第133話 誰の血を

「…しっかし、15から18の三年てほんとデケーな?」



 気持ちのいい空気に、ロバートは沁々と頬杖を突きヤマトとオルカに笑いかけた。

ヤマトは『そんなもんでしょ』と淡々と返したが、イルは手を合わせ『本当よねえっ?』とパアッと笑った。



「すっかり大人っぽくなっちゃって!」


「…俺の三年なんて微塵も変わらんのに。」


「…五年分老けたって?」


「言ってねえよジル!」



 クスクス笑い肉を食べるギルトの隣で、ふとヤマトは気になり前のめりにイルと目を合わせた。



「シスターは彼氏いないの?」


「ひゃ!?」



 イルはオルカ以上の反応を返し、顔を真っ赤にしながら手をブンブン振った。



「いっいないわよ彼氏なんてっ!」


「…なんで?」


「なんで…って!?」


「だって超モテんじゃんシスター。」


「そっ!?」


「いつまでたっても若いし。…あ。

そういやそれぞれ誰の血飲んだんです?」


「…ん?」


「三人ともこの中の誰かの血飲んだから歳食わないんでしょ?

誰のを飲んだのかなって。」



『おいおい食い込んだ話題を』と思ったロバートだったが、名字持ちの者達は特にオーバーリアクションせず、先ずはイルがキャッキャと答えた。



「私のは事故みたいなものなのよっ?

あ、事故というより…、無知?」


「…なんだそれ。」


「あら言ってなかったかしらロバート?

子供の頃に、ギルトが指を切ってしまったの。」


「父の剣で遊んでいてな。」


(こいつにもそんなお茶目な頃があったのか!)


「私凄く焦っちゃって!、一人でワタワタして。

だってギルったら『平気』の一点張りなんだもの!」


「なにも切断したわけでもない。

…悪戯で指を切るなどしょっちゅうだったしな。」


(ハッキリ言いやがった。)


「もうギルったらまたそうやって!

…で、焦って焦って、そういえばお祖父様が『小さな傷なんて舐めときゃ治る!』って言っていたのを思い出してね?」


「ああ!、そゆこと。」


「ええそうよっ?」



 で、ギルトの傷を恐る恐るチューっとしたそうだ。

なんとも可愛らしい。


イルは照れ照れと頬に手を添え、『恥ずかしいわあっ!』とモジモジした。

…正直名字持ち以外にはこの照れがいまいち理解出来なかった。



「伴侶でもないのに血を飲んでしまうなんてっ!

今さらだけど恥ずかしいわあっ💦!」


((ああそういうことか。)) ←ヤマト&ロバート


「子供の頃の話だろうイル。

…まあ僕は、『あ!』と思ったがな?」


「…長官は御存知だったので?」


「当然だ。」



『で?』とヤマトが眉を上げ催促すると、ギルトは眉を寄せ腕を組み考え深げな顔をした。



「実は私には確かな自覚が無くてな。」


「え。…血飲むんですよ?

自覚無いとかあります?」


「……そりゃあたしだよ。」


「!」


「え?」



 ジルは満を持して口を開いた。

ニマニマと、それはそれはギルト的に嫌な事を言う顔で笑いながら。



「覚えてないとはな。…スマートなこって?」


「…すまないジル、一体いつ💧?」


「ちっ……さい頃。」


「小さいって、幾つくらい?」


「あんたが産まれてすぐだったよイル。

…私が六歳でギルが三歳だった。」



 彼女は散歩をしていたそうだ。

コランダム家、サファイア家、フローライト家、三家で遠出をした先での単独行動だったらしい。

 彼女は小さなギルトが付いてきてしまっていたことに気付き、急ぎ家族と合流しようとギルトを抱っこしたらしいのだが、まだ六歳。簡単ではなく、転んでしまったそうだ。



「そんで私が怪我してさ。

まあ泣く泣く。うるせーったらなくてさ。」


「お前なぁ💧」


「でもまあ、…しゃーないんだけどな。

転んだ先に尖った石あってかなり深く切ったから。

足首んとこザックリでさ。」


「まあ大変!」


「いたそ。」


「痛いけど私は泣かなかった♪!

けどこいつがウルサクて💢!?」


「勘弁してやってくれ姉さん。まだ三歳の私にその言い様はどうなんだ。」



 実はまだこの時の傷痕は残っていた。

それ程の怪我なのだ。そりゃ泣くだろう。

 彼女は歩けもしないしギルトは泣くはで困り、ギルトの気を逸らす事にしたそうだ。



「血は怖くないよ?、私達は結婚したら相手に血をあげるんだよ?…って諭して。」


「へえ!」


「ギルトの奴キョットンしてて可愛かったなあ。

人の怪我を大きな目で『これ飲むの?あり得ねえんだけど!?』って凝視してたけど。」


「フッ!!」


「当たり前だろう姉さん💧」


「そんでフザケて『飲む?』って掌に血を溜めて見せたらさ」


「大出血じゃないのっ!!」


「…食欲消えたぁ💧」


「ハハハ!、そしたらこいつ『どんな味?』って。

だから『ジュースといっしょ!』って言ったら綺麗に騙されて(笑)!」


「「サイテー。」」 ヤマト&ロバート


「本当に飲みやがってさブワハハハハ!!」


「山賊みてえだぞお前。」




『ジュースといっしょだよ。…飲む(笑)?』


『……』


『?』


『…けっこんするからのむ。』


『なにそれっ!』




 この小さな会話をジルは覚えていたが、流石に控えた。

 血を飲んだギルトの反応は『うえ』だったらしい。

ジルは思い出して可笑しくて仕方ないのかゲラゲラと笑いだし、ギルトは大きく溜め息を溢した。



「こいつマジで飲みやがったって!ヤベー!!って笑いが止まんなくなってさ!!」


「…プロポーズする相手間違えました(笑)?」


「いいや。…残念なことにな(笑)?」


「そしたらさ!、親が慌てて駆けてきてさ!

私の足はズッパリだわギルトは口が血まみれだわでギャー!?なって…!!

……後でしこたま怒られた。」


「どうせ笑ってたんだろお前。」



 親御さん、ご苦労様でした。


 ジルは一通り笑うと、『因みに?』と指をピンと立てた。



「私は茂なっ?」


「…ああ。そりゃそうか。」


「…でも多分、その前に誰かのを飲んでる。」


「ん?、どういう意味だ?」


「あのなロバート、私達は確かに血を飲むと長寿になる。体の時がベストの年齢で止まるからだ。

だがその年齢を過ぎて血を飲んだからといって、若返ることはない。

私は茂に血を貰う前には年齢が止まってた。

だからその前に誰かのを飲んでいたってことさ?」


「ああ成る程なあ。結局は謎ってわけか。

…しかしつくづく変な奴らだよ。」


「なんだとお前💢!?」



 ポカーンと叩かれたロバート。

だが特に気にせず酒を飲み、『ん?』と首を傾げた。



「…茂って飲んでたのか??」


「不明。」


「…でもアネさん。マスターは年相応…って程でもなくなかった?…やっぱ少し若くない?」


「…確かに。」


「シンプルに姉さんの血だろう?」


「!」



 ギルトの言葉にパッと目を向けた一行。

ギルトはクイッとワインを飲み、『なんだ?』と首を傾げた。



「…なんだこの空気は。」


「…あ、…いや。」


「断っておくがな皆。私は兄さんと姉さんが事実上の夫婦関係にあったことについて特に何も」


「いや、ハッキリ言うな…って。」


「?」



 どんな事実でもハッキリと発言出来るのは、その事実にちゃんと向き合い乗り越えてきた証拠だ。


 ヤマトは『またか』と静かに苦笑した。



(クソカッコイイ奴だよ。)


「…うふふ。」


「お。」


「お二人はいつからそういったご関係だったんですかぁ~?」


「起きてたんかオルカ。」


「はいロバートさん全部ちゃんと聞いてましたよぉ~?」



 ちゃんと起きていたようだ。

まだしゃっくりは出しているし顔も赤いが、自虐タイムは終わったようでポケポケと揺れていた。


 ギルトは『明日覚えていらっしゃるだろうか』とは思いつつも、素直に答えた。



「二年前に婚約致しました。」


「お似合いです!!まあ最初は本当に驚いて複雑なものがありましたがおめでとうゴザイマス!!」


「静か動かハッキリしろよ💧」


「フフ。ありがとう御座いますオルカ様。」


「どっちから告ったんですか!?」



 ギルトとジルはヤマトの前でこの話題は流石にと渋ったのだが、ヤマトから『アネさんなんでしょ?』と話題を振られ、気まずいながらも頷いた。



「そ、私。」


「それもいいですねぇ~!」


(酔ってんなあ(笑))


「…前はこいつからだったから。

今度は私からって思っただけさ?」


「…ん?、もしかして長官て…?」



 ヤマトの問いに、ギルトは恥ずかしそうに眉を寄せながら『そうだが?』と腕を組んだ。



「私は姉さんにしか恋をしたことがない。」


「マジかよお前!?」


「あら何よロバート。素敵じゃない!」


「…へーえ(笑)?、へーえそうだったんですねえ?」


「なんだそのいやらしいニヤつきはヤマト!」



ヒョコ!



「へえ!、まさかとは思っていましたが、やはりジル一筋ですか。

素晴らしい事です。僕も長官派なのでとても好感が持てますよ?」


「!!」 「うえっ!?」



 突然の海堂にロバートは立ち上がり『げえ!?』と口にした。

オルカの隣にチョンと現れた海堂は勝手に椅子を持ってきて座り、お肉をパクッと食べた。



「どうも皆さん。本日も良いお日柄で。」


「いつから居たんだよ~💧」


「ずーっと居ましたが?、ねっ?オルカ君?」


「はい~!、ずっとここに座ってらっしゃいました~!」


「あらヤダ全然気付かなかったわっ?

ちゃんと話すのはお久しぶりねミスター海堂♪」


「ええミスお久しぶりです。

まあ顔ならば昨日合わせましたがねっ?」



 どうやらずっとオルカの隣の草原に座っていたらしい。

オルカの向かいのギルトとヤマトは流石に気付いていたが。


 海堂、ギルト、ロバートはなんだかんだこの三年付かず離れずのいい関係を保っていた。

三人共多忙なのでわざわざ連絡を取り合ってまで会いはしないが、気ままにロバートの店に顔を見せては絡むのだ。

 海堂とギルトは妙に通じる部分があり、よくロバートに絡んではからかっていた。

ロバートは二人の事は嫌いではないが、海堂とギルトが絡むといつも碌な事にならないので煙たがる。

特に海堂の行動はロバート的には突拍子がなく、苦手だ。だがそれでも三人が絡むのは、なんだかんだロバートが好かれているからだった。


 海堂はオルカが飲んでいたお酒を飲み、ニコニコと続けた。



「興味深いお話でしたね。

オルカ王?、ヤマトは名字持ちの血について妙に博識でしてね?、貴方の御参考にもなるでしょう。」


「! ……」


「そうなんだねヤマトはやっぱりシュゴイね~!」


「他にも名字持ちのみが行使できる特別な力についても研究熱心なんですよ。

一体ぜんたい、どうしてそんな研究に打ち込むようになったんだかね?」


「……パパ。」


「パパ言わない。」



 ヤマトとギルトには分かった。

これは海堂からヤマトへの問いかけだ。

『またお前から血の話題を出しましたね。

いい加減に何故そんなに血について知りたがるのかを教えなさい』というお説教に近い圧だ。


 ギルトとジルが目配せする中、ヤマトはゆっくりと息を吸い海堂と向き合った。



「俺三年前、…マスターの血飲んだんだ。」


「…!」



 カチャン…と珍しくも海堂がグラスを皿に当てた。

こんなに驚いた顔を見たのは初めてだった。



「だから気になったというか、……

マスターの記憶とかも見えるようになって。

…でもマスターも血については知らないことも多かったみたいで。」


「………」


「…でもアネさんとシスターが詳しくて。

今二人からそれについて…教わってる。」


「………」


「…今まで黙っててごめん。

なんか言いづらかったっていうか、……」


「………」



 海堂は瞬きもせずに暫くヤマトをじっと見つめると、小さく息を吐きグラスを傾けた。



「……成る程。」


「……」


「…僕も飲んだよっ?」


「…は?」「ん?」「はーあ?」



 海堂は口角を上げ、『みんな飲んださ?』と悪戯っぽく笑った。



「例の塩辛い水の時に先王のをねっ?」


「あ、…ああなんだソレか!」


「そっ!、…だから皆、その点では同じですよ?」


「!」


「……ねっ?」



 場を和ませながらも優しく笑い、ヤマトの緊張をほぐした海堂に…。



「そういうトコ大………っ好きです!!!」


「ありがとうオルカ君~!」



 オルカは感動してバン!とテーブルに手を落とした。

そしてウルウルと涙を溜め、今度は泣き出した。



「良かったねヤマトこんな素敵なパパに貰われてっ!!」


「あ、…うん。」


「僕もこんなパパに貰われたかった…!」


「僕も君みたいな子なら三人くらい面倒みてあげてもいいですよ~!」


「なんたる慈愛!!!」


「ブッ!?」


「…ダメだこりゃ。」



 オルカはちゃんと覚えていられるだろうか。



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