逆に惚れ込むのだ。
故に『名刺だけでも!』『気が向いたら連絡して!』『見学だけでも全然OKだから!!』
…と、名刺を受け取ってくれるまで進路を塞ぎ続けるというわけだ。
オルカは幼少期を心優しく真面目なイルに。
少年期までをしっかり者でユニークな茂とジルに。
そしてこの三年間を真面目で誠実な門松と、おちゃらけ者だし変わり者だが、大切な心の軸がしっかりしている柳に育てられた。
故に、人を無視する事が出来ない性格となった。
『あ、この人スカウトだろうな』とは思いつつも、声をかけられたならちゃんと足を止め話を聞く。
そして話したが最後、自然と相手を引っかけてしまうのだ。
「ぶっちゃけさー。…それなりに心配したぜ?」
「ん?、何がです?」
「ほらー。……世間知らずだったじゃん(笑)?」
「ああ!、僕が騙されやしないかと?」
「そうそう。……一年前なんて、門松さんが」
「黙れ柳💢!?」
「門松さんが『あいつ友達とかに』」
「柳💢!?」
「お人好しだから軽率な犯罪に巻き込まれやしねえかって大真面目にさ!!」
「フフッ!」
二人が案じるのも当然だ。
カファロベアロで、オルカには友人と呼べる存在が居なかった。
強いて言うならばヤマトが該当するが、彼はそもそも兄弟だったし無条件な繋がりがあるので騙したりは無かった。小さな悪戯程度だ。
だがこちらの世界は違う。
いつだって甘言が子供の手を引く世界だ。
知らず知らず利用される可能性が十二分にある世界で、よりによってこの世界の常識を知らないオルカが真っ当に生きていけるのかを、門松は常に案じてきた。
「多分大丈夫だと思いますよ?
柳さんが面白可笑しく教えてくれましたし?」
(それも心配なんだけどなー。)
「そうそう!俺に感謝していいですよ門松さん。」
「さーて次は何飲むかな~!?」
「ちょっとー💢?」
「ははっ!」
オルカの言うように、堅苦しくなくそれとなく柳は教えてくれた。
例えば『友達がこう言ってきたらNG!』というシリーズだ。
「俺言ったもんなー?
『俺ら友達だろ?』…つってお願いしてきたらNG!
『宿題やってー!』だの『掃除当番代わって!』だの。『パン買ってきて!』だの、『ちょっとお金足んないんだよねー?』だの『俺の頼みが聞けねえの?』だの~。」
「はい。…例えが面白かったです。」
(そこ?)
「実際あるからな~💧」
(そっから笑えない犯罪に巻き込まれるケース。)
「はい。ありましたね。」
「……マジ?、…え、クラスメイトに?」
「どう返したんだ?」
それは夜間学校に入って半年たった頃だった。
特にオルカは周りと馴染もうとはせず、クラスメイトの中でも珍しい程にコツコツ真面目に授業を受けていた。
見た目が派手なので、同じ派手なタイプの子達が話しかけたりもしてきたが、その場で朗らかに返すだけでそれ以上の関係にはならなかった。
「スマン突っ込んでいい?」
「あ、どうぞ?」
「友達つくろうよ!?
チョー根暗じゃん青春が死んでるッ!!!」
「ブフッ!」 ←門松
「…友達の作り方が分かりません。」
「あ……うん。」
「クックック…!」
友達の作り方も分からないし、そもそも勉強しに行っているので友達を作ろうという意欲さえ沸かないんだそうだ。
柳と門松は、『分かってはいたが我が強すぎる』と少し遠い目をした。
「でも誰とでも話しましたよ?」 (学校では。)
「…ふーん?」
「物怖じはしないもんな?」
「はい。教室を移動する時や体育でよく話す人がいて。
彼はクラスでも比較的目立つ方でした。
顔もいいし背も高いし、ヤンキー系なんですけどね?、悪い子ではなかったです。」
(『子』て。) (妙に老けてんだよなー。)
その子の事は一応友達と思っている雰囲気だ。
保護者たちは『そうそうそういう話待ってたんだよ』とコクコク頷いているが、…忘れてはいけない。
この話の発端を。
「でも、ある日の放課後に……」
『あのさーオルカ、ちーっと頼みたい事があんだけど。』
クラスメイトが帰り支度をする中、彼はオルカの机に鞄を置き話しかけてきた。
オルカは当然『なに?』と普通に答えた。
『ちょーっとやってほしい事があんだよね。
…俺らダチじゃん?、だからお前にしか頼めないんだよね。』
ここまで聞かされた大人二人は『うわマジじゃん』と驚愕した。
彼らは知識としてこんなやり取りを知ってはいるが、体験したことはないのだ。
「そ、そんで?」
「場所変えて話したいというので、非常階段に。」
「そ、そんで💧?」
「移動したら、『まずお願いをきいてくれる。って約束してほしい。』…と。」
(ひえー。)
「そんで、何お願いされたん?」
「……さあ。」
「…ん?」
「さあ…て。…??」
非常階段でそんな約束を持ちかけられたオルカは、少し悩み口を開いた。
『君のことは友達だとは思ってるけど、そこまで親しい友達だとは思ってないから無条件にお願いを聞いてあげる事は出来ないけど、それでもいいなら話してみてくれる?』
「ギャーハハハッ!?」
「だーはっはっは!!」
「……フフ。」
当然こんなカウンターを貰ってしまっては、彼はお願いなど出来なかったらしい。
彼は程なくして学校を辞めてしまったんだとか。
「夜間て本当によく辞めていきます。
…すぐ辞めるなら来なければいいのに。」
(ごもっともで。)
「まあ、色んな奴がいるってことだわな?
事情も様々だ。」
「…はい。」
なんだかんだ、門松と柳は安心した。
『こいつは騙されたり流されるタマじゃない』と。
(むしろ逆に我が強すぎて心配だよ💧)
そんなオルカに育てたのは、この二人である。
オルカは『しかし…』と口に指を添え眉を寄せた。
「僕でさえ『あ。これ人を利用しようとしてるな?』…と分かるのに。
この世界で育った人なら余計に騙されないような気がするんですが。」
「あー。…でもなあ、実際あるんだぞ?」
「…『俺ら友達だろ』シリーズが。ですか?」
『お馬鹿さんなんだよ人間なんて』と唐揚げを食べる柳に苦笑いしながら、門松は『うーん』と腕を組み宙を見つめた。
「なんつーのかなぁ。
…先ず悪いのは人を利用することに抵抗の無いその精神なんだがな?
誰もが真っ当に育っているとも限らねえんだ。」
「…問題は育ちという事ですか?」
「あー分かるぞ言いたいことは。
お前程色々あったなら『全部言い訳』に見えるよな?
でもなぁ…、人って複雑な生き物なんだよ。」
門松は煙草に火をつけ、『何から話せば』と思考した。
「… …子供の軽率な犯罪の代表の、万引き。
その中には、『友達にお願いされて』、もしくは『脅されて断れなかった』等の理由が上がる事がある。」
「俺の教えた『俺ら友達じゃん?』シリーズな。
気の弱そうな奴に親切にして、体よく使い倒すってパターン。」
「……最悪じゃないですか。」
「だよな分かるー。でも結構あんだぜ?」
オルカの眉を寄せた顔に門松は鼻で溜め息を溢し、『当ててやろうか』と口角を上げた。
「お前こう思っただろ。
『やらせる方もどうかしてるけど、引き受けるのもどうかしてる』。」
「はい。」
「そりゃそうだお前が正しい。
…お前は結局学校のお友達のお願いすら聞かずに終了させた程だもんな(笑)?」
「明らかでしたから。」
「ん。それでいい。
けどなオルカ。誰しもがそんなに強い訳じゃないんだ。」
「…強いですかね(笑)?」
「我の塊だっつの!」
「ふふっ!」
クスクスと笑ったオルカに、『じゃあ…』と門松は問いかけた。
「ヤマトという、兄弟であり親友でもある存在が、お前に居なかったなら?」
「…え?」
「この社会は集団生活だ。
上手く人と話せなかったり奥手だったり…、社交が苦手な人間の目には、友達が一杯いて楽しそうに笑ってる声が酷く輝いて見えるんだよ。
『一人でいる』人間は二通りだ。
自分の意思で『私は一人がいい』と決めているのか、『輪に入りたいけど入れないか』。」
「!」
「大して親しくなかったからお前はお願いを聞かなかったんだろ?
じゃあそれが、親しい人のお願いだったら?」
「……そりゃ、…初めからちゃんと聞きます。」
「そうだ。…騙された子達はな?
騙した奴等に対して、そんだけの気持ちを抱いていたんだよ。」
「!!」
「第三者からすりゃよ?、心底…馬鹿だなって。
…悲しくもなるよ。
『もっとちゃとした友達を作ればいいのに』
『もっとマトモな人間なんて一杯いるのに』。
…でもな、その子にとっては…、見捨てられたくないと感じる程、大きな存在だったんだよ。」
「…………」
「だからな。……絶対に笑っちゃいけないんだ。
…騙された子の中には『利用されていると分かっていたけれど、どうしても信じたかった』と言う子もいる。
…騙した方はな、大体悲しい事を言う。
『あのバカ、ミスしてんじゃねえよ』『お金が無いって言ったらあいつが勝手に持ってきたんです』…とかな。」
「……」
「俺が言えるのは…、それぞれが試練なんだ。」
「…試練?」
「そうだ。…騙された方は、ちゃんとした友人を作るためにしっかりしなければならないと自覚せねばならない、その為の試練。
そして騙した方は、人を利用して、本当に傷付けているんだとしっかりと理解しなくてはならない、そんな試練。」
「……」
「だがこれはな、…大人の社会にこそ浸透し尽くしている『人の闇』なんだ。」
門松は『物事ってのは多方面から見なければならない』と、強い口調で諭した。
「例えばニュース一つとってもそうだ。
『18才の少年が父親を殺害した』とニュースで見たとする。…それを見た人は思うだろう。
『なんて駄目な子供なんだ』と。
残念ながらこう受けとるのが大多数だ。
だがな、それはとても危険な行為だ。
碌に知りもない癖に僅かな情報でのみ物事を決め付け、思い込むのは、とても浅はかだし早計だ。」
「…僕はそんなニュースを見たら、『何があったんだろう?』と思います。
…やっぱり、理由が分からないから。」
(こりゃギルトの恩恵だな。)
(よっぽど堪えたんだなギルトのが💧)
「懸命だオルカ。
碌に考えないままSNSだのに『クソ息子』『親殺すとかありえないんだけど』だのと投稿して…」
「…?」
「その殺人の実が、…正当防衛だったら?」
「!!」
「普段から息子に暴力を奮い続け…
挙げ句の果てにやりすぎて…
命の危機を感じた息子が父親を突き飛ばし、そして打ち所が悪くて亡くなってしまった。
…そんな真実だとしたなら?」
「…………」
「あり得ないと思うか?
悪いがな、これはほんの一例で、…実例だ。
…息子から父親の暴力について相談されていた友人は、心無い投稿に本当に傷付いて。
そこから病んで、…未だに心の傷と戦ってる。」
「……」
『悲しい』の一言だった。
なんでも気楽に発信出来る世の中だからこそ起こる、悲しい出来事だと思った。
「軽率な発言は、軽率な思考が無ければ生まれない。
…年上が説教臭いのはな?
若者に真っ当に生きて欲しいと願う裏返し。だったりすんだぞ(笑)?」
「あ、ちゃんと気付いてたんすね門松さん。」
「フフフフ!」
「誕生日にウルセーよとは思わず、温かく御静聴下さりアリガトウゴザイマシタ。」
「あははっ!!」
オルカは声を上げて笑った。
『別に説教臭いなんて思わないのに』と。
そんなオルカに、柳はニヤニヤと笑った。
「…てか本当に難しいのは、親しすぎる人間の頼みを断ること。…だぜ?」
「?」
「人間なんて生きてりゃ嫌でも変わるんだ。
…お前も精々気を付けな。」
「…はあ。」
オルカは、ケラケラと酒を楽しむ二人を見ながら、『そんなことあるかな?』…と思った。
門松や柳が『あんだけ面倒みてやったろ?』…と、自分を利用するなんて想像もつかなかった。
「…でももしそうなったなら。
毅然とした態度で断るのが…、お二人への感謝の形ですよね?」
「いや急になに?」
「なに考えてたんだお前💧?」
オルカはクスクスと、『なんでないですよ?』と笑った。
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