第126話 あの大晦日のこと

 王宮の二階。理の間の真下にオルカの部屋はあった。

歴代の王全員が使用してきた部屋だ。



「ここの使用には厳粛な決まり事が。

『王位を継承された現王のお部屋』ですので、子に代継ぎをされました先王は別のお部屋に。」


「そうなんですね。」



 オルカは案内をされつつも、『ここが部屋?』と圧倒されてしまっていた。

ただでさえ広々過ぎる空間。豪華絢爛な調度品はキラキラ…いや、ギラギラと輝いている。

壁一面は窓。…景色は最高だ。

執行議会も王都も…国中が見渡せるのではと思う程。

だがベッドはキングサイズをゆうに超える大きさで、上からカーテンのような物に囲まれている。(天蓋付きベッド)

床は大理石のようだが、カーペットがまた派手だし大きくて落ち着かない。

なによりも、とにかく広すぎて落ち着かない。



(…余白しか感じない。)



 四十畳はゆうに下らない部屋に『本来はこれが当たり前だったのか』と思うと、なんだか胃が重くなった。


 ギルトはクローゼットを開け、オルカが持ってきた着替えをしまったと言い、見せた。

金と白の豪華なクローゼットにしまわれた服は、オルカと同じに戸惑っている気がした。



「しかし不思議なお召し物です。」



 力の抜けた、ギルトの不思議そうに服を見る横顔をじっと見つめ、オルカは『本当に帰ってきたんだなぁ』と沁々と実感した。


 親衛隊の白い制服を見事に着こなす姿は姿勢がよく凛々しく、キラキラと輝いて見えた。

柳のことも相当カッコイイと思っていたが、ギルトの美しさは本当に別次元に感じた。



(カッ……コイイ~~。)



パチ!



「…!」


「!」



 じっと見つめていると目が合ってしまった。

オルカはパッと目を逸らしたが、ギルトは真顔でじっとオルカを見つめ続けた。



(…なんとお美しい。

グレーと白の中間のサラサラの髪。

深紅の瞳のなんと奥ゆかしい事か。)



 互いに萌えている。


 ずっと萌えていたいギルトだったが、意を決しオルカの前に片膝を突いた。

それを合図にするかのようにオルカもパッとギルトと目を合わせた。



「…オルカ様。」


「…っ、……ギルト。」



 互いに感無量のまま見つめ合うと、ギルトは首にかけたチェーンを引き出し、チャームを見せた。

オルカはあの日割った法石の欠片にキュッと口を結んだ。



「先ずはお礼を言わせて下さい。

一度ならず二度までも私の命を救って頂き、ありがとう御座いました。」


「ちゃんと届いて良かったです。」


「…オルカ様、本当に、本当に…。」


「うん。」


「御無事で…!」


「…うん。」



 ギルトが咽び泣き、オルカもボロッと涙を落とした。

必死に顔を押さえ涙を押さえ込もうとするギルトをゆっくりと腕に抱くと、ギルトは目を大きく開けた。



「…いつも僕を想ってくれてありがとう。」


「っ、そんな!、私は当然の事を」


「僕もいつも想っていたよ。」


「!」


「…会いたかった。…貴方と話したかった。」


「…はい。全て、お話し致します。」



 ギルトは立ち上がりオルカを椅子に座らせると、床に片膝を突き頭を垂れた。



「先ず最初に。三年前のあの日にもお伝えした通り、私は私の罪をしかと認めております。

全てを聞いた貴方が私に死刑を望むのならば、甘んじて受け入れる所存です。」


「……はい。」


「あの日、私は陛下に付き添い… 」




あの日、私は陛下に付き添い散歩をした。

私達親衛隊の両親は皆、国の外周の見回りに出ていて夜に戻る予定だった。


オルカ様が産まれ、もう明日で三ヶ月。

陛下の体調も落ち着かれ、オルカ様はスクスクとお育ちに。



『キャッ…キャ!』


『ふふ!、オルカは貴方の事がとても好きなのよ?

ほら抱いてあげて?』


『どうぞいらっしゃいませオルカ様。

…不思議ですね陛下。オルカ様は初の男児というだけでなく、王位を継承していないのに既にこの髪と瞳。…通常ならば産まれた時は黒髪黒目という、至ってノーマルな色だと伺いましたが。』


『ええそうよ?、私もそうだったわ。

…この子はきっと特別なのね…?』


『…特別な男の子。……光栄です。

そんなオルカ様に仕える事が出来るなんて。』


『ありがとうギルト。』



小さい命はひたすら可愛く、愛しく。

私は尚更鍛練に励む事を誓った。

王家は女系。その中に男児として生を受けたのだ。

何かと戸惑う事も多いのではと思い、同じ男としていつだって相談に乗れるよう、己を常に鍛えていこうと思ったのだ。


その日の陛下は少しボーッとされていたが、私は疲れているのだろうと考えていた。

王家の者は皆、次女や私達の力を借りれどもしっかりと育児をこなすのが習わし。

母となりまだ三ヶ月。陛下だってお疲れであろう事は難なく想像出来た。



『お疲れ様ジル?』


『陛下。…何故このような場所に。』



陛下は散歩が好きで、王宮だけでなく執行議会や私達の鍛練場にもよく顔を出していた。


私達としては、汗を流し時には血さえ流れる鍛練場に陛下が来るのは正直有り難くはなかったが、朗らかな陛下が自分を労ってくれるとやはり嬉しかった。

この時の彼女も、汗を拭いながら苦笑いしつつ、やはり嬉しそうに笑っていた。



『これからどちらへ?』


『うーん少し疲れたし、理の間の行こうかしら。』


『そうですか。

ギル、陛下にお飲み物を。』


『勿論です姉さん。』



陛下は理の間が好きだった。

あの光を奉る石段に座っていると落ち着くんだとか。

確かに私も理の間が好きだ。

とても不思議な…音が無いのに音がくぐもっているような…響いているような。

ボーッと思案を巡らせるに、あそこ以上にいい場所は無いだろう。



『では飲み物をお持ち致します。…オルカ様を。』


『うっ!!、ウッギャーー!!』


『こらこらオルカ。ギルトを困らせては駄目よ。おいで?』


『ふふっ!、ほらオルカ様?

すぐに戻って参りますよ?、約束です。』


『うっ!!、うーーーーっ!!!』



オルカ様は私から離れる時、いつも泣いてくれた。

陛下はいつも呆れ笑いオルカ様をあやすが、私からすれば最高に嬉しいことだった。



『陛下、飲み物をお持ち致しました。』


『………』



不思議なのは、陛下は時折とても複雑な顔をしてコアを見上げている事だった。

私には大きな宙に浮く光の塊にしか見えないが、陛下には別の物に見えていると言うし。

…本当にここは、不思議しか存在しない。



『……ねぇ、ギルト。』


『はい陛下。』



…今でも分からない。

何故突然陛下が、真実を口にする気になったのか。

その真意は決して分かる事は無い。


…何故なら私が、対話をしなかったからだ。



『この世界は…もうじき終わるの。』


『……は。 …ふふ!、突然どうされたので』


『本当よギルト。』


『…お戯れを。

コアと繋がる陛下がそのような事を口になさっては、皆が不安がります。』


『本当なの。』


『………な、…にを。』


『全ては幻なの。』


『…陛下?、…お戯れが過ぎます。恐いですよ?』


『私達は幻となるべく生まれた充電器。』


『…じゅ…?』


『この子が産まれた事で、もうカウントダウンは始まった。』


『………陛下…?』


『この子は完璧となるべく産まれた存在。

私達とは違って全ての力を惜しみ無く奮える。』


『……………』


『そしていつか、世界を壊す。』



私は訳が分からず、ただ鳥肌を立たせた。

陛下はこんな冗談を軽々しく口になさるお方ではないのだから。

それに冗談にしては悪質すぎる。


私は陛下のお体の加減が悪くなったのかと思い、部屋で休むか訊いた。

だが陛下は私の腕を掴み、言うのだ。

『本当なのよ』と。



『ごめんなさいギルト。

…いえ、貴方達…皆。…国民の皆。

みんなみんな、…ごめんなさい。』


『何…何を仰られているのか分かりません。

…トラブルなのですか?

だとしたなら遠慮なく仰って下さい。私が解決して』


『全ては初めから決められていたの。

私達の命も、国も、…何もかもが終わるのは。』


『…………』


『私達のカファロベアロは幻の世界。

人も、石も、全ては作り物。

初めから壊れるために生まれてきた。』


『…………』


『全てはここを…、本当の世界に戻すため。』


『…………』


『…その時。私達の全ては無に帰す。』



何を言っているのかという恐怖の隙間から、ふつふつと怒りが込み上げた。

彼女は『幻』と、私達を…この世界を中傷し。

あまつ『壊れるために生まれた』だの…。


こんなのはいくらなんでも言い過ぎだ。

私は彼女をしかと窘めるべく、口を開いた。

王家の方々を正しき道へと誘うのも等しく我々の仕事なのだから。



『いい加減になさって下さい陛下!』


『…ギルト。』


『先程から一体何なのです!

貴女様の言い分はまるで、国民が、我々が繋いできたこの約2500年がまるで無駄だったかのようだ!

そんな事を戯れで口になさるのは如何なものかと!

物語を執筆されるのでしたら止めは致しませんが、どうか紙の中に収めて下さいませ!』



すると彼女は私の手にそっと触れた。


その瞬間、私の脳裏に映像が流れ込んできた。

見たこともない世界が、生物が、一瞬で光に飲まれ、石化する映像だった。

恐ろしい光景だった。

霧がかる世界で、何人もの人が…よく分からない生き物が…固まっているのだから。


私は吐き気を催し、勢いよく陛下の腕を振り払ってしまった。



『い…今の…は!?』


『それが、本当の世界の終わりであり…』


『なに…何が!!

何もかもが…黒く…灰に…石に!!』


『カファロベアロの誕生。』



『本当の世界の終わりであり、カファロベアロの誕生…?』



私は震えた。『まさか』と。

『まさか陛下が仰られている事は全て真実なのか』と。

こんなに恐ろしいことは無い。

だが震えながら陛下と目を合わせた時、私は直感した。

真っ直ぐに私を見つめてくる…諭すような瞳は…

嘘を吐いている目ではなかった。



『……何故、…ですが、何故!

何故元の…世界に…なんて!

そんな…時を巡るような事など出来る筈が!!』


『本当の世界の科学者達は、生き残った者と共に原因解明に挑みました。』


『…!』


『そして唯一の道を見付けたのです。

…私達ダイア家を媒体に、…諸悪の根元を討ち滅ぼす方法を。』


『…それは、…何なのですか。』



陛下は悲しそうに私と目を合わせた。


その瞬間、私は気が付いた。

陛下の言葉を列べれば…嫌でもそれしか答えが浮かばなかった。



『…まさか、…このカファロベアロの…

全ての命を……媒体に…?』


『……』


『そんな!!、そんな…何故!?』


『…その為に作られた国なのです。』


『何を…!!、お考え直し下さい陛下!!

数ある命を…その生活を!営みを!!、一体何だと思っておられるのですか…!!』


『……ごめんね。ギルト。』


『ツ…!!』


『…ごめんなさい。』



…恐怖の震えはいつの間にか、怒りの震えに。


国民の命、…いや、そんなものじゃない。

この国の先人達全てに対する愚弄だ。


…過去の為に、過去に戻す為に死ね。…と、国民に強制する国王が何処に居る。



『陛下はそれで…良いのですか!!

皆に…これまでの全て!…全てに!!『お前達の人生は無駄だった』と…告げろとでもッ!!?』


『無駄ではないわギルト。…そんな筈ない。

全てはエネルギーとしてコアに還元される。

…無駄なんかではないわ…?』


『そんな都合のいい解釈…受け入れられるか!!』


『…ギルト。』


『そんな過ぎ去った世界などに…、何故私達が存在しない世界に!、命を賭して尽くせなどと…!!』


『お願い、分かって。…私も辛いの。』


『どうしてそんな事が言えるんだ…ッ!!!』


『…ギル…』


『どうして!!~~ッ…どうしてッ!!!』


『…諦めて。』


『…!!』



 小さく呟かれたその言葉に、私の中の何かがプツンと切れた。



『……な…ぜ、…何故…どうして!!

どうしてそんな事が言えるのですかッ!!!』


『仕方のないことなの。…ギル。』


『どうして!!なんで!!…っ、どうしてッ!!』



シュン…  ドッ!! …ゴロゴロ!



…気が付けば私は、サーベルを振っていた。


陛下の血を全身でかぶったオルカ様が泣き出し、私はハッとした。

陛下の言葉を思い出してしまったのだ。

『この子が産まれた事で…』

『いつかこの子は、世界を壊す。』


私は陛下の血の臭いの中、恐怖と嘆きに飲まれてしまった。



『貴様さえ産まれて来なければ…!!』





「…そして大崩壊が始まったのです。

地震に足を取られた私の隙を掻い潜り、ジルが貴方様を抱き、私から逃がしました。」


「……」


「その後私は正気に戻り、大崩壊をどうにか静めねばと奔走致しましたが、…事態は悪化の一途を。

…私達の親も全員帰ってはきませんでした。

…ゲイル兄さんと、その家族も。」


「……」


「…ですが突然、地震が止みました。

洪水も治まり、希望の光が見えました。

…なぜなのかと私は理の間へ赴きました。

…あの日以来でした。」



すると、悍ましい光景が。

陛下の法石が、心臓に刺さっていたのだ。


その心臓は激しく脈打ち、血を吹き出していた。

だが何故か血は広がらず、静かに床に吸い込まれていた。

理の間の下に位置する陛下のお部屋を確認したが、天井にはシミ一つ無かった。



「…どうしてああなったのか。今でも私には分かりません。

…ですが結局、私は大崩壊に歯が立たず。

陛下が世界を繋いで下さったのです。

…それなのに私は、『オルカ様が王位に就かなければ困るからだろう』…と、……陛下を罵倒した。」


「……」


「皆は私が大崩壊を食い止めたのだと勘違いし、すがるように私を祭り上げた。

…皮肉すぎて。……私が引き起こしたのに、私が居なければもう国は回らなくなってしまった。

イルもジルもゲイル兄さんも、居ないのだから。

もう国民が頼れるのは…私だけなのだから。」


「……」


「だから私は、せめて…と。

せめて身を粉にして働き、オルカ様を見付け、王位を継承して頂き、大崩壊がもう二度と起きぬように努める事が…、せめてもの罪滅ぼしだと。

……凶作で国民全体が危機に陥るくらいなら…と、成人年齢を下げ、……口減らしをした。」


「……」


「そうでなければ…誰も、生き残れなかった。

…犯罪者を牢に入れる余裕さえ…無かった。」



 ギルトは深く項垂れ、大きく息を吐いた。

 己の罪を告白し軽くなった胸で、彼は顔を上げた。

その顔は悲しみと苦悶に充ちていた。


 ギルトは胸に添えていた手で襟をグイッと引っ張り、首を晒した。



「オルカ様。この首をお跳ね下さい。」


「……」


「この命は汚れきっている。

…全ては言い訳です。全ては私の咎なのです。」


「……」


「貴方様に尽くすと決めたこの命。

貴方様に断たれるのなら、本望です。」



 二人を静寂が包んだ。

ギルトは自分のサーベルをオルカに差し出したまま、じっと目を閉じ続けた。



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