第96話 歴史あるBEASTと

僕の鞄は大きくない。

柳さんが大きなリュックだのは僕には似合わないと宣言し、僕も納得したからだ。


だから詰められたのは数枚の上着とそれに合うパンツが一つ。

あと下着と小物が数点。


…充分だろう。

カファロベアロは本当の世界と違い気候の変動が無い。

地域によって多少の寒暖差があるだけだ。

だから薄くてお洒落な上着を詰めた。


…絶対に柳さんの意に背く服は着たくない。



「…トンボ。」



ロバートさんがくれた化石は…、置いていく事にした。

リビングに飾ってある化石が無くなったのに気付けない門松さんではないからだ。


ただ僕は、柳さんが帰ってしまった家を、門松さんが苦笑いしながら帰ってきた家をピカピカに掃除した。

柳さんからは下手に行動するなとは言われていたけど、やっぱり僕の中でもケジメが必要だったから。


…この三年、本当にお世話になったから。

『門松さんの家に間借りしていた』のではなく、『確かに僕の家だった』から。



「…夕飯どうする?」


「あ。僕材料買ってきました。」


「悪いないつも。…柳、呼べば来るかねぇ…?」


「…どう…でしょうか。」


「…ま。明日謝りゃいいか。

お前も…ごめんな?」


「いえそんな。」



門松さんは、本当に凄い人だと思う。


ちゃんと自分が悪かったなら謝れるし、物事をなあなあにするのを嫌うが、周りと綺麗に調和を果たす。

心がとにかく綺麗でおおらかで…、真っ直ぐなんだ。


僕はお鍋を作る間、何度門松さんに打ち明けたくなったか知れない。

…どうしても、裏切るのが嫌で。

…けれど納得を得られなければ、きっと門松さんは僕を監視してでも反対する。


…たったそれだけの事が困るから、僕は門松さんに告げられなかった。


こんなにお世話になったのに。

こんなに大事なのに。 ……辛い。



「お休みなさい門松さん。」


「ん。お休み?」



いつものやり取り。いつもと同じお休みの挨拶。

いつものように閉じていく扉。

…『いつも通り』って、こんなに辛かったっけ。

こんなにいつも通りだからこそ、辛いなんて。



「~…~っ…」



だから僕は声を殺して泣いた。

門松さんに感付かれぬように。

…門松さんへの手紙を書きながら、泣いた。


読み返す事はしなかった。

グチャグチャでもいい。真っ直ぐな僕の心を伝えたかったんだ。



『下りてこい。』



柳さんからメッセージが届いたのは深夜二時になるかどうか位だった。

僕は意を決し鞄を持った。

音が出ぬようにタオルで巻いた鞄を肩に下げ、お気に入りのファーコートを羽織った。



「…っ…!!」



門松さんの部屋に無言で頭を下げた時一番意識したのは、…上擦りだった。




タンタンタン……



 柳はエンジンを切った車の中で、オルカが階段を下りてくるのを確認した。

すぐに腕で必死に目元を拭いながらオルカが助手席に座った。

そして両手に顔を突っ伏し、背を大きく揺らしながら声を押し殺し泣いた。


 柳はそんなオルカにチラッと目線を送るとすぐに車のエンジンを付けようとキーを掴んだ。



「……っ、」



 だがその手はキーから離れ、ドアを開けた。



「…~~…~ッ!!」


バッ!!



 柳は車から下りると門松の部屋をじっと見上げ、勢いよく頭を下げた。

彼の大粒の涙がアスファルトにポタポタと落ちた。


 オルカは口を押さえながら、顔を歪めながら、柳の礼を見届けた。



…バタン。



「行くぞ。」


「は…い!」



ブロロロロ…!



 こうして二人は去っていった。

門松への想いを必死に振り払いながら、それでも前だけを見て。




カチャン…



「……」



 凜は屋敷の扉を潜り、一度だけ振り返った。

自分が生まれ育った家、そして土地をグルリと見渡し、大きく深呼吸し海の香りを胸一杯に吸うと、車に乗った。


 夜明は凜の車が出ていくのを自宅から見届けた。

寝室の窓辺の椅子に座り、ライトが遠退いていくのを見届けた。



「……行ってらっしゃいませ。御武運を。」


「…ん、……蒼?」



 小さな呟きに目が覚めたのか、夜明の妻が瞼を擦りながら体を起こした。

夜明は苦笑いし、『悪いね起こした?』とカーテンを閉めた。

妻は首を傾げながらどうしたの?と夜明に腕を広げた。

夜明は彼女の隣に座り、しっかりとハグをした。



「…眠れないの?、大丈夫?」


「へーき。」


「……そう?」


「おう。 … ……ただ、…さ?」


「うん?」



 彼女の体に強く腕を回し、夜明はギュッと目を瞑った。



「…お前が居て、息子が居て、娘が居て。」


「…?」


「俺、…ほんと、……幸せだなって。」


「…なに突然。私も幸せだよ?

いつもありがとうね蒼。

私達が幸せに暮らしていけるのは蒼のお陰だよ?」


「~~っ… …こちらこそ。」




 午前二時。

凜は港ヘリポートに到着し、待っていた仲間と挨拶を交わした。


そこには巨大な真っ黒いヘリが停まっていた。



「久しぶり藤堂。…ありがとね?」


「いえ、準備は万端です。

すぐにでも出せますよ。」



『藤堂』(トウドウ)と呼ばれたこの男性も凜一派だ。

革命の立役者として有名な凜の曾祖父を守り亡くなってしまった従者こそ、彼の曾祖父だった。


体躯が非常に良く、上背は185センチ。

無駄の無い引き締まった体は体幹が良く、立ち姿にまるでだらしなさが無かった。

オレンジの入った茶髪は癖っ毛で、物腰が柔らかく優しい笑いじわが浮かぶ彼は、65才だった。



「本当に二人も同乗させるのですか?」


「……来れば、ね。」


「…凜。御子息とは話されましたか?」


「…ううん。」


「……」



 凜は柳達が来るであろう道をじっと見詰め、寒そうに腕を擦った。



「話したら…、反対されちゃうから。」


「…また勝手を。」


「だってさ、娘も息子も『自分が行く』って。」


「!」


「『お兄ちゃんは次期当主だから駄目。』

『俺に何かあっても妹が婿養子を取ればいい。』

…ったく。こっちの身にもなんなよって。」


「……」


「…最愛…なんてよく言ったものだよね。

『最も愛する』…なんて。」


「……」


「……ただ僕はその最愛が、どうしたって誰かに、何かに限定出来ないから。」


「…はい。」


「身内の皆を裏切る形になってしまったとしても。

納得など得られずとも。

…最愛の一つである海堂と燕を諦める事は、僕にとっては敗北でしかない。」



 凜は決意を灯した瞳で藤堂と向き合い、『頼みましたよ』…と胸に拳を当てた。

藤堂はその手に自分の手を重ね、『勿論です』と微笑んだ。



「必ず貴方を送り届け。…そして、必ず連れ帰ります。」


「はい。よろしくお願いします。」



 凜は大きな真っ黒なヘリのボディーに手を触れ、そっと呟いた。



「……頼むよ。BEAST。」




 柳は『もう直だ』と道の先を見つめた。

道路に他の車は一台も無い。


真っ黒な海の脇にあるヘリポートはライトアップされていて、まるで街灯がそこに自分達を誘っているかのように見えた。



「…見えたぞオルカ。」


「…本当にヘリで行くんですね。

……大きく…ないですか?」


「……ん!?、…あ!?、嘘おっ!?」


「え!?、なんですか柳さんどうしました!?」



 柳は加速し、最後にはキキイッとヘリポートのフェンスに横付けした。

車が大きくガッコンと揺れ停止し、オルカは知った。

柳がこんな荒い運転が出来た事を。



バタン!



「う………っっわ!!?」



 柳はさっさと車を下りてフェンスを開け、目の前のヘリに本当に驚愕した。


まるで黒く大きな化物と見間違うような巨体。

とんでもなく威圧的だが妙にシャープな繊細さを持つ美しい機体。



「まさか!?、…『BEAST』!?」



 やっと柳に追い付いたオルカは、『お、大きい』とヘリに気圧されながらも首を傾げた。



「『ビースト』?

…っていうんですか?、このヘリ。」


「そう『BEAST』!!

マジで存在してたんか!、…いやっまあ!、存在してるのは当たり前なんだけど…!!

マジでモノホンを見れるなんて!!、ヤバー!!」


「??」



 とても興奮している。


その時ガラッとヘリのドアが開き、オルカはビクッと肩を上げた。



「こんばんはオルカ君、柳君。」


「ああドモっす!」


「あっ凜さん、お久しぶりです。

…この度は本当にありがとう御座います。

なんとお礼を申せばいいのか。」



 気もそぞろに挨拶した柳に対し、大人のようにしっかりと頭を下げたオルカ。


それを見た藤堂は気持ちよく笑いヘリから出てきた。



「ハッハッハ!!、こりゃ一筋縄では行かなそうですね凜!」


「そうなんですよ。どっちが大人か分かったもんじゃないのにね?、これで柳君も変なトコしっかりしてるんですよ。」


「え!?、何か言いました!?」※ヘリに夢中な人


「…えっと、…貴方は?」



 オルカに誰かと訊かれた藤堂は、カン!と音を立てながら踵を突けピシッと敬礼した。


オルカは急な動きにまたビクッと肩を揺らした。



「初めましてオルカ殿!、柳殿!

私は藤堂!凜の一派にして、自衛官を勤めております!」


「……トウドウさん。

僕はオルカです。…自衛官て、自衛隊…を?」


「そうであります!」



 それを聞いた柳はバッと振り返り、『マジかよ!?』と藤堂と握手をした。


凜は口角を上げ腕を組みながらオルカの隣に並び、『やれやれ』とアクションをして二人を見つめた。



「自衛官の方だからBEAST乗れんすね!?」


「…おやこれは意外です。

若い方、…特に一般警察でこの機体を知る人などもうほぼおりませんのに。」


「だってBEASTはクーデターで没落した自衛隊が革命後革新的復活を果たした後最初に製造された日本初の超機能型大型ヘリすよ!?

特徴はこのとんでもない威圧感と黒いボディー!

一見輸送ヘリと見間違える程寸胴で内部収納に優れているが実は風の抵抗を完璧に計算し尽くされた洗練されたボディーなんすよね!?

だが見た目だけでなくBEASTには当時の日本エンジニアの粋が詰め込まれ他国に全く引けを取らないどころか牽制の意さえ込められた日本の武器オブザ武器!!

だがその実用は日本自衛隊らしく主に災害救助現場への投入!!

『真の強者は決して力をひけらかさず』という代名詞が国民から後付けされたって有名な」


「ほうほーうお詳しいですねえ!

その通りです。このBEASTはBEASTシリーズの第一機目。つまり初代BEASTなのですよ?」


「んなんこのイカツ可愛い顔見りゃ一目瞭然じゃないすか!!!」


「ハッハッハそうでしょう!?

…実は過去にあった山の事件という」


「ししししし知ってますよ知ってます!

…悪政にトラウマがあった革命後初の総理が個人的に自衛隊を出動させ、とある山に住んでいた住民を一人残らず殺害しかけた…」


「ええその山の事件です。

…実はその最初の一手を放ったのがこの機種のBEASTなんです。」


「!! …じゃあ、戦闘にも使用されて…」


「その一回です。…それも未完に終わりました。

山に持続性火炎弾を放ち山の住民を炙り出そうとしていたBEASTを、私の父が乗るBEASTが攻撃。」


「!?」


「そして山から引き離し、エンジンを壊して不時着させる事に成功したんです。」


「マッッッジすか!?」


「ええ。…ですが、敵機を安全に不時着させる為に無理をし、父のBEASTは不時着に失敗。

ゴロゴロと回りようやく停止。

…お陰で私は、父が歩いている姿を遂に見ることは叶いませんでした。」


「…!」


「この子は…このBEASTは…

実は父が乗っていたBEAST、その子なんです。」


「つ…!?!?」


「父の正義を通させてくれた子。

…だから修理し、…とは言いましてもほぼ全壊でしたので無事なパーツを新品パーツに組み込み新しく生まれ変わった感じではあるんですがねっ?

…とにかく、この子は我が一族にとっては大切な家族なんです。」


「…ヤバ。ヤッッッバ!!!

マジで光栄ですそんな歴史ある家族同然のBEASTに搭乗させて頂けるなんて!!」


「フッこちらこそ。

まさか山の事件を深く御理解されていて、尚且つこのBEASTの価値をしかと存じてくれている御仁とこんな処で出会えるなんて。光栄の至り。」



 ガシッ!!

…と強く握手を交わした柳と藤堂。


 オルカはパチパチと瞬きをしながら『今僕は何を見せ付けられているんだろう』と思った。

凜はあくびをすると、笑って小声でオルカに耳打ちした。



「コアなオタク話になど疑問を抱くだけ不毛。

ここは暫し興奮が冷めるまで静観しましょう。」


「あ、はい(笑)」


「…僕についても地味に詳しかったし。……

たまに居るんですよああいう子。

歴史ロマンというか…、趣味でアレコレと知っているタイプが。」


「ふふ!」



 確かに柳は変な雑学に強い。

凜についても門松より余程詳しかったし、山の事件なんてもう70年近く昔の事件だし、革命だって85年前に起きている。

…それなのに柳は年上すら知らないようなコアな部分まで詳細に知っていた。

こんな知識、やはり警官云々ではなく彼の趣味だろう。



「こいつも私と同じ老骨ですがねっ?

オーストラリア程度余裕で飛びますよ!」


「当たり前じゃないすか!!

てかBEASTは初代が一番優秀なのでは?ってもっぱらの評判すよ!!」


「そうなんですよ!!、今の三代目はちょっとシステム依存が過ぎて私は相性が悪いんです!

やはり人ならばある程度アナログでないと!!

何もかもにシステムを組み込みゃ良いって話じゃないだろっつうに!」


「ですよねえっ💖!?」



 また盛り上りだしたので、凜はチョイチョイとオルカをBEASTの中に呼んだ。


 このBEASTのドアは四つある。

まず運転席と助手席にそれぞれ一つづつ。

そして後ろに大きなスライド型のドアが左右に一つづつ。

あとはドアではないのだが、機体の後ろが開く。


凜はスライドドアから入り、オルカを驚愕させた。



「こ!、これは…!!!」


「はい、寝床です。」



 なんと中には布団が敷かれていた。

それもマットレスを三重に重ねたフワッフワの布団だ。


オルカは思わずズッコケた。

まさかこんな大きなヘリの後部が巨大なベッドになっているなんて思いもしなかった。



(柳さん、ショック受けなきゃいいけど💧)


「今夜は寝てないでしょう?」


「!」


「ヘリはとにかく五月蝿いですが、あっちでどんな過酷を強いられるかも不明な以上、少しでも寝ておく必要がありますからね。

…まっ、生存不可能な程の灼熱地獄って訳でもあるまいし、そこまで警戒視する必要は無いと思いますが、やはり念には念を。

如何に休息を取れるかはこの先の生命線です。」


「…流石ですね。

すみませんズッコケてしまって。」


「ふふ!、いい反応でしたよ?」



 柳も中に入り、笑った。

ショックを受けるどころか希に見る大爆笑だ。


バンバンと寝床に拳を落とし、『最先端がベッドになってる!!』と笑い続ける柳を、なんとなくオルカは録画した。



「ウケる!!、ウケ…る!!、ゲエホッ!!」


「もう柳さん。…お水どうぞ。」


「サンキュ!」



 柳は水を飲むと、凜と目を合わせた。



「門松さんに何て言ったんですか?」


「…特に大それた事は。

ただ出発を聞かれた時、『二日後』と。」


「…道理でノーマークだったわけだ。」



 またグビッと水を飲んだ柳に、凜はしっかりと向き合った。

一見真面目には見えないが、中身が、根が、本当に真面目で誠実な柳の真意を確かめるように。



「……行くんですね?」


「はい。」


「……分かりました。では簡単に説明致します。」



 凜は地図を出し、藤堂はそれをライトで照らした。

オルカは『いよいよだ』と少し緊張しながら地図に目を落とした。

…本物の世界地図に。



「我々は日本を発ち、真っ直ぐにオーストラリアを目指します。」



 凜の指はスーっとオーストラリアへ。

柳は『ん?』と微かに眉を寄せたが、次の凜の言葉に『ああ』と納得した。



「ただ燃料の問題上、直接オーストラリア大陸の中心を目指すのは不可能です。

よって我々はここ、オーストラリア、ノーザンテリトリーのダーウィンを目指します。」


「…そこで燃料補給を?」


「可能ならば。

通常ならば問題なく給油出来るのですが、なんせダーウィンは大陸の外周。

ミストを恐れ、人が居ない可能性もあります。」


「…もし誰も居なかったらどうすんです。

だったら大陸の手前で…フィリピンやインド経由で燃料補給をすれば帰りにも余力が」


「ダメです。理由は燃料の質であります。

経由地で補給出来る燃料の質ではBEASTが耐えられない可能性があるのです。」


「ああ質…かあ💧

…となると、ダーウィン以外に無いわけすね。」


「ええ。…まあその為に藤堂が居るのです。」


「はい。燃料さえ無事ならば、私が施設の電源を入れて給油可能な状態に致します。」


「流石は自衛官♪」


「どうもどうも♪」


「…で、フライトは10時間前後かかるかと。

ダーウィンに着くのは、現地時間午後二時前後。

給油が可能ならば、ヘリにて大陸の中心を目指します。

もし給油不可であったなら、藤堂は抜けて給油可能な場所を探しに行ってもらいます。

我々は車で慎重に宿泊場所や食料確保をしながら中心を目指します。」


「……車…て。」



 柳はついヘリの中を見てしまった。

軽自動車なら余裕で乗れる程広いが、車の姿はない。


その疑問を見越していたのか、凜は柳を見もせずに説明した。



「ダーウィンには僕の支援する海質調査施設が。

スタッフが避難する前に車の確保を命じ施設の鍵を輸送して貰いましたので、恐らくは大丈夫かと。」


「……これが真のVIP…か。」


「柳さん(笑)」


「…まあ、全世界に力強い後ろ楯があるのは事実ですが、別に全てを僕が繋いだ訳では。

…先祖からの賜り物です。」



『その血統こそがVIP』…という言葉が二人の頭を掠めたが、凜は地図を閉じ三人と目を合わせた。



「さあ。…行きましょう。」


「では皆様、出発前に大事なことを。」



 藤堂の言葉に『一筆ね』と手早くペンを出した柳。

だが藤堂は、すぐそこの小さな建物を指差した。



「おトイレにどうぞ。」


「……確かに!!」 「あははっ!」


「あとですね…」


「「?」」



 全員トイレに入り用を済ませると、藤堂の指示でオムツを穿かされた。

確かに飛行機ではないのだからトイレが無いので納得はしたが、目から鱗だった。


聞けば宇宙飛行士などもよくオムツを着用するらしい。

『だから恥ずかしくなどない。普通の事だ!』と言いたいのかもしれないが…、やはり若いオルカは一番抵抗があったし…服がタイトなので余計に困った。

 トイレに籠り『どうしよう』と悩んでいると、外から藤堂の声が聞こえた。



「オルカ殿~!?、ここですか~!?」


「あ、はいそうです!」


「そんな洒落着ではリラックス出来ませんぞ!

どうぞ凜が念のためと持ち参じたリラックスパジャマにお着替え下さいませ!」


「は…はい(笑)!」 (念のためが凄い。)


「…俺にも貸してくんないすか~?」


「勿論です柳殿!、行きますぞ~!?」


「……ん?」


「ハア。…藤堂?、柳君は隣です。」


「これは失礼を!!

ではこちらに投げ返して頂けませんか!?」


「いいよ僕が自分で放りますよ。

…いいですか柳君?」


「うーす。」



 こうしてしっかりとオムツを穿きパジャマに着替え、四人はヘリに乗り込んだ。

三人は後ろの布団に。

藤堂はパジャマではなく、布団の上でもなく、操縦席へ。


 エンジンがかかりブレードが回りだすと、いよいよな感じがしてオルカはドキドキと緊張した。

そして離陸した途端感じた揺れ、前に進んだ途端に感じた重圧に、『ヤバイ』と顔を固めた。



「…エチケット袋は山程ありますから。」


「!」


「無理せず早めにね?」



 ヘッドホンを装着した凜にそう言われ微笑まれ、オルカは力なく笑った。


 柳は重圧を感じようが、ただ窓の外を見ていた。

真っ暗な地元の海を。…門松の家の方角を。



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