最終章 僕達で生きる明日
第204話 柳楓の三年
あのオーストラリア旅行から、三年経った。
世界は相変わらず騒々しく、だが優しく、時に穏やかに、時に荒々しく動いている。
「お早うゴザイマス~。」
「ういっす柳オッハー!」
「おはよう御座います柳。」
あの後、オーストラリアはゆっくりと正常に戻っていった。
ミストは完全に消え去り、今では『新しい気象現象』とされている。
難民として避難していた現地の人も、皆戻っていった。
今では昔よりも観光客で賑わっている。
俺はというと、三年前から公安配属を希望し、公安刑事になった。
あの白制服を身に纏って思ったのは、やっぱイケメンにはダブルスーツが似合うという事だ。
…門松さんに移動希望の話をした時、門松さんは本当に驚いた顔をしたけど、にっこり笑って『いいじゃんかお前には合ってるよ。頑張れ?』って言ってくれた。
…その移動の実が、『オルカを綺麗に忘れた門松さんの笑顔を見ていられなくなったから』。…なんて、口が裂けても言えない。
「…よし。行くぞオルカ。」
毎日毎日あいつの法石に話しかけ、肌身離さず持ち歩く自分が居る。
凜さんは普通に今でもオルカを、正しい本当の過去をちゃんと覚えてる。
だから俺も別に、肌身離さず持ち歩く必要は無いんだと思う。けど、どうしたって、…嫌で。
もかしたら今日、またあいつの事を忘れてしまうんじゃないか。
そしたらもう二度と記憶は戻ってこないかもしれない。
そんな恐怖から、俺は法石を持ち歩いてる。
「…あ、門松さん?、お久しぶりです。」
『お~柳。ありがとなー?』
「まだ何も言ってないじゃないスか!」
『去年一昨年に次ぐバースデーコールだろ?
だからありがとうってな?』
「…はは!、はいそうですよ!
お誕生日おめでとう御座います。」
門松さんにはどうしても話せなかった。
オルカの事、一番覚えていて欲しい人なのに。
…多分俺は、法石を握らせても記憶が戻らなかったら?…と。
思い出したらこの人、絶対寂しがるよな。…と。
そんな理由から告げられなかったんだろう。
そして逃げるように公安に移動し、三年。
未だにオルカの事は話せていないし、そもそも門松さんと話すのなんてこのハッピーバースデーコールくらいになった。…会いたくない訳じゃない。時間を捻出出来ない訳じゃない。
…俺はただ、怖いんだろう。
「最近どっすか?」
『…うーん。』
「あれ珍し。悩み事すか?」
『いやぁ、…なんかなあ?
なんか知んねーけど、…金が余るんだよな。』
「…!」
『悩みって訳じゃねえんだけどさ?
…三年前までこんなに貯金出来てたっけか?
…と、最近妙にしんみり考えちまって。』
それは…オルカが居たからだよ。…門松さん。
『変な話だろ?
まあアパートもボロだし金使う時間も無いし!
当たり前っちゃ当たり前か!』
「…はは。…ほらあれですよ。
…俺が公安行ったから、その分浮いたんすよ。」
『お前の飯代が浮いたって!?、ハハハ!!、そりゃ面白いなアハハハハ!』
「はは。だって門松さん、俺と居るとぜーんぶね、…会計ね、…しちゃってたでしょ。」
『そうだったっけかー!』
だが俺は知っている。
オルカは門松さんの中に、確かに生きている。
その名を彼から聞いた訳じゃない。証拠も無い。
けど今の金の話みたいに、門松さんはたまに違和感の話をしてくるんだ。
それもよりによって、俺にだ。
それに門松さんはスマホを極端にいじらなくなった。
きっとギャラリーと電話帳を無意識に避けてるんだ。
「…じゃあまた。」
『おう。元気でやれよっ?』
「はい。門松さんも。」
それなのに俺は、どうしても門松さんと向き合えずに居る。
…だがそれももう、終わりにしないといけない。
何故なら俺は公安に移動する時、決めたんだ。
『逃げていいのは三年だけだ』…って。
オルカが来て、そして帰っていったのと同じ、三年。
だって俺はあいつにこう言い聞かせたから。
『人は三年あれば変われる』って。
…その言葉の責任を取らなければならないから。
「…ん?、柳、もう上がりですか?」
「はい。お袋んトコ寄ろうと思って。」
「…そうですか。では俺も行きます。」
「… ええ!?」
「知らなかったんか柳~?、花丘、お前の母ちゃんとチョー仲良しなんだぜ~?
マジ初っぱなから超好かれてんの。…引いたー。」
「五月蝿いんですよ夜明!?
…ほら行きますよ柳。お母様はお前が来るのをいつだって楽しみに待っているのです。」
「…ええええ。」
夜明さんも花丘も、凜さんも、海堂さんと燕さんも、みーんないい人だ。
凜とカタチで結ばれた彼等は、冗談抜きにみんないい奴だ。
だから傍に居ても苦にならない。
…お袋も気に入ってるようだ。…それはなんだかだが。
「なあ柳~?」
「なんすか重いジャマ。」
「香とは、どう?」
今夜明さんが言った『香』(コウ)とは、凜さんの娘さんの事だ。
…あ~、実はですね。オーストラリアをきっかけに凜とよく交流するようになり、公安に移動したのをトドメに週3は凜さんの土地に遊びに行くようになり、…ね?、…彼女が出来ました。それが香。
…実はこの報告すら門松さんに出来てない。
…流石にヤバイ?、彼女程度ならまだセーフだよな普通に考えて。
「…どうって何すか。」
「またまたトボケちゃってぇ~💗?」
「キショイ。あと重い。帰るから退いてくっさい。」
「お前なあ!?、自分をスカウトしてくれた総統括にはもっと優しくしとけよ!?
優しくしたらした分だけちょっとした瞬間にお得なことが起きたりすんだかんな!?」
「言えてら。」
「言えてますね。ほら行きましょう柳。」
しっかし公安入った頃は大変だったよ。
俺がつい飛ばして『総統括に直に鍛えてほしいです』って言ったら、夜明あいつ、自分が総統括なの隠して理由聞いてきやがって。
俺がマンツーで鍛えてくれたらすぐに主力になるから。…って豪語したらこれみよがしにニヤついて、だったら証明しろとか言って俺を花丘につけて。白々しく、証明できたら総統括に掛け合ってもいい。とか言いやがって。
…でも、何を証明しろってのかも分かんなくて。
どうすりゃいいって途方にくれてたら、あんなに神経質な印象だった花丘が意外にもスッゲー優しくて丁寧で。でも過保護でなく色々と教えてくれて。
…マジで感動したな。
で、俺は覚悟の証明として過去と対峙したんだ。
…そう。俺の所轄時代の同僚がやらかした、俺ん家の窃盗。
あれを揉み消したあのクソを挙げてやると決めた。
まっ、俺の一件はもうとっくに時効だが?、あいつの事だ。どうせわんさか不正をやらかしてるだろうと漁ってみたら本当にとんでもない不正魔で本当にドン引きした。
だがお陰様で、俺はやっと過去を精算出来たんだ。
そんでいざ『証明したぞ!』って夜明に言ったら、あの野郎。ずっと隠してやがったんだな。
急に手に持ってた制帽をわざと頭にかぶりやがった。
『はい。公安捜査第一課、並びに二課担当総統括の、夜明です。』
『……は。』
『言っとくが俺は暇に見えても暇じゃない。
…だが柳君の熱意を評し?、本当に暇な時はマンツーで面倒を見てやろう。』
『………』
『…おけ💗?』
マジで殴った。
後でちゃんと謝ったけど、どうしても堪えきれなくて頭はたいて制帽を落としてやった。
…今でも思い出すとイライラしてくる。
「ハアッ💢!!」
「…夜明の事なんてウン◯と一緒に流すのが一番ですよ柳。」
「今出ないんすよ!」
花丘とはかなり仲良くなった。
先にも言ったが、意外にも穏やかで人間味があって、いい奴だったんだ。
今だって同じ車に乗ってお袋の施設を目指す程。
なんか最初はほんと、常にキーキーと猿みたいにいきり立ってそうなのイメージしてたのに、実際は顔よりもかなり穏やかな人間だ。
何もトラブルが無ければ穏やかに淡々と話すし、その声は眠くなる。
基本は無表情だが、相手に不快は抱かせない。
…多分花丘に神経質な印象が付いてしまったのは、恐らくは夜明のせいだろう。
何故なら夜明相手にはギャンギャン吠えるからだ。
…ファーストコンタクトでも夜明に怒ってたし、きっと昔から、いつだってこうなんだろうな。
「…最近何かありました?」
「え?、…いや特には?」
「…最近というか、…ここ三年くらい。」
「…!」
「共に働きだして思ったのですが、ファーストインパクトと公安に来た時の柳は、まるで別人なんですよね。
…あの時はもっとこう…不安定というか。
触れてはいけないガラスのような。
…そんな印象だったんですが、公安に来た頃にはなんだか落ち着いていて。」
「……」
「そこまで豹変した人間は珍しくて。
…なんとなく気になったので、聞いてみようかと。」
うわぁ。…鋭い。マジでビビッた。
…けど、やっぱりこの人にも言えない。
花丘もオルカと一度だけ会っているのに。
…俺は今日もまた、濁すんだ。
「…心の精算でも終わったんすかね?」
「……そうですか。」
「自分じゃあんま感じないのに、変な感じスね?」
「……そんなものでは?」
凜さんもやはり夜明や藤堂に、オルカを知る人に話せていないそうだ。
なんせあのドッキドキのBEASTツアーが、なんでかただの旅行に変わってて。
…もうそこの説明だけで大変だし無理。…と嘆いていた。
それは正直分かる。
もうどっから説明すればいいわけ?…ってのも確かに本音なんだ。
「…因みに、柳。」
「はい?」
「ウ◯コが出そうで出ない時は、足を組むと良いですよ。」
「ブフー!?」
「よく出ます。…因みに俺は左が上派です。」
「じゃあやってみますね今度(笑)!?」
天然なのか、分かっててやっているのか。
こうやってクスリと溢すように笑う花丘が、けっこう好きなんだよな。
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