第57話 オーストラリア
ラーメン屋を出ると、柳は自然と二人をカジュアルな店に誘った。
「……なあオルカー、これどう思う?」
「似合ってます柳さん!」
オルカの目指すテイストと違う店に何故入店したのか。
それは自分の服を選ぶ為だった。
門松は『なんでだよ!?』と突っ込みを入れたが、柳に『俺へのご褒美に決まってんじゃないすか』と平然と返され、なんだか色々と諦めた。
鏡の前でシャツを合わせる柳。
その隣で鏡を見ながら『ほうほう』と柳のイケメンぷりに感心するオルカ。
そんな二人を後ろから見ていると、なんだか彼らが兄弟のように見えてきてしまった。
「…うーん。…なんかこうさー?
ここが紐だったらカッコよくねえ?」
「ああ!、第3ボタン辺りまでが紐格子で!」
「そうそう。
なんかさー。歳いくと服選び難しくなるんだよなー。」
「…そんな歳ではないですよね柳さん?」
「俺27。」
「だったら平気ですよ!」
オルカはタタッと駆けて、ずっと似合いそうだと思っていた服を持ってきて柳に渡した。
「柳さん、目がすごく綺麗ですしスタイルもいいし。…コレどうですかね?」
「…上着選ばねえ?」
「さっきの店のちょっと丈の短いファーの着いた上着と合うかなって!」
「…ああ!、てか若すぎねえ(笑)?」
「似合いますって!」
「……こんなデート服みてえなガチオシャレなんて初だわ。」
「え?、女性にモテますよね柳さん。
しょっちゅうデートしてるんじゃ??」
「お前イイコだな~♪!」
ケラケラと笑ったが、その服は買わなかった。
買ったのは普段用の少しオシャレな服だった。
門松は自然と会計をしつつも、鼻でため息をこぼした。
「さーってと。そろそろ戻んねえとヤベーな。」
「……え?、柳さんも今日お休みなんじゃ…」
「いや?、サボッてただけだけど?」
「ええええ!?」
オルカの服と帽子とブーツ下着を選び終えると、柳は伸びをしつつ衝撃発言をした。
だが門松は分かっていたのか、特に驚きはしなかった。
「明日は行くって皆に伝えといてくれ?」
「ウーッス。」
「だ、大丈夫なんですか柳さん💧?」
「ん?、まあ…俺らってしょっちゅう外出てっから。今でも足で刑事捜査すんのは大事なんだぜ?
それに今は担当無いし。」
「…そう…なんですか。」
三人で並びショッピングモールの一階を駐車場に向かい歩いた。
そこは家電屋の前で、ガラスの向こうに大量のテレビが並び、ニュースや映画やライブ映像が流されていた。
カファロベアロにはテレビが無いので、オルカはつい『不思議な物がある』…とテレビを見ながら歩いた。
耳にはニュースキャスターの声が微かに届いていた。
『…曇… 霧が… 未だに… 』
(…テレビっていうんだ。
何処かで映像を作って流してるのかな?
音声拡張の映像版ってところ?
本当に不思議。…面白い。)
「んじゃ門松さん、あとお願いしますね。」
「おう。気ぃ付けて戻れよ?」
「!!」
…ピタ!
「おいオルカ!、ちゃんと家のことやれよ!?」
「お前な~💧、そういう命令口調どうなんだ本当に。」
「だってオルカをどうすんのかまだ何も決まってないじゃないですか。
…ただ家でボーッとしてたって滅入るだけだわ。」
「! おお。ちょっと感動したぞ柳。」
「…ん?、おいオルカ!?」
「……どうしたんだ?」
並んでいた筈なのにオルカが居らず、二人は振り返った。
見てみると、オルカが家電屋の前で停止していた。
何度声をかけても振り向きもしないオルカに、二人は首を傾げオルカの元に。
「…何見てんだ?」
「ああテレビか。
…カファロベアロには無い感じ(笑)?」
オルカはじっと画面を凝視していた。
二人の声に反応出来ない程、じっと。
二人も何かと画面を見てみると、それが今全世界の注目を浴びているニュースだと気付いた。
「…ああコレか。」
「…マジ、何なんでしょうね。
まだ日本人も結構残ってるらしいですよ。」
画面には衛星写真と思われる写真が映し出されていた。
少し横長な大陸を、白い雲のような物が囲っている写真だ。
「これがどうかしたのか?」
「…おーい聞いてる~?」
「………カファロベアロ。」
「……は?」
「…え?」
小さく呟いたオルカの耳に、キャスターの声が。
『突如として出現した白いモヤに包まれてしまったオーストラリア。
そのモヤの正体は未だに不明です。』
オルカはただ、愕然と目を大きくした。
テレビに映っているのは、間違いなく授業で習った世界地図、硝国カファロベアロだ。
「……オースト…ラリア…?」
『なんか、オーストラリアみたいだねっ!』
脳裏に甦った幼い頃の記憶。
誰もに笑われた『オーストラリア』が…
今、目の前にあった。
「…どういう…事…?」
「…カファロベアロ……て。」
「……オルカ。これはオーストラリアだ。
…カファロベアロと似てるのか?」
「似て…る。…なんてものじゃないです。」
「…………」
「………おいおい。」
「間違いない。…僕らは皆、カファロベアロの世界地図を必ず習うんです。
…ちゃんと書けるように、練習もします。」
「…どの程度詳細な地図なんだ?
オーストラリアってのはな、大陸だけじゃなく周りの島も全部ひっくるめてオーストラリア連邦なんだぞ?」
「カファロベアロは、…正にコレです。」
「…正に?」
「この白いモヤも、…全部含めてカファロベアロの地図なんです。」
「!」 「!?」
バッ!と柳と門松は無言で目を合わせた。
オルカは未だ、じっと画面を見つめていた。
「…白い…この、モヤまで引っくるめて?」
「…はい。シマ?という物が、逆に分かりません。」
「……書いてみろ。書けるんだろ?」
「…はい。」
車に戻りカファロベアロの世界地図を書いたオルカ。
それをタブレットに出したオーストラリアの現状と照らし合わせてみると…、ほぼ完全に一致した。
二人はオルカが一瞬でオーストラリア地図を覚えたのかとも疑ったが、大陸の形の詳細までほぼ一致している完成度に、それは無理だと結論付けた。
(…じゃあ、…え? ……
オルカはオーストラリアから来た? …って事?)
(だが、オルカに聞いたカファロベアロの街並みとオーストラリアの街並みは一致しない。)
(…いや待て。こんがらがってきた。
だってオーストラリアから来たんならそう言えばいいべ?
なんでわざわざカファロベアロなんて名前に?
…いや、その前にそもそもこいつの遺伝子が~??)
(そもそもあの温泉の大爆発の謎さえ解けてないのに。…次は『カファロベアロはオーストラリアでした』説?
あーまずい。頭がマジでこんがらがる。)
大人二人が無言で思考する中、オルカはじっと座っていた。
本人にも訳が分からず、どうしたらいいのか分からないのだ。
無言が続く車内で、ふとオルカは口を開いた。
「初めて…、世界地図を見た時。」
「…?」
「僕、笑ったんです。
『オーストラリアみたいだね』…って。」
「!」
「…え?、それ、あっちの話だよな?」
「はい。小学校の時です。
でもクラスメイトは笑ってくれなくて。
『オーストラリアって何?』…って。
…逆に『オルカが変な事言ってる』って笑われて。
…僕は誤魔化す為にも、その笑いに乗って。」
「…………」 「…………」
「先生も笑ってました。
僕自身も『オーストラリアって何だろう?』と。
『なんでそう思ったんだろう?』…って。
その頃はリンク…してはいなかったと思います。
それなのに僕はずっと…そんな疑問や、僕だけが知る言葉に…悩まされてきた。」
「………」 「………」
「…ここに来て、僕はそんな疑問の答えを見付けた。
時計や電気や車、風、空、雲。
言い出したらキリがない…疑問の証明。」
「…だからあんなに。」
「はい。……嬉しかったんです。
『やっと分かった。僕の違和感の正体はこれだったんだ』って。
『ここが本当の世界なんだ』…って。」
「!」 「…本当の…。」
「そして思ったんです。
…ここが本当の世界なら。……」
「…………」 「………」
「カファロベアロ…って、…何なんだろうって。」
ねえ、…ヤマト。
僕、夢…叶えたよ。
「……僕…は、…カファロベアロ…は……!」
でも、それは余りにも残酷だった。
…余りにも孤独な旅だったよ。
疑問も違和感も無い世界に、あんなに憧れていたのに。
自分が求めた本当の世界に辿り着けたなら…
僕はのびのびと、晴れやかな気持ちで毎日を過ごしていけると、…思っていたのに。
「オーストラリアなのにっ、オーストラリアじゃない!
カファロベアロは…じゃあ! …っ、じゃあ!!」
こんな独りきりで、投げ出された世界で。
こんなに泣くことになるなんて。
「カファロベアロって!、…何なんだ!!」
ボロボロと泣き両手に突っ伏してしまったオルカに、門松と柳は無言で目を合わせ…、どうすることも出来なかった。
慰めようにも…、『大丈夫だよ』という言葉が余計に追い込んでしまう気がして。
ただ背に手を添えて、オルカの涙に寄り添った。
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