第59話 三年の時を経て

『カファロベアロに帰れるまでお世話になります。』





 門松は煙を吐き出し、建物と建物の間の狭い空をぼんやりと見上げた。



「……あの日からもう三年か。」


「門松さーん!?」



 煙草を消した門松の背に声掛けが。

そこはスーパーの裏の喫煙所で、声を掛けてきたのは柳だった。

彼の手にはビニール袋が大量に持たれていた。



「百均で懐かしいの売ってたから買っちゃいましたよ。」


「まーた変なモン買ったんだろ。」


「変じゃないすよ。」



 ジャジャーン!と出されたのは、『本日の主役』と書かれたたすきだった。


門松はフッと口角を上げ、遠い目で呟いた。



「充分変だよお前の頭が。」


「だって逆に面白いじゃないですか。

この寒い感じが逆にいい。」



 二人は並び歩き、駐車場へ。

門松の車に乗り込むと、すぐに車は発進した。



ブロロロ……



 門松はぼんやりと外を眺め続けた。


 白髪は増えたが、相変わらず姿勢が良く落ち着いた雰囲気を纏う門松をチラッと忍び見て、柳は口を開いた。



「……三年…すね?」


「…丁度ソレ考えてたトコだよ。」


「あいつも18才か。…童顔すよね?」


「でもやっぱ背伸びたよな。

あと、なんだろな。……格好良いよな?」


「まあ俺ほどじゃないけどイケメンすね!

年頃だし、彼女の一人二人いんじゃね?」


「そこは一人でいいだろ。」



 門松は呆れたように笑った。


 柳は運転しながら、オルカが爆発と共に現れた日を思い出した。

彼は30才になったのに、少しも老けていなかった。



「結局、俺らが出来たのは…」


「あいつをこの世界の住民にする事だけ。」


「…まあ、なんだかんだ楽しんでますけどね?

勉強好きだし。…イイコ過ぎてつまんねえったら。」



 衝撃的な出会いから、三年の月日が流れた。


 門松は仕事の合間をぬっては、カファロベアロの正体に迫ろうと調査を続けてきた。


オルカに何度も質問し、時にリンクさせ、ありとあらゆる方法で真実に迫ろうとする道程で判明したのが、どうやら『ラティーニ』というのはラテン系民族を差し、『ジャポーネ』は日本人を。

そして『イングラノ』というのは、イングランド…つまりイギリスを差すのでは?という事だった。

これらは食文化や言語から導き出した答えだ。


 そして、オルカの唯一の持ち物だった二つの箱。

それがオルカの誕生日プレゼントだったと判明した時、冗談抜きに門松は泣けてしまった。



『……まだ開けてないんです。

色々あって、すっかり忘れてました。』


『そうか。』


『……ズッ!』


『え!?、柳さん!?』


『ウルセー放っとけ💢!』



 妙に涙脆い時がある柳は鼻をすすった。

だがオルカは凹まなかった。

多少苦笑いしつつも、嬉しそうに箱を開けた。



『!!』


『…なんだこれ。…化石か?』


『ロバートさん…。』



 ロバートからのプレゼントは、化石だった。

オルカが大興奮した、あのトンボの化石だ。


高価すぎるプレゼントにオルカはウルウルッときてしまったが、どうにか我慢して茂からのプレゼントを開けた。



『!』


『…え?、……タイ?』


『ネクタイ…に、見えるな。』



 茂からのプレゼントはネクタイだった。

シックで上品な無地の黒のネクタイで、先の方に一点、金の糸で刺繍がされていた。

リンクしてその柄を調べてみると、ダイア家の…王家の家紋だということが判明した。


それが分かった途端、何とも言えない感動がオルカの胸を埋めた。



『…茂さん。』


『……これならお前でも着けれんじゃん。』


『え!?、本当ですか!?』


『おう。…ほら今日シンプルな白シャツ買ったろ?

それと合わせればいい感じじゃん。』


『…バンドマンみたいだな?』



 それからオルカはよくタイを着けている。

三年たった今でもだ。


 そして化石を借りて門松の知り合いに鑑定に出したところ、その化石の土壌は確かにオーストラリアだと判明した。

…したのだが。



『ねえ門松さん。…これおかしいよ。』


『へ!?、な、何が…です?』


『化石ってのはさ、普通は土なり水底に埋まった生物の遺体の肉が分解されて、骨が残り、そんでその骨に鉱物が染み込んで…まあ、石化するのね?』


『へーえ?』


『だからさ、凄い時間が必要な訳だ。』


『…でしょうね?』


『うん。だからね、…虫の化石ってね。

大体がバラバラになってしまってるんだよね。』


『!』


『綺麗に残るのはかなり希少なんだ。

コハクに飲まれたならまだしもさ。』


『……へえ。…凄いな?』


『あとさ。』


(あーヒヤヒヤする💧)


『上手く言えないし、あり得ないんだけど…

この化石、…いや、あり得ないんだけどさ。』


『?』


『……年月が経った形跡が無いんだよね。』


『…は?、いや、化石なんだから』


『そうだよ分かってる。

だからなんか…こう、…なんていうの?

かなり特殊な環境下で石化した…んじゃないのかな?…としか言い様が無いんだけどさ。

…なんか、僕の印象だと?

……フラッシュみたいに一瞬で固められた。

…みたいな。』


『……フラッシュで、一瞬で…。』


『まあ僕の印象だよ!?

実際はそんなのあり得ないからさ!

…でも僕の印象だと…、これは一瞬で石化して、その後に表面だけが劣化していったような…

いや、あり得ないんだけども!?

…そんな感じがするんだよね。

とにかく、通常下で生まれた化石じゃないのだけは明らかだよ。』


『そ…っか。』


『うん。 ……コレくれない?』


『最初に『あげない』って言ったよな!?』


『お願い門松さん!!、マジで頂戴っ!!

なんなら買うから!!』


『だーかーら!?、俺のじゃねえから無理💢!』



 どうにか手元には戻ってきたが、また新たな疑問が増える結果となってしまった。


鑑定結果としては、トンボの種類はオーストラリアに生息する『テイオウムカシヤンマ』という世界最大のトンボで、化石自体は真新しい2000~3000年程前の物だと判明した。


 全てがオーストラリアに繋がる結果となり、門松も柳もオルカもドキドキしたものだが…それだけだった。

ここで調査は行き詰まり、それ以上の進展は無かった。



『……オルカ。聞いてくれ。』


『?』



 オルカを帰す方法も見付からず、カファロベアロというのが一体何なのかの謎も解けない状況に、門松は意を決した。


この先、最悪オルカはカファロベアロに帰れずにここで生きていくしかないかもしれない。

それなのに彼には戸籍が無いので、学校にすら通えず、バイトや就職すら危うい。



『お前を難民扱いにして…、俺が保護者になろうと思うんだ。』


『…え?』


『今のまま、戸籍が無いまま生活するのは無理だ。

手続きは俺がやるから、…いいか?』



 オルカを保護すると決めた時、門松は覚悟を決めていた。

『長丁場になるようなら戸籍をなんとかしなくては』と。

そしてオルカを保護して三ヶ月間悩みに悩み、刑事となってから築いたあらゆるコネ、ツテを使い、オルカの戸籍を手に入れることにしたのだ。


これは正直、かなり危ない橋だった。



『……え。…え!?、門松さん…今なんて!?』


『しー!?、声がでけえよ馬鹿💢!?』



 柳もこれには仰天した。

なんせ『謎のモヤに追われ難民となったオーストラリア人の保護者になる』なんて告げられたのだから。

だが当然そんなのは嘘なので…、多少なり偽装が必要となってしまう。



『…門…門松さん。それ…もしスッパ抜かれたら』


『懲戒免職確定だよ。』


『ヤバイって!?』


『だから声がデケーよ💢!!』



 刑事人生を懸ける。…どころの騒ぎではない。

もしバレてしまったなら、門松は良くて懲戒免職、悪ければ刑務所行きだ。

少なくとも前科が付く。


 だが柳の制止も聞かず、門松は実行した。

 彼は勉強熱心な刑事で、ありとあらゆる機関に知り合いが居た。

それに刑事として面倒を見て、所謂借りを多くの人につけていた。

そこに付け込み…、と言ったら聞こえは悪いが、とにかく持てる全てを以て……門松はオルカの戸籍を入手した。


 記念として持ち帰ったオルカの住民票を眺めた時、門松は沁々と呟いた。



『本当に出来ちゃったよ。』


『アンタねえっ💢!?』



 当然柳には目茶苦茶にキレられた。


 だがこの恩恵は凄まじかった。

まだ15才であるオルカを、学校に行かせる事が出来たからだ。



『合格おめでとうオルカ。』


『…門松さん。』



 当然入学費用も全て門松が出した。

値段の詳細はオルカには伏せられたが、オルカは高校入学にはお金がかかるのをちゃんと分かっていた。

受験の話が出た時、『悪いから!』と受け取らず、一ヶ月喧嘩をし続けた程だ。

だが『俺がお前に普通の生活を送らせてやりたいんだよ!』…という門松の言葉に、折れた。


『じゃあ夜間学校なら』と泣きながら納得したオルカに、門松はただ優しく笑っていた。





「…フウー。」



 煙草の煙を吐き出す門松は複雑な顔をしていた。

複雑な心境のままの、複雑な顔を。



「…昼はバイトして。夜には学校行って。」


「奨学金で大学行く為に学校無い日は塾かバイト行って?」


「そ。…塾代も全部自分で払って。

…凄えよ本当に。…あいつは、本当に凄い。」



『それなのに』…と柳は門松の気持ちを代弁した。

 チラッと門松が柳を盗み見ると、柳は真顔で何処か遠くを見つめて見えた。



「……少しも、何も変えられないまま。

…なーにやってんすかね。…俺ら。」


「……」



 珍しくも物憂げな柳に、門松は話題を変えようと『そういえば』と笑った。



「お前、最初はあんなだったのにな(笑)?

まあ仲良くなったもんだよ。」


「いや別に、俺が同担拒否なのは変わんないすよ。」


「…ドウタン…?」


「今でも全部を信じてる訳じゃないです。

いや、…もう信じる信じないの次元超えてるっていうか。」


「確かになあ。」


「……ただ。ここで諦めたら寝覚めが悪いから。」



 柳は柳でこの三年、オルカを可愛がってきた。

門松が絡むととんでもなくヤキモチを妬くし、遠慮無くズバズバ言うのは相変わらずだったが、それでも休日にはオルカを外に連れ出したり、ショッピングを一緒に楽しんだ。


 オルカも、なんだかんだと面倒を見てくれて、なんだかんだと色んな事を教えてくれる柳に懐いた。

『見えづらいけど、本当に優しい人だ』と今では思っていた。


 柳も門松も形は違うが本当に優しくて、オルカにとって掛け替えの無い人となっていた。



「おっ、居た居た。」


「…やっぱ目立つなあ。」


「俺が洒落教えたんだから当然すよ!」



 塾の階段の下に、スマホを見ている若者が。

黒いロック系の格好をして、髪に細い赤ピンをクロスさせている…一見すると塾に通う風貌ではない青年は、クラクションの音にパッと顔を上げた。


そして車を確認するとニコッと笑い、小走りで車に乗った。



バタン!



「わざわざありがとう御座います柳さん。」


「先ずは門松さんに礼言えやクソガキ💢!?」


「いいっちゅーに。」


「はは!、ありがとう御座います門松さん。

…二人ともお疲れ様でした。」



 あどけなかった赤い瞳はスッと切れ長となり、声もまだあどけなさは残っているが大人っぽくセクシーになった。

肌は相変わらず白く、細身な方だが背は伸びて176センチになった。

ロックとV系の服も今では見事に着こなし、まるでミュージシャンかモデルのようだ。


 今日はそんなオルカの、18才の誕生日だった。



「ケーキ買ってきたぜオルカ!

後で頑張って18本消そうな!」


「キツイですね~💧

でも嬉しいですありがとう御座います!」


「…18本立てる方がめんどくないか💧?」


「門松さんよりマシじゃないすか。

…48本立てたらケーキが可哀想なことになるわ。

ボッコボコの……クレーターになるわ。」


「キモイけど楽しみですね~!」


「俺はケーキは胃がもたれるから嫌なんだって」


「オルカ!、明日バイキング行こうぜ?

ほら今日は予定あって無理だったじゃん?

だから振替バースデーってことで!」


「いいですね♪

ケーキとお肉のバイキングとか良くないですか?

勿論門松さんも来ますよねっ?」


「お前らなあ~💢?」



 出会ってから毎年二人はオルカの誕生日を祝ってきた。

それだけじゃなく、記念日にはケーキや御馳走でお祝いをした。


 そんな二人の真心に真摯に向き合い続けたオルカは、曲がりの無い真っ直ぐな青年に成長した。



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