第56話 スイッチに頼るな

 門松は数ある帽子を見回し、一般的な色合いのカーキのキャップを手に取った。


オルカは『それいいなと思ってた』と目を輝かせた。……のだが。



ズボッ!!



「わあ!?」



 突然頭に衝撃が走り、思わず飛び跳ねるようにオルカは驚いた。

慌てて振り返ると……



「ハア!!」


「…え!?」


「お前…何してんだ💧」



 息を切らせた柳が、オルカの頭にニット帽をかぶせ…ヘーヘーしていた。


門松は心底呆れ、オルカは驚愕に固まったが、柳は汗を拭いながら主張した。



「どう考えても…ニットっしょ!!」


「…?」 「そうかあ?」


「帽子かぶせたって!、髪全部隠せるわきゃないんだから!?」


「??」 「…いいじゃんかよキャップ。」


「だからあっ!?

こいつにキャップなんてクソダサだって言ってんの💢!?」



 ガン!…とショックを受けた門松を押し退け、柳はイライラとオルカを指差した。



「髪全部は隠せねえんだから!、もういっそのこと『そういう髪でーす』『そういうオシャレでーす』って開き直っちまった方がいいに決まってるじゃないすか!

キャップってのはスポ系がメインでしょおっ!?

まあカジュアルでも全然アリだけど!?

こいつのLEDキラキラヘアー誤魔化すんならどう考えてもロックかV系でしょ!?」


「……」 ←純粋に首を傾げるオルカ


「……」 ←未だに納得がいかずむくれる門松


「しかも目が赤なんすよ!?赤!!、赤すよ!?

そんなんカジュアルよりビジュで通す方が自然でしょどう考えても💢!?」


「お前、びじゅ…?だの、ぶい系?…って、さっきっから何言って」


「『ビジュアル系』ですよ💢!?」



『っんとに使えねえ💢!!』…と心底うんざり顔をした柳は、「来い!」とオルカの腕を掴み、先程かぶせたニットを棚に放り、ズンズンと店を出てしまった。


 困惑するオルカが連れていかれたのは、所謂ロックやパンク、軽いビジュアル系のオシャレな服を置いているショップで、ダメージパンツやドクロ柄の襟の広いロングTシャツ等、オシャレ上級者向けの商品が置いてあった。


 入店するなり柳は迷わず数点を手に取った。



「……これと、…これ。

ああコレもいいじゃん。…ほれ試着。」


「…え?」


「だーかーら!、そこに試着室あんだろ?

そこで着てみて似合うか見れるんだっての。」


「…分かりました。」



 オルカが試着室に入ると、柳はクルリと振り返り門松と向き合った。



「なーにが体調不良だっての。」


「違えんだよ💧、俺は早く上がりたいって言っただけなのに先輩がなんでか『いいから帰れ』ってよ。」


「そりゃそうでしょうよ。

…俺らほら、…ねえ?、…あの後だから。」


「やっぱソッチで気ぃ使わせちまったかあ💧

…こりゃ明日は差し入れ買ってかねえとな。」


「ったく。…だったら俺も休みたかったし。」


「悪かったよ?」



『ところでなんでここに居んだ?』と訊かれた柳は、『そんなん決まってんでしょ』とあっけらかんとして答えた。



「絶対オルカの服だの買いに行ってると思ったから門松さんのGPS調べてすっ飛んで来たんすよ。」


「なんつーことしてくれてんだお前。」


「でも来て正解でしたよ。

…門松さんに任せてたんじゃ、いつの時代のとっつぁんボーイにされてたか!」


「…💢。」



 むくれる門松にグイッと顔を寄せ、柳は声のトーンを落とし早口に捲し立てた。



「さっきも言いましたけど、あいつのLED誤魔化すんならコッチ系が絶対適してますって。

…そもそも遺伝情報が違う生命体に毛染めが有効かも分かんないんすから!

カラコンだって、あっちでは着けてたって言ってましたけど明らかにこっちのとは仕様が違うし。

だったら安全を取って地目地毛で生活する方がいいでしょう!?」


「まあ、…そうだな?」


「だったら一般的なカジュアルじゃ目立ちすぎますよ!」


「ビジュアル系のが目立つだろうが!?」


「…門松さん、ゴテゴテの想像してます?」


「?、そりゃ…ビジュアル系ってそうだろ?」


「…… ハア💧」


「💢?」



 丁度その頃『着れました!』と声掛けが。

柳は門松と目を合わせ、「俺が言ってんのはこういう感じすよ?」…とカーテンを開けた。



「! おお~!」


「ど、どうですか?」


「いいじゃんいいじゃん♪

ほーら絶対似合うと思ったんだよ!」



 襟が敢えてダメージ加工された白のロングシャツ。

シックなバラがプリントされており、テイストはビジュアル系とロック系の間くらいの物だ。

それに合わせて穿いているのは比較的細めのダメージデニムだ。

色は黒系で、バラの色合いとよく合っていた。


着る人を選ぶチョイスだが、オルカの見た目だと逆に何の違和感も感じないチョイスだ。



「これならニットキャップとかもアリじゃーん?

キャスケットなら甘い感じが出るしー♪」


(今日の柳、暗号ばっかだな。)


「ほらかぶってみろよ!

ほーらね!?、チョー似合ってる!」


「あ…ありがとうございます。」



 オルカに対して塩対応だったのに、なんでか柳のテンションはアゲアゲだった。

敵視してギスギスしていた昨夜までがまるで幻かのように、柳は何着もオルカに着させては『いいじゃーん♪』と褒めた。



「うーん。帽子のバリエーションが欲しいな。

あとブーツも!」


「…これ本当に僕に似合ってますか💧?」


「は?、いやメッチャ似合ってんじゃん。

俺の見立てにケチつけんのかよ?」


「いえ!!」



…やはり柳は柳だった。

 着たもの全てを門松に渡し『会計ヨロっす!』…と吐き捨て「次行くぞ~♪」とオルカを拐っていった柳に、門松は苦笑いしてレジへ向かった。



(なんだかんだ。…なんだよなあ?)


「28500円です!」


「……はーい。」



 これをこの後、三件でかまされた。


だが門松は苦笑いするだけで特に怒りはしなかった。

『独身の警部は何気に溜め込んでますからね』と。




「……らあめん。」


「ジャパニーズフードっつったらラーメンしょ♪」


「…オルカは取りあえず醤油にしとくか。

…ん?、『取りあえず醤油』って日本人向けか?」


「なんでもいいすよ門松さん!

おいオルカ。どれがうまそうに見える?」


「……えっと、……これ?」


「おおいいね担々麺!

俺は~…みそバター。門松さん醤油?」


「醤油大盛全のせ。」



ピッピッ!



 お昼はモール内のラーメン屋さんとなった。

当然柳が『昼はラーメンっしょー!』と直行した結果である。


 食券を買う柳の動作をオルカはじっと見ていた。

…と同時に不思議な疑問を抱いた。

『どうしてお金を出すのは門松さんなのに、食券を買うのは柳さんなんだろう?』と。


 門松を真ん中にカウンターに座ると、柳がグイッと身を乗り出してきた。



「お前さ、箸使えんの?」


「ああそうだったあ!?」 ←門松


「…『はし』。…えっと…」


「…!」



 柳は瞬間で目を細めバッとオルカの目の前に手を出した。

門松は顔のすぐ前の伸びた腕をじっと見て、オルカに目線を送った。

オルカは急に目の前にバッと手が伸びてきて、驚きパチッと瞬きをした。


柳はオルカのリンクを見事に止め、『ふぅ…』と息を吐いた。



「この程度でスイッチ使うな。」


「!」


「見て覚えろ。

いちいち天なる声に頼んなくてもな、ちゃんと見て学べば身になんだよ。」


「………」


「もう必要最低限はダウンロードしただろ。

…スイッチに頼る癖つけんな。」



 オルカのハッとした顔を確認すると柳は手を引っ込め、「はいドーゾ門松さん教えてやって。」…と丸投げした。

門松はクスクス笑うと、オルカに箸の使い方を教えた。


 やがてラーメンが出てきて当然オルカは苦戦したが、とても美味しいし、何よりも楽しかった。

オルカの箸使いが下手なのを、柳が上手く笑いに変えてくれたからだ。



ビチャ!



「ハハ!、また落としてやんの~!」


「日本人…すごいですね!?

こんな繊細な作業を食事中も続けるなんて!?」


(繊細な作業…(笑))


「…諦めてもいいんだぜ?

諦めて『フォーク下さい!』って言えば~?」


「絶対箸で食べきってみせます💢!」


「…最悪レンゲですくってすすればいけるぞ。」


「あっそっか!」


「ちょい待てそれはズル!!

あっ!、替え玉くださーい!」


「……カエタマ?」


「麺だけおかわりする事だ。

お前も足んなかったら替え玉しろ?」


「…はい。」


「ヒャハハ!、無理すよ門松さん!

お前はこの一杯食べきるのも大変だもんな~!?」


「絶対替え玉します💢!!」


「やってみろ~!!」


「はいはい大人しくしろ柳💧」



『どっちがガキか分かりゃしねえ』と呆れる門松。

だがオルカが楽しそうで…、これは自分には出来なかったと痛感した。



(やっぱ、…子供には子供が一番なんだよな?)


(今なんか良からぬ事考えてんな門松さん。)


(悔しい悔しい💢!!

それにしても、…この、麺を吸う…音。)



ズゾッ! ズズッ!!



(……気になる💧)



『麺をすする』というのは日本人にとっては当たり前の風習だが…、実は世界で唯一の文化である。

故にオルカには当然馴染みが無い。

…故にオルカは箸だけでなく、麺をすすって食べるというチャレンジも同時にこなさねばならなかった。



(…難しい💧)


「プッハー。御馳走様でした!」


「ん。」


(え!?、柳さんもう食べ終わってる!?

あれ!?、門松さんも終わってる!?)


「……因みになオルカー。麺て伸びるからな。」


「ええ!?」


「ハハハ!」



 初めてのラーメンチャレンジは、替え玉ならずだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る