第125話 顔見世

『僕らはこの国に生きる同志です。

僕らは共に歩み、共に築き、そしていつか眠る。

その時まで、僕は皆と共にあり続けます。』



 顔見世を行うオルカの一歩後ろには、ギルトが。

そしてその隣にはジルとイルが。

彼等はかつての親衛隊の制服を纏い、スピーチを終えたオルカの前に跪き、手の甲にキスをした。


 ヤマトは控えでその様子をじっと見守った。

今までだったなら、『お前まで英雄面してんじゃねえよ』と固めた笑顔の下で憎悪を募らせていただろう。

だが彼の心は穏やかだった。

ガチガチにオルカが緊張していたのを知っていたし、クスクスと笑ってしまった程だ。




バサッ!



「終わっ………た!!」



 袖にはけたオルカは四つん這いに崩れた。

なんせ昨夜お風呂に入って出てみたら、『お召し物の合わせを』と急に体を寸法されギルトに顔見世について聞かされたのだから…もうテンパった。


ヤマトは一晩中スピーチ練習に付き合った。

ギルトも常にそこに居たが、ヤマトは決してギルトに牙を剥かなかった。


 そして今、オルカは大仕事を終えたのだ。

『ゲロ吐きそう』と呟くと、背中にポンと手が乗った。



「情けないですよオルカ君。」


「っ!、海堂さん!来てくれたんですね!」


「勿論です。とても素敵な顔見世でしたよ?

あっと!、こんな接し方をしては不敬で御座いますねオルカ王?、大変失礼を致しました。」


「やめて下さいよもぉ~。」



 ジルはクスクス笑い、海堂に統治者達を紹介されるオルカを見守った。

 これまで顔見世では指定の正装が採用されていたが、オルカは王族初の男児で正装が適応されなかった。

だがオルカは今、とてもシックな黒地の正装を着ていた。

歴代王の正装のモチーフを見事に取り入れた、親衛隊とも少し似た軍服テイストの正装だ。



「良かったな?、無駄になんなくてっ!」



 ジルに肘で小突かれたギルトはフッと笑った。

 実は昨夜決まった顔見世に正装が間に合ったのは、ギルトがとっくの昔にこの日の為に誂えていたからなのだ。

元々あった正装をサイズ直ししただけなので間に合ったという訳だ。



「この日を夢見ていたからな。」



 ギルトとオルカは未だにちゃんと話せていない。

だがずっとギルトはオルカを見守り、寄り添っていた。


 腕を組み、統治者と握手を交わすオルカを見守っていると、イルがスッと隣に並んだ。



「本当に大きくなったわねっ?

もう見違えちゃってタジタジよ私!」


「そうだな?、お美しくなられた。

…しかし、あの髪に着けられたピンなる物はどうしてもお外しになってくれなくてな。」



 ギルトが首を傾げるとイルはクスクスと笑い、すぐそこに居るヤマトにロックオンした。

ヤマトは敏感に目線に気付き、スゥ…っとスルーした。



「それにしたって!、貴方よ貴方!!」


「あ~。…なに?、シスター。」


「なにが『なに?』よ!

どれだけ心配したと思っているの!!」


「ごめんてー。」



 流しながら謝るヤマトの肩にズシッと腕が乗った。

見てみるとロバートで、ギルトに『よっ!』と手を上げた。



「来たかロバート。」


「おう!、ようオルカっ?、良かったぜ!?」


「どうもです~!」


「…で!!、お前はあっ!?」


「いてて。」


「無事だったならちゃんと顔見せに来いってんだよバカ!!

どんだけ心配したと思ってんだよ本当に💢!?」


「…別に俺なんか一瞬会っただけじゃん。」


「そういう問題じゃねえだろこの犬っころ!!」


「…! ……」


「どんだけ探したと思ってんだよ。

…てか海堂の養子だのなんだの…!

もうどっから蹴り入れりゃいいか分かんねえよ!」


「勘弁して。パパは俺の口止めに付き合ってくれただけなんだからさ。」


「それに怒ってんだよこっちは!?」



 イルもロバートも昨夜ヤマトの無事を知った。

もうそれからずっと二人はヤマトにお説教を続けていた。


 ヤマトはお説教されながら違う事を考えていた。

今ロバートに『犬っころ』と言われ、ようやくオルカが抱いてきた違和感を理解したのだ。



(犬なんて誰も見たことないのに、誰もが漠然と意味を知ってて、使ってる。

…こりゃ気持ち悪いっつーか、…変な感じだよ。)



『にしても…』と、ついイルで目が止まった。

 金髪に青い瞳、朗らかで穏やかな雰囲気に、とても女性らしい体つき。



(親衛隊の制服…似合わな。)


「なにジロジロ見てんだマセガキ💢!?」


「いてて。…なんだよオッサン。」


(…親衛隊の制服が似合っていない。

という顔だったな(笑)) ←ギルト


「?」


(何かしら急に二人して。)



 親衛隊の制服は白統一で、ダブルスーツに装飾があれこれと着いていてカッチリしている。

スレンダーで男勝りなジルはよく似合うのだが、イルにはあまり似合わないのだ。


 ギルトはオルカが一通り挨拶を済ませたタイミングで、パンパンと手を打った。



「さあ皆、オルカ様の帰還を祝した祭りは数時間後。

それまで鋭気を養ってはどうだ?

今夜は国ごと夜を明かす事になるぞ?」


「そうですねぇ…?

では失礼致しますオルカ王。」


「…今度うちに遊びにいらして下さいませ?

化石コレクションをお見せ致しますわ?」


「はい。皆さんわざわざご足労頂きありがとう御座いました。」



 しっかりと統治者達に頭を下げたオルカに、統治者達は呆気に取られ、笑ってしまった。

当たり前だ。頭を下げるべきはオルカではなく、統治者達なのだから。



「随分と腰の低い王様だな!」


「ふふ。…言われてますよオルカ王(笑)?」


「ちょ…海堂さんてば💧」


「さあ皆!、今夜は盛大に盛り上がろう!」



 ここで場は解散となった。

ロバートはイルを誘い、既にお祭り騒ぎの王都へ。

ジルはヤマトの腹を小突き、トレーニングに。


そしてギルトは、オルカに。



「お疲れ様でしたオルカ様。

とても御立派で御座いました。」


「僕、こういうの苦手です。

はあ~!、……ま、テレビが無いだけマシか。」


「…てれび?」


「あ、…何でもないです。」



 少し首を傾げたが、ギルトはにっこり笑い胸に手を添えた。



「それでは、オルカ様のお部屋に御案内致します。」


「!…僕の部屋?」


「ええ。」



 ギルトは微笑み、王宮へと向かった。



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