第117話 両者一歩も譲らず、動けず

「ふぇぇ…。」



 ガヤガヤの人、賑わいに、オルカは気圧されてしまい一人パチパチと瞬きをした。


王都に繋がるメインストリートにやたら人が居るとは思っていたが、いざ王都に到着してみたら聞いていたよりもずっと人が多く、驚いてしまったのだ。



「…すっごい。お祭り騒ぎみたいだ。」



 案内表示もあちこちにあった。

 オルカが王都に入るのは二度目だし、一度目は地震やらで大変だったが、やはりこんなに人は多くなかった気がした。



「えーっと、…あそこだよな執行議会。」



 目的の場所は常に見えていた。

高くに聳え立つ王宮の一段下手前にある、大きな建物だ。



「……ギルト。」



 いつの間にか誰よりも強い想いを寄せていたギルトは、きっとそこに居る。


 だがあんなに会いたいと懇願したのに、オルカはソワソワと辺りを見回してしまった。

この賑やかな王都が気になって仕方ないのだ。

チラリと露店に目をやると、綺麗な飾りや珍しい石や食べ物があちこちにズラリと並んでいた。

露店だけでなくちゃんとした建物の店も山ほどあり、お洒落な服や制服の仕立屋も。


こんなの、気にならない方がおかしい。



「……先にシスターに会いに行こう!

だって先ずはヤマトを探さなきゃだもの。

ギルトよりもシスターの方がきっと詳しいに決まってるし!」


 

 ハッキリと言い訳を口にすると、オルカは近くの店から順繰りにウィンドウショッピングを開始した。

…まあ、ウィンドウなど無かったが。




「…やっぱり、無いな。」



 そしてオルカは気が付いた。

いや、今まで疑念だったものが確信に変わった。



「カファロベアロには、宝石が無い…?」



 本当の世界には宝石が存在した。

それはもう歴史の中にも現代にも、店でも何処ででも何かしらを見る事が出来た。

だがカファロベアロに宝石は存在しないのだ。

自分の家のダイヤモンドは疎か、フローライト、サファイア、アレキサンドライト、全てが無い。

有名な水晶すら存在しない。


綺麗な観賞用の石なら確かにあるが、どれも透明度が低く、見たこともない物ばかりだった。



「…不思議。ベース世界の宝石が、石で出来たこの世界には無いなんて。」



 確かにおかしな話である。

コアに訊けば一発なのかもしれないが、オルカはコアになるべく頼らずに居た。



「……わ。…凄い綺麗な教会。」



 露店巡りをしていると、突然左側に大きな教会が。

オルカはここがイルがシスターをしている教会だとピンときて、ドキドキしながら服を直した。



「ピン! …よし。」



 ピンがずれていないかをチェックすると、オルカは教会に入っていった。





「そしたらさ、ギルトの奴が海堂とバッティングして。海堂が急に店を貸し切るとか言い出してさ!

もうヤダあいつ!」


「あらあっ!うふふっ?

それだけロバートのお店の味がいいってことじゃない!私は嬉しいわっ?」


「まあそれは大前提だけどよ!」


「うふふっ!」



 教会の中で、イルとロバートは仲睦まじく話していた。

 綺麗なステンドグラスの窓から入る光は幻想的に大きな聖堂を照らし、大きなオルガンは王都に建てられた教会らしく荘厳で華やかだった。

並ぶ椅子の先には女神像が祀られていたが、カファロベアロの住民はこの女神像の意味を知らなかった。


 イルはもう毛染めをやめ、綺麗な金髪をそのまま出し修道服も着ていなかった。

 カファロベアロのシスターと本当の世界のシスターは似ているようで違う。

カファロベアロでのシスターとは、孤児や身寄りの無い人間を保護し世話をする人と、教会で働く者を差す。

本当の世界では、修行をしたり、宗派によっては食事の制限があるが、カファロベアロのシスターには特に無い。

当然恋愛だって自由だ。


 なので、三年も経過したのだ。

歳の差はあるが隠れ相思相愛だった二人がどれ程進展したのかというと…



「…でさ、日曜…店が休みで…さ。」


「あ、あらそうなのっ?」


「うん。 ……」


「………」



 明らかにデートに誘いたい男。

明らかに誘ってほしい女。



「……た、楽しみねお休みっ!」


「お、おう!、……顔出すよ。」


「ええそうしてっ?」



 つまり、一ミリも進展していなかった。

もう…信じられない程に進展が無い。


 ロバートが踏み切れないのは年齢差だ。

イルは最初こそ政府の一部から反感を買っていたが、それもギルトが動いたことですぐに誤解が解け消失した。

そして今では王都の美人シスターとしてかなりの有名人となった。

『名字持ちという高貴な身分でありながらシスターとして人々に献身的に尽くすなんて!』とそれはそれは評判だ。


故にロバートは余計に渋ってしまうのだ。

『若くて美人で評判のイルがこんなオッサンなんか相手にするわけねーよ』と。

むしろ、デートになんて誘った暁には『嫌だわロバート!そんな目で私を見ていたなんて!?』…と幻滅されるのではと恐れていた。


だがイルの評判は右肩上がり。

イルを一目見ようと王都観光を決行する男は多い。

こうなるとやはり男としての焦りがあるのでチャレンジしようとはするのだが…、今日のようにいつも行動ならずで終わっていた。


 イルはというと、純粋にロバートに好意を寄せ続けてはいるが、やはり年齢差で足止めを食っていた。

ロバートとは逆で『こんな小娘なんて相手にしてくれるわけがないわっ!』と、『デートに誘ってほしいなんてお願いしたら浅はかな女と嫌われてしまうかもしれないわっ!』『そんなの嫌っ!』…と、こちらも一歩も動けず。


こうして互いが好きな故に謎の硬直状態を維持していた。

これについて海堂は『アホらし』…の一言のみ。

『男ならシャッキリ誘いなさいよ』と辛口だ。



(ハァ。…まーたやっちまった。)


(ああまたやってしまったわ!)


(…こんなオッサンとこうやって話してくれるだけで満足するべき…なんだよなあ。)


(もう私のバカバカ!

ジルにも言われたじゃない!

『惚れた腫れたなんて言ったモン勝ち』って!)


(…今日も可愛いなあ。)


(ああ嫌だわ離れたくないわっ!?

も、もういっそ今、…ディナーに誘おうかしら!)


「ね、ねえロバート?

もし良ければ…なんだけどっ!  …!!」


「ん?」



 イルが言葉半ばに教会の入り口を見つめ停止し、ロバートは首を傾げた。

彼女は青い目を大きく大きく開き、ピクリともしなかった。



(なんだ急に。…ゴーストでも見たような  )



 ロバートもハッと停止した。

入り口から自分達に満面の笑みを向けながら走ってくるのは…



「シスター!!、ロバートさん!!」


「…ま…さか!?」


「……オルカ…?」



 オルカは衝突するように二人を腕に包んだ。



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