第109話 家族
人が忙しく行き交う役所に入ると、『あ、制服だ』という顔で人々はヤマトを見た。
こんな目線にも慣れたもので、ヤマトは目が合った人全ての人にニコッと微笑み、三階を目指した。
三階まで行くと一般人の姿は無くなり、スタッフとたまにすれ違う程度になった。
誰もがヤマトに軽く会釈し通りすぎ、ヤマトも軽く会釈を返し廊下を進んだ。
大きな扉の前に立つとヤマトは臆せずノックした。
扉の上には『統治者執務室』とプレートが出ていた。
ココン…コン!
「もうヤダヤマト!!
バカバカバカ…ばかあああっ!!!」
統治者執務室の中ではモエが嘆いていた。
ツバメはよしよしとモエの背を撫で慰め、海堂は大きなマイデスクでくるりと椅子を回し、呆れたように鼻でため息を溢した。
「そんな不誠実な男に泣く位なら他の誠実な男を探した方が得策では?」
「海堂さん💧」
「まだ若いしモエは可愛いんだから選びたい放題でしょう。
…何故ヤマト単品に固執するのか。
こっちが聞きたい位です。」
「海堂さん!」
「?、なんです。」
海堂のアドバイスは的確ではあるのだが、今モエが欲しいものではないだろう。
ツバメは余計に嘆き出したモエの背をまたサスサスと優しく撫で、『ほら?』とお菓子を出した。
「男っていうのはね?、ちょっと、こう…調子に乗っちゃう。…というか、こう…イキッてしまう時がね?、あるんですよ。若いと。」
「うっ!うっ!、…ツバメちゃんもそうだったの?」
「私!?、…私~は~…」
「イキもイキッてましたよ。」
「やめて海堂さん!!
…あのねモエ。ヤマトは出世街道爆進中で…、イキッてるだけですから。」
「さっきと同じ事言ってるだけだよお前。」
「黙ってて頂けますか海堂さん!
今一生懸命慰めてるんですから💢!?」
「あのねモエ。ハッキリ言ってああいう男は破滅します。
…ったく。優秀で根が優しい分タチが悪くてしゃーないよ。」
「破滅なんてヤダアアアアア!!!」
「ほらもうっ💢!?、ほんと、黙ってて!!」
…酷い有り様だ。
ココン…コン!
その時ノックが鳴り、海堂はまた鼻でため息を溢し、モエに促した。
「噂のヤマトのご登場ですよ?」
「えっ!?」
「…顔も見たくないならそこの扉から裏口に」
「海堂さん言い方💢!!」
ツバメは慌ててモエの腕を引き奥のドアへ。
海堂は『どうぞ?』と正面の大きなドアに声をかけ、書類に目を落とした。
ガチャン
「久しぶりパパ~。」
「…あのねヤマト。その『パパ』ってのヤメロってもう何度となく言ってきましたよね私は。」
「だってパパはパパっしょ?」
海堂の苦言など意に介さずヤマトは着席した。
海堂のデスクの前にある、大きな接待用のテーブルに。
ヤマトはすぐに煙草に火をつけ、海堂はペンを置き、頬杖を突き真顔でヤマトに問いかけた。
「で、何の用?」
「開口一番それ?
愛しのパパの顔を見に来るのに理由なんか無いって。」
「……」
「フゥー。…そっちこそ、俺に話があるんじゃないの?」
ヤマトが眉を上げ、海堂は背凭れに深く腰掛け腕を組んだ。
「……もう三年ですよ。」
「あー。…そだね?」
「一体いつまで私に裏切りを強要する気です。」
「…言い方。」
ヤマトの苦笑に海堂は片眉を上げ、またため息を溢した。
ヤマトはこの話題が来ると分かっていた顔をしていたが、それにしては歯切れの悪い対応だった。
「第二期大崩壊後、一ヶ月も消息不明だったと思ったら、突然私の前に現れて。」
「…養子にしてくれって頼んで?」
「理由を聞けば、『制服になりたいから』。
…まあ、ね。…孤児院出身でも制服には上がれますが、確かに道程は長い。
統治者である私の養子になった方が、何年もショートカット出来る。」
「ちゃーんと制服になりましたよって?」
ヤマトは自身が纏う白い制服をピシピシと引き、笑って見せた。
だが海堂の顔は厳しかった。
「それはいいんですよ。
私の養子になろうが確実に制服に上がれる訳ではない。
その制服を身に纏っているのなら、それは間違いなく君が血の滲むような努力をしたからです。
しかも君は特別な白の制服を獲得した。
『政府の制服』を。
…その点で私は本当に君を尊敬しています。」
『ですが』と強められた語尾にヤマトはフイッと顔を逸らした。
だが海堂の声は『逃がさない』と無言で訴えていた。
「何故ジルに無事を報せてやらないのです。」
「……」
「君がボロボロの身形で私の前に現れた時、何故一番に『アネさんに俺の事は黙ってて』と。」
「……」
「彼女がどれ程君を案じているか。
…私は月に一度は長官とジルに会うのです。
その度に胸が痛んで仕方がない。
…彼女の中では、君は消息を断ったままなんですよ?、それなのに『死んだ』とは思わないのです。
『生きている』と信じ続けてる。」
「……」
「……何とか言いなさい!!」
海堂の怒声にヤマトは微かに肩を上げた。
だが、何も答えなかった。
ただ微かにうつ向き、吸わずに終わってしまった煙草を消した。
「彼女の状態を…知っていますか!!
大二期大崩壊後、彼女は以前と同じように王宮に戻った。
その後公務で地域に出る度に、君を探して!」
「……」
「何処に行っても探して。外に出る度に探して。
…やがて、いくら探しても君が見付からない事が、何処に行っても君の姿を探してしまう事が…けれど見付からない事が辛すぎて!、彼女は今!、王都は疎か王宮の外にさえ出られなくなっているんですよ!?」
「……」
「人が居たら君かもと期待をしてしまうから!
けれどその度に裏切られ。…裏切られ続け。
…彼女の心は限界に達してしまったんだ。」
「……」
「そんっ…なにお世話になった彼女を苦しめたいんですかお前は!!
…私もね、最初こそ君の身になってあげるべきだと、その胸中が落ち着くのを、整理が終わるのを待ってあげるべきだと思いましたよ。
…ですがもう限界です。
会う度に弱々しくなっていくジルを…もう見ていられません。」
チラ…とヤマトが目を向けてきた。
だが海堂はハッキリと突き付けた。
「来月の顔合わせに、君の存在を伝えます。」
「…パパ、あのさ」
「言い訳は不要。
…私に告げられるのが嫌なら、自分で会いに行きなさい。」
「……」
「…それとも、そこまでして顔を会わせられない理由とやらを。」
「……」
「私に話してくれるのですか?」
ヤマトは押し黙ったままだった。
海堂は何度もこの話題をヤマトに投げ掛けてきた。だがその度にヤマトはこうして黙ってしまった。
『余程の事情があるんだろう』と今でも察してはいるのだが、やはりジルを見ていられないのも事実で…。
せめて理由を話してくれるのならば、海堂だってちゃんと考えるつもりだ。
だがヤマトはまた押し黙ったまま、また今日も話してはくれなそうだ。
だったらもう、海堂の許容の範囲を超えている。
彼は『来月に告げるは確定かな』と、微かに息を吐いた。
「……なぁ、覚えてる?」
「!」
こうなったら何一つ喋らないヤマトが口を開き、海堂は微かに目を大きくした。
『理由を話してくれるのか?』と思ったが、ヤマトはボーッと宙を見つめながら呟くように言葉を溢した。
「マスターが、俺達に、…教えてくれた日。」
「…オルカ王が消失された日、ですね?
アングラに君達が避難してきた…あの日。」
「…『血を分け与えるのは家族にだけ』。」
「…? …名字持ちの血の不思議…ですか?
同じ名字持ちの血を飲むと長寿になるだの。」
「……」
「…?」
「あれさ、…王族には無い効果なんだよ。」
「…ん?」
脈絡の無い…よく分からない言葉に海堂は眉を寄せた。
それにヤマトの様子がおかしく感じ、海堂は慎重にヤマトの真意を探りながら聞いた。
「ダイア家の血には、長寿にする効果が…無い?」
「血を飲んで長寿になんのは、名字持ちが名字持ちの血を飲んだ場合のみ。
王族の血の効果は、長寿じゃなくて『回復』。
…病気が治ったりする。
でもそれすら完璧に言い当ててない。」
「…そう…なんですか。」
「王族の血はつまり、コアの血。」
「………」
「コアはこの世界の全て。
…それを飲んで『治る』と感じたとしても、その実はそんな可愛いもんじゃない。
血が病気の元を叩いてくれるんじゃない。
…体そのものが、作り変えられてるんだ。」
「…は…?」
思わず眉を寄せた海堂。
ヤマトはまたボーッと宙を見つめると、ダルそうに立ち上がった。
「…自分で会いに行くよ。」
「!」
「…今までごめん。」
「…待ちなさいヤマト。…何か…変ですよ?」
自分を案じる海堂に、ヤマトはにっこりと笑った。
「さっきのは只の俺の憶測。」
「…憶測…て。」
「俺、数日後に王宮に上がるんだ。」
「! …凄いじゃないですか。
18才で王宮付きなんて、快挙でしょう。」
「…らしいね。
だから、…会えるようになるから。」
「……」
「…自分で、…言うから。」
王宮に入れる政府の人間は多くない。
王宮を家とする親衛隊の隊長であり政府長官のギルトと余程の信頼を築き、更には優秀でなければ決して開かれない門だ。
海堂は『本当に凄いな』と呆けつつも、『この時を彼は待っていたのかな?』と思った。
立派に自立し政府の白い制服を身に纏った姿を、ジルに見せたかったのかと。
(…しかし、それにしては浮かない顔な気が。)
「……それじゃ。」
「あ、待ちなさいヤマト。」
「…なに。」
海堂はデスクを離れヤマトの前に立ち、彼の手を取り袋を渡した。
ヤマトはやっと現実に返ってきたかのように、瞬きをした。
「どうせ当日呼んだって来やしないんでしょ?」
「…え?」
「少し早いけど、誕生日おめでとう。」
「!」
ヤマトはハッと目を大きくし、『忘れてた』と呟き海堂に笑われた。
まだ忘れる年齢じゃないでしょう?と。
「まったく。忙しいのは結構だけどね?
ちゃんともっと自分を大切になさい?」
「…してるよ。 …あ、プレゼントありがと。」
「いいんだよ?」
ヤマトは袋を覗き、しっかりと包装された箱に微かに照れ笑いを浮かべた。
海堂は『しかし背が伸びましたね?』と、手を上下させた。
「まさかあの時の……。
…正直、馬鹿ではないけれど賢くもない君が制服の出世コースに乗るなんてねっ?」
「言い方(笑)」
「…大きくなったね。」
「…パパのお陰だよ。」
「よく言うよ!」
「マジだって。…ほんと、ちゃんと感謝してる。
…この短時間で俺がここまで来れたのは、パパが大学でも教わらないようなことを色々と教えてくれたからだよ。」
「…!」
「…これだけは本当。…ありがと。
大学にも通わせてくれたし、…服の仕立てとかも。
形だけの養子で構わなかったのに、まるで本当の子供みたいに世話焼いてくれて…。
色んな形で…、お金も含めて支援してくれて。
…こうやって、誕生日覚えててくれて。
ほんと、……ありがと。」
ヤマトは海堂の目を見ながらしっかりと話し、そして最後には申し訳なさそうに目を伏せた。
海堂は少し目を大きくしながらも、微笑みヤマトの言葉を噛み締めた。
「……だから、…ほんと、…ごめん。
パパに嘘を強要したかった…訳ではなくて。」
「分かってるよ。」
「…ごめん。」
海堂は鼻で軽く息を吐くと、自分よりゆうに大きいヤマトの背をバシンと叩いた。
「僕こそ、キツイ言い方してごめんね?
…でもねヤマト。いつかはね?ちゃんと対面しなきゃいけないから。」
「…うん。」
「…本当に会えないなら、それでもいいから。」
「!」
「ただ僕は、それでもジルに真実を告げるよ?
…けれどね、会う会わないはやっぱり…、君の心次第でいいと思う。
…無理強いする言い方をしたのは、君がただ逃げ続けているだけなのかを…知りたかっただけ。」
ヤマトが口角を上げ頷き、海堂も頷いた。
これは、この二人の仲直りだった。
「ほら!、いつまでも油売ってないで!」
「はは!、…だね?」
ドアを開けたヤマトに、『ああそうだ!』と海堂は思い出したように声をかけた。
ヤマトはドアノブに手をかけたまま首を傾げた。
「誕生日帰って来ないなら、モエにちゃんとそう言っときな?」
「……」
「あの子、毎年残念がってるんだよ?」
「!」
「知らなかったでしょ。
モエ、毎年君の為にケーキを焼いて。
…そして毎年、泣きながら食べてるの。
口止めされててね? …ったく。どいつもこいつも口止めが好きで嫌んなるよ。」
「言い方…(笑)」
ヤマトは少し考え、『分かった。』…とドアノブを離し執務室を横断し奥のドアを開けた。
ガチャン…
「うっキャアッ!?」
そこにはまだ帰っていなかったモエと、彼女を宥め続けていたツバメが。
ヤマトは涙を拭うモエをじっと見つめると、小さくポソッと呟いた。
「……誕生日、帰るから。」
「…!!」
「……だから、……」
「なっ…なんのケーキ食べたい!?」
モエがつぶらな目を大きく輝かせ自分の服を掴んできて、ヤマトは口を微かに開けながら口角を上げた。
「……ラミントン。」
「うっうん!」
「…間はカスタードがいい。」
「うんうんっ!!」
ツバメは『良かったねモエ?』とクスクス笑っていたのだが…
「ココナッツは控えめがいい。」
「うん!」
「…ナッツ混ぜてほしい。」
「うんうん!」
「…カスタードはたっぷり。」
「うんっ!」
注文が多すぎて、すぐに苦笑いしてしまった。
海堂は後ろで会話を聞きながらクッスクスと笑い続けた。
(まったく。なんだかんだ兄妹になれたのかもね?)
モエとヤマト、そして海堂は、家族だった。
大二期大崩壊後、モエとヤマトは別々の理由で海堂の養子となっていたのだ。
お互いに慣れない生活に最初こそ戸惑いが見えたが、半年も経つ頃にはしっかり順応した。
だが家族のバランスは、しっかりと彼らが家族となり一年後、崩れた。
それは海堂からすれば明らかすぎる変化で…。
だがヤマトはそれを受け入れていなく見えた。
モエがヤマトに恋をしたのだ。
そしてこの二年、ヤマトはほぼ家に帰らなくなった。
(…嫌って感じではないんだけどな。
そういう目では見られないのか。……)
「他に食べたい物あるっ!?」
「……シチュー。」
「お肉たっぷりのシチューね!他には!?」
「……スコーン。」
「チョコ?、メープルシロップ?」
「両方。」
「うんっ!」
海堂から見て、ヤマトは真の女好きではなかった。
出世街道を爆進する故のイキりとやらも、実は感じていない。
ヤマトは近所でも評判の制服で、それは海堂からすれば当然の評価だった。
人当たりがよく優しく真面目な性格が見事に活かされた今の仕事は、天職とまで感じさせる程で。
困った人を見かけたら必ず自分から声をかけ、そうでなくとも人を大切にしているのが見れば分かった。
だが何故かヤマトは女性関係が派手になってしまった。
顔も良くスタイルも良く、将来超有望株なのでモテるのは納得なのだが、特定の相手を作らず一夜を共にしてばかりなのだ。
そんな行動を彼がするようになったのは、モエがヤマトに恋心を抱き始めた頃と一致していた。
「……ふう。」
鼻でため息をついた海堂の前で、ヤマトはモエに促されるまま料理のリクエストをし続けた。
モエはそんなに作れるの?と疑問を抱くレベルの数を全てメモし、嬉しそうに笑った。
「じゃあ明後日、待ってるねっ?」
ヤマトは微かに微笑み、モエの頭にポンと手を乗せた。
「おう。」
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