第74話「私、オタク君の事もっと知りたいな」

 説明しよう!

 魔法少女みらくる☆くるりんとは、日曜の朝にやっている女児向け番組である。

 天真爛漫で笑顔の絶えない炎の魔法少女くるりん。通称リンちゃん。

 冷静沈着でいつも無表情な雷の魔法少女くるるん。通称ルンちゃん。

 この2人の魔法少女が素手と魔法で戦う話なのだが、少年漫画のアニメに負けないくらいの戦闘シーンに、昼ドラに負けないくらいのドロドロ展開をしているため、良くも悪くも話題に上がる作品である!


 そして今回オタク君達が見に来たのは、それの劇場版である。

 映画館には、魔法少女みらくる☆くるりんを見に来た親子と大きいお友達で、カオスな空間になっていた。


 他の映画にしませんかと言いたいオタク君だが、既にチケットを購入した後である。

 楽しみだねと無邪気に笑う優愛に対し、そうですねと答えるオタク君の表情はややぎこちない。

 オタク君の見たい映画ではあったが、優愛と見るとなるとなんだか恥ずかしく感じてしまうからだ。


「ねぇねぇ、これってどういう内容なの?」


「えっと、魔法少女ってのは分かります?」


「分かるよ。保育園の時はいつも見てたし」


 優愛の見ていた時代の物とは、若干作品の毛色が違うがまぁ似たような物である。

 今も昔も、女児向けの魔法少女は変身して悪と戦うのは変わらないのだから。


「多分、その時と大体一緒のような感じだと思いますよ」


「ふーん」


 オタク同士であれば、このキャラが可愛いとか、このシーンが感動的だと語れるのだろうが、相手はギャルである。

 アニメを見てなさそう、と言えば偏見になるだろうが、見ていそうなのは国民的人気作品くらいのイメージになる。

 そんな相手にディープな話題を振っても、引かれるか苦笑いで「そうなんだ」と言われるのは容易に想像できる。

 なので、オタク君は下手な説明しか出来なくなっていた。


 もしこれが有名な実写系作品だったなら、この主演の人●●って作品にも出てた人だよねと、オタク君でも人並みに会話出来たというのに。

 ではなぜ、優愛は魔法少女みらくる☆くるりんを選んだのか?


「小田倉君たちに勧める映画、マジでこれで良かったの?」


「うん。多分大丈夫。だと思う」


 村田姉妹に焚きつけられたからである。

 魔法少女みらくる☆くるりんを選ばせたのには理由がある。

 国民的人気アニメを選べば、優愛もある程度知っているからオタク君も語れるだろう。

 だが、それでは距離を詰められない。村田(妹)はそう考えた。


 優愛のようなギャルでも見ている作品の事は話せるようになっても、オタク向け作品の内容が話せないままでは現状と変わらない。

 優愛が疎外感を感じるのは、オタク君がオタク話をしている時なのだから。


 なので、一歩踏み込まなければいけなかった。

 もしこれを、あまり親しくない人間がやれば逆効果であるが、優愛とオタク君はもう十分な仲である。

 ただ、どちらも次へのステップアップが出来ていない。なのでやや強引に進めよう。

 それが村田(妹)の作戦であった。


「ってか、この作品って小田倉君は好きなん?」


「いつも小田倉君と仲良く話してる背の高い奴に聞いたから、多分大丈夫」


 先ほどから「多分大丈夫」を連呼している村田(妹)。

 ちゃんとオタク君の友達に確認したとはいえ、不安のようだ。

 もしかしたら、本当はふざけて適当な事を教えられたのではないかと。


 村田(妹)の不安とは裏腹に、オタク君の内心のテンションは上がっている。見たかった映画なので。

 背の高い奴ことエンジン、彼も村田姉妹同様に優愛の事を気にかけていたのだ。

 どうしてもオタク会話になると、優愛が黙り気味になってしまう。

 助け舟を出そうにも、盛り上がっている所に水を差すわけにもいかず、適度な所で会話の流れを変えるのが彼の限界であった。

 なので、今回の村田(妹)からの相談は、渡り船だったのだろう。


「ねぇねぇオタク君。映画が始まるまでカフェに行かない?」


「そうですね。まだ時間ありますしお茶していきましょうか」


 映画が始まるまでまだ1時間近くあったので、映画館の近くにある喫茶店に入るオタク君と優愛。

 いらっしゃいませーと店員に案内されるまま、席に着くオタク君と優愛。

 そんな2人の後をコッソリと追うように入店する村田姉妹。


「ねぇねぇオタク君。今日見る映画って、丁度アニメが終わったばかりなんだ」


「終わったと言っても、また来週から新シリーズで始まりますけどね」


「へぇ、そうなんだ」


 魔法少女みらくる☆くるりんに対し、知識0の優愛。

 じゃあなんでこの映画を選んだんだろうと思うずっと疑問視していたオタク君。

 会話が止まったのを見計らい、聞いてみる事にした。


「ところで、優愛さんにしては珍しい映画選びましたね」


「あー、うん。ほら。オタク君がどういうの好きなのかなって思ってさ」


 優愛は少しモジモジしながら、言いづらそうに言葉を続ける。


「いつも私ばかり話してるじゃん? それでオタク君は私に合わせてくれてるけど、私ってオタク君に合わせられてないなと思ってさ」


「そんな事ないと思いますけど」


 そう口にしつつも、優愛の言いたい事は理解出来ていた。

 オタク君は気が利く性格なので、第2文芸部でオタク会話になる時、優愛が黙り込んでしまっている事にも気づいていた。

 いや、誰もが何となく気づいてはいた。だが言い出せなかっただけである。

 下手に遠慮した言い方をしたりすれば、余計にこじれてしまうかもしれない。

 全員がそんな考えを持ったために、分かっているが何ともならない状況が出来上がってしまっていたのだ。


 もし誰かが「優愛にも分かるように話そう」と言えれば。

 もし優愛が「分からないから教えて」と言えれば、状況は変わっていただろう。

 誰が悪いわけではない。全員が気を使ってしまった結果なのである。


「私、オタク君の事もっと知りたいな」


 はにかみながら笑う優愛。

 少しだけ顔が赤らんでいる事に、オタク君は気付く。


 自分が語るのを恥ずかしいと思うように、こうやって面と向かって教えてと言うのも恥ずかしいのだろう。

 それでも勇気を振り絞った優愛に対し、恥ずかしがるのは失礼だと奮い立つオタク君。


「そういえば、あまりこういった話優愛さんとしてませんでしたしね。と言ってもどこから話しましょうか」


 オタク君は頬を軽く搔きながら、まずは魔法少女みらくる☆くるりんについて語り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る