第122話 本気を窺わせる落下物

 次の日、ヤマトの王宮付き初日の朝。



「うーん!、二日目のシチューの奥深きこと。」


「…なんでパパって何でも演技がかってるの?」


「今さらじゃんヤマトっ?

…パンおかわりいる?」


「大丈夫。…シチューもう一杯。あとケーキ。」


「はいはいっ💓」



 ヤマトは家族仲良く朝食を摂った。

 昨夜、オルカとはあれっきりだ。

 海堂はヤマトが一人で帰り、そのまま塞ぎ込みがちに風呂に入り寝たのを知っていた。

18才。いくら立派に働いていようが王様だろうが、心と体はまだまだ成長段階だ。

故にただ静かに見守ることにした。



「じゃあ、……行ってきます。」


「はい行ってらっしゃい?」


「頑張ってねヤマト~!」



 だが、王宮付きという政府の中枢も中枢の役職の初日にしては表情が暗く、憂鬱そうなのが気になった。



(……喧嘩でもした?

あのオルカ君と喧嘩って、……

逆にどうやればそこまで怒らせる事が出来るのか。)





ガチャン。 カツン… カツン…



 憂鬱な気持ちのまま外に出たヤマト。

 昨日は正直、散々だった。

ジルへの気持ちは何一つ解決していないし、その上オルカとまで本気で衝突してしまった。

だが二人とも王宮の人間だ。

これから何度となく顔を会わせるだろう。


 自分が悪かったのは分かっていた。

だがどうしてもギルトの事となると、自分でもセーブが効かないのだ。



「……はぁ。」



 憂鬱にため息を溢した、…その時だった。



ドオオンッ!!! ブワッ!!!



 目の前に大きな何かが落ちてきて轟音を轟かせた。

それが落ちた風がヤマトの髪を、ジャケットを激しく靡かせた。



「おはようヤマト。」


「…………」



 上から声がして、完全に放心したまま顔を上げると…、オルカが空に立っていた。

『は』…という声も出てこない程驚愕するヤマトを、半ば血走った目で見下ろすオルカ。


 とんでもない轟音に海堂とモエは慌てて外に飛び出した。他のご近所様もだ。

そして彼らは、ゆっくりとヤマトの前に空から舞い降りたオルカを目撃した。



…ストン。



 昨夜乗ってきた石林の一部の、今さっきヤマトの目の前に落とした石林の上に舞い降りたオルカは真顔というよりも、キレ顔だった。

目は半ば血走り、頬も眉も勝手にピクピクと引きつっていた。


 彼は完全に放心するヤマトと目を合わせると、まだ頬をヒクつかせながら口を開いた。



「昨日の事なんだけど。」


「…………」


「色々考えたんだけど。…納得いかない。

どうにか、どうしても、どんな形でもいいから納得しようと試みたんだけどどうしても出来ないんだよね。…フ! …なんだろ。そしたらなんだか眠る気も失せてきて。というか眠ってる場合じゃないよね単純に普通に。…フッ。

もう言いたい事とか言ってほしい事とか降り積もりすぎて憤りすぎてよく分かんなくなっちゃったんだけどさ。」


「…………」


「どうしても訂正してほしくて。

…フフ! 普通にさ、兄弟にさ、そういうのを半ば強制するってどういうこと?ねえ?あり得なくない?

そもそもそんな申し出に応えると思っていたならそこから凄く苛つくし不愉快だよ。

僕は言ったよね。僕は彼と話したいんだ。

それに付き合えなんて僕は言わないよ。

これは彼と僕の問題だもの。

その理屈で言うなら俺だってあいつを好きにする。…と思うよね?、うん僕も思った。

僕がしたいようにするならヤマトだってそうする権利がある筈だ。…そう。その筈なんだ。

でもどうしたって納得いかないんだよね。

その理由をまず考えなくちゃいけなくて。 フッ!

でも分かったんだよこの…君の意見を、主張を、要望を、どうしても受け入れられない理由。

それは フッ。 それは君の要望に愛が無いからだ。」


「…………」


「君の要望は君の本意でなければ真意でもなく、過去に捕らわれたトラウマの権化だからだ。

だから不愉快で仕方がないんだよ。

…君さ、僕に『俺は話した。寄り添わなかったのはお前だろ』って吐き捨ててくれたけどさ、ハア(笑)?あれで話したとか、子供の会話じゃないんだからさ(笑)!、勘弁してよね(笑)!?

そもそも君の本音でもないものにどうやって寄り添えって言うのさ(笑)!

そんなのに寄り添われたって心の奥底では自己嫌悪するだけの癖に…どの口が言ってんの(笑)!?」


「…………」


「その顔がいい証拠じゃないの!?

くっら~くブスくれちゃってさ。

…僕の生家にそんな顔で行くつもりだったわけ?

てか僕より多く僕の生家に行くとかイミフだし!

なーんで僕が帰ってもないのに既に君の職場なわけ!?  …まあそれは関係ないか。

それにしたって今の君は正常じゃないよ。

……フ!、まあそれは僕もか。」



 だいぶキている。…本当に。

時折フッと小さく笑い、(笑)を連発する程、オルカはブチギレていた。


冒頭で話していた通り、昨夜のヤマトの言葉と一晩中向き合い続けた結果、言いたい事が降り積もりすぎてブチギレ状態に陥ってしまったのだ。


 海堂は最初こそ笑ってしまっていたのだが、途中から『んん…?』と眉を寄せた。

オルカは必死にオブラートに包んで見えるが、『二人の喧嘩の中心に誰かの気配がある』のだ。



(…『彼』とは、…まさかギルトか?)


「それでさヤマト。一番言いたいことを伝えるからちゃんと聞いてね。」


「………」


「君が自分と向き合わないなら。

強行するつもりなら。…僕が止める。」


「………」


「それだけは君の本音だったから、僕も本気で応える。

…言っておくけど、僕は本気だから。

僕を単身と侮らない方がいいよ。

今御覧に入れた通り、僕は全てを扱える。」


「………」


「……待ってるから。」


「…!」



 パチ…と二人の目が合った。

オルカは優しくも悔しそうに笑い、ヤマトの胸に拳を当てた。



「何度でも叩き潰す。…けど何度だって対話する。

…君は僕の掛け替えのない兄弟だから。

僕はいつだって、……本当の君の味方だ。」


「…………」


「…それだけ。」



 オルカは微笑み石林を浮かせ、その上に乗った。

そしてそのまま、大衆の面前で飛び去ってしまった。



「~~っ…」


「!」



…カタン!



 ザワザワと戸惑うギャラリーの中、『あーあ、やってくれたねぇ?』と苦笑いした海堂は、モエが口を塞ぎボロボロと泣くのを見た。

モエはすぐに踵を返し、家の中に入ってしまった。



「………」



…あーあ。…これは、本当に、………



 海堂は目を細め腕を組み、モエが消えたドアを見つめた。

そしてじっと空を見上げるヤマトの背を見つめた。



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