第71話 選んだ道の責任

それは日が暮れた頃だった。


いつも不良の溜まり場になっている公園を、なんとなく職場に帰る道に選んだんだ。

いつもは通らないのに。本当になんとなく。



『!』



俺の目に飛び込んできたのは、喧嘩だった。

若者…、ヤンキーよりかは上の層の5人程の集団が大きな怒鳴り声を辺りに響かせながら、誰かを囲い、恐らくは蹴りを入れていた。


辺りを行く人も足を止め、何事かと喧騒をチラ見しているが、足を止めきることはせず去っていく。

…それでいい。二次被害になるからな。



『…また『余計な事に首突っ込んでお前はよ』って呆れられるなこりゃ。』



俺はもう所轄の刑事ではない。

車は自家用車で、見た目もただの背広だ。

…これが所轄だったら一目で『うわ警察!?』ってスムーズなんだがな。…まあ仕方ない。

チャチャッと止めて全員車に乗せて事情を聞こう。

…手帳開示した瞬間の驚いた顔、あれ結構面白いんだよな。


俺は車を下りて大きく息を吸った。

先ずは声をかけ、手を止めさせるのが目的だ。



『……おい!、お前ら』



『火つけちまえ!』



『!!』



『これで証拠も残んねえよ。…死んで後悔しろ!』



ダッ!!



…知識や学が人間性の全てを決める訳ではない。

…では何故それらが重んじられるのか。



『間に合…え!!』



きっと彼等に殺人の意思は無い。

彼等は『死ね』とよく口にするが、実際相手を殺そうとまでは考えていないのが大半だ。


だからきっと彼等は今、『ちょっと火傷でもさせて思い知らせてやろう』としているだけだ。

…オイルを服にかけ火をつけたって、大した被害になりはしないと、…思い込んでいるんだ。


人が自由に生きていける筈のこの世界で、未だ学が重んじられるのは…、このためだ。



『おら燃えろッ!!』


『つ…!!』



パシッ!



『!?』


『なんだテメエ!?』


『ハアッ!!、ハアッ!!』



…俺人生唯一、そして最大の間一髪だった。


本当に、服にライターの火が当たる寸前、どうにかライターを掴めたんだ。

全身には鳥肌が立っていたし、うっすらと吐き気も催していた。



『なんだオッサン!?』


『ハアッ!!、ハアッ… …ハアッ💢!!!』


『…おい、そろそろずらかろうぜ。』


『チッ!!』



見てみれば、これは喧嘩ではなく一方的な暴行だろう。

暴行していた彼等の傷は全て手当てされている。

かたや火をつけられる寸前だった彼は鼻血を吹き出し、意識がない。

辺りにバットが無いのが奇跡に思えたが、この様子だ。内臓に損傷があってもおかしくない。



『……お前ら…なあ。』


『あ?、…なんだお前?』


『おいもういいから逃げようぜ。』



何があったか知らないが、これは明らかにやりすぎだ。



パカ…



『警察だその場を動くな。』


『…ハ!?』 『ヤッバ…!?』


『逃げてもいいが証拠品は俺の手にあり、全ては録画されている。

今ここで逃げんのと大人しく車に乗るのでは罪の重さが違うことは警告する。』



…まあ無駄だよな。分かってた。

録画してんのも事実だし、逃げればいいよもう。



『おい大丈夫か!?

…これはマズイな。救急車…。』



彼等もいつかきっと分かるだろう。

『邪魔された』のではなく、『止めてもらえたのだ』という事を。


俺は救急車が到着するまでの間、意識の無い彼に声をかけ続けた。




『まーたお前は面倒事を勝手に抱え込んで!?

いいか!?、お前は一課の刑事なんだよ!!

担当は主にコロシだ!!』


『いやアレ放置してたら人失格ですし本当に俺の仕事になっちゃいましたよ。』


『俺が言ってんのはガイシャを緊急車両に乗せた後のことだよ💢!?』



署に戻ったら、…まあ怒られた。

所轄に案件を引き渡せばいいのに、俺が自分で引き受けてしまったからだ。

…まあ確かに?、先輩の言うことは分かる。

警察官てのはそれぞれに役目があり、それに準ずるべきだからだ。


だがどうも俺はこのシステムに馴染めなくて。

『自分で始めたことなんだから自分で終わらせた方がいい』と、どうしても思ってしまうんだよな。

だって間に人を挟めば挟む程、物事の真実は雲に隠れていくものだろ?

ほら、伝言ゲームみてえにさ?



『……別にいいじゃないですかこっちに迷惑かけてるわけじゃねえのに。』


『ガキみたいにムクれんな!』


『ムクれたくもなりますよ。』


『口とがらせんな(笑)!』


『だって。………だってなんだもん。』



…なんでか俺はついている。

こんなお叱りに反抗しても、大抵なんでか相手が笑って許してくれるのだ。

『ったくしゃーねーな』…って。


大学ではこのラッキーについてこう言われた。

『君の素直さが成せる技だ』と。

…まあ、素直なのは認めよう。



『しっかし、リンチか。

…ガイシャは大丈夫だったんか?』


『ポキポキポキで、ダラッ…で、あわわわわ!

…ではありましたけどね、命に別状はなさそうですって。』


『骨三本いってて鼻血も酷くて全身殴打だが命に別状はないと。

…火をつけかけるって。……ハァ。』


『集団心理ですよ。

…本当に、車止めて良かったです。』



先輩には言わなかった。


…いや、自分が恥ずかしくて言えなかったのかもしれない。

あの青年と、柳楓とまた再会したなんて。


駆け付けた母親によれば、あの父親の事件の後数ヵ月は順調に回復して見えたが、半年が経つ頃には髪を染めたり帰りが遅くなったり、飲みに出たまま帰らなかったりと兆候が見え始めたんだとか。



『けれど、それだけだったんです。

私の電話にはいつだってちゃんと出てくれたし、家事だっていつも手伝ってくれていて。

…喧嘩してきた様子がある日もありましたけど、家で暴れたり私に暴言を吐いたりも無かったんです。

…それなのに、どうしてこんなことに。』



なんとなくだが、察した。

恐らく柳楓は、堪え切れない現実からの逃避として、自傷行為として不良の道を選んだのだ。


若い頃はそれを自傷と気付けない者も多い。

聞けば母親は新しく出来た旦那と離婚してまで息子を支えると決断したようだし…



『…結局何も出来なかったんだな。俺は。』



そして彼がこうなってしまった現状を突き付けられて。

俺は本当に、自分が無力なんだと実感した。



『…お母さん、被害届を提出するかしないか。』


『そんなの!、勿論』


『それは彼に決めさせてあげて下さい。』


『!?』


『彼がこうなったのは、相手がやりすぎたのも勿論ありますが、彼の選んだ道の先なんです。』


『………』


『彼の責任なんですよ。』


『……』


『そして相手側もそれは同じです。

…もし息子さんが被害届を提出したなら、彼等は裁かれます。

それは彼等の責任なんです。

…火をつけようとしてしまった。

それが本当にシャレにならない殺人であった可能性の、…責任なんです。

それは息子さんの傍に居ると決め、旦那さんとの離婚を選択した事と同じなんです。』


『……はい。』


『…大丈夫ですよ。まだ若いんですから。

それに息子さんはきっと…

本当に、本当にいいこです。』


『っ、…~~…はい。』


『……では、私はこれで。』



俺は無力だ。 本当に。

……だが、『無力だから何もしない』のか?


それだけは違う。


リターンを求めた行動じゃない。

どんなリターンがあったって構わない。



『…頑張ってな?』



俺は、俺がしたい事をしていく。

それが今こうして警察官として生きている俺の責任だ。


例え消えない疑問が際限無く降り積もろうが。

それらが俺の心の何処かを渇きへと導こうが。


…それは、俺が決めた道の責任なんだ。



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