優愛ルート 7
体育祭のプログラムに続き、文化祭の出し物も順調に決まっていく。
メイド喫茶はご主人様の鶴の一声によりNGになったので、代案としてコスプレ喫茶になった。
コスプレ喫茶の流れにしたのは勿論山崎である。コスプレするのが大好きなので。
あまり露出の激しいものじゃなければコスプレは各自自由という方針により、それぞれがどんなコスプレをしようかと思い思いに考える。
適当な市販の安いコスプレ衣装でも問題はないのだが、高校最後の文化祭。せっかくだからと誰もが力を入れようとしていた。
そう、力を入れたではなく、入れようとしていたである。
何故なら、力を入れようにも、どうすれば良いか分からないので。
となると、詳しい人に聞きに行くのは当然で、オタク君の周りクラスメイトが集まるのは必然である。
「小田倉君、去年みたいにまたコスプレ衣装作って貰えないかな?」
「えっ、小田倉ってコスプレ衣装作れるの!?」
「マジで? 俺もお願いして良いかな?」
コスプレ衣装の相談をしたくて、オタク君の周りに集まるクラスメイトたち。
だが、オタク君が出来るのはなにもコスプレ衣装作りだけではない。
「それより、メニュー考えたいんだけど。小田倉君ってこういうの考えるの得意だったよね?」
「調理部から教えてもらったけど、小田倉君の作るスイーツって、味だけじゃなくて見た目もすごく良いよね」」
気が付けば、あれしてこれしてと十徳ナイフのような扱いである。
そんなオタク君を、遠くから眺める優愛。
オタク君がクラスメイトから解放されるのは、下校を告げるチャイムが鳴ってからだった。
学園祭に向けまだ話し足りないのか、帰り支度をしながらも学園祭で何をしようか仲の良いグループとそれぞれ話し合うクラスメイトたち。
そんな和気あいあいのムードの中、少しだけふくれっ面の優愛。
せっかくオタク君を返してもらっても、もう帰宅するだけの時間しかいられないからである。
しかし、そんなふくれっ面をしていた優愛だが、すぐに笑みを浮かべオタク君に話しかける。
「ねぇねぇ浩一君」
「どうしました?」
「今日、お父さんもお母さんもいないから、ウチに来てよ! 明日は休みだし!」
優愛の大胆な爆弾発言である。
あまりにもデカイ爆弾発言だというのに、オタク君もクラスメイトも誰一人動揺を見せない。
普段からオタク君は優愛の両親がいない時に、優愛の家にお邪魔しているので。
「はい、良いですよ。そうだ。それなら晩御飯作っていきますよ」
オタク君、彼氏と言うよりもおかんである。
そんなオタク君の発言に優愛が首を振る。
「ううん。浩一君今日はお疲れでしょ。私がごちそうしてあげるよ!」
優愛のご馳走と聞き、表情が固まるオタク君。
彼女の手料理、彼氏としては物凄く惹かれる。
だが、とオタク君は考える。
今まで優愛がまともな料理を作った事はあっただろうか?
オタク君の記憶が確かなら、一度もない。
以前台所から包丁を両手持ちで出てきた優愛をみたくらい。
チャレンジさせてあげたい反面、優愛に料理はまだ早い。
「疲れてないし、料理するのも好きだから大丈夫ですよ。優愛さん何が食べたいですか? 冷蔵庫にある食材で作れるものなら何でも作りますよ」
「そっか。うん、それじゃあオムレツ作って欲しい!」
「分かりました」
それじゃ、ちょっとトイレ行って来るから待っててと言って優愛が教室を出る。
優愛が教室を出ると同時に、何者かに脛を蹴られるオタク君。
「いたっ! いきなり何するんですか」
オタク君の脛を蹴った相手はリコである。
一回り以上小さい体躯を利用しての、見事な隠密行動により、気取られる事なくオタク君への不意打ちが決まる。
「小田倉が悪い」
ただ優愛と話していただけだというのに、何たる理不尽。
思ったよりもダメージが大きいので、文句を言おうとするオタク君だが、今度は背後からポカポカと頭を叩かれる。
振り返れば無表情の委員長が、握りこぶしでいまだに痛くない拳骨をオタク君に浴びせ続けている。
「小田倉君が悪い」
そして、口を開けばこれである。
委員長に抗議をしようとすればリコの脛蹴りが、リコに抗議をしようとすれば委員長にポカポカされ、完全に困り切るオタク君。
悪いと言われても、思い当たる節がないので。
「いやいや、今のは小田倉君が悪いよ」
ヘラヘラと笑いながら、だが明らかに目が笑っていない歌音がリコと委員長に「その辺にしときな」と言いながら、オタク君に話しかける。
「優愛は小田倉君のペットでも鑑賞の置物でもないんだから。もう少し考えてやりなって」
別に優愛の事をペット扱いも、鑑賞物扱いもしていない。
そう反論しようとして、開きかけた口を、オタク君は閉じる。
歌音の言葉に、リコも委員長も何も言わない。それは異論がないという事だろう。
三人が同じ意見ということは、少なくとも傍目から自分が悪いと思われる何かがあるはず。
なので、少しだけその真意を考える。
「優愛さんは、僕に料理を作ってあげたかった?」
考えた結果の結論を口にすると、少しだけ難しそうな顔で歌音が頷く。
「うーん、まぁ正解なんだけど。小田倉君さ、色々出来るのは確かに凄いけど、だからって何でもかんでも自分がやってあげてたら、優愛が彼女として立つ瀬ないんじゃない?」
最近は、オタク君がクラスメイトに囲まれるたびに、優愛がちょっと寂しそうな顔を見せている事を彼女たちは知っていた。
オタク君の多彩なスキルと、面倒見の良さでクラスの人気者になっていくたびに、優愛としてはオタク君が遠く感じてしまっていると。
流石にオタク君にそこまで察しろというのは無理難題というのは分かっている。
とはいえ、何でもかんでもオタク君がやってしまうたびに、優愛の中にある自尊心がほんの少しづつ傷つけられていく。
だから、優愛なりに彼女として何かしようとするのだ。
「村田殿、多分それは違うでござるよ」
そんな歌音の言葉に反論をしたのは、チョバムだった。
「だって、現に優愛は……」
「小田倉氏も、必死だっただけですぞ。鳴海氏の隣に立つために」
オタク君としては、クラスの中心的な優愛が自分に構ってくれているおかげで、クラスメイトとこうして仲良くできる。
全ては優愛の魅力のおかげだと思っているので、決して自分が何でも出来るからなんて思ってはいない。
オタク君はオタク君で、そんな優愛と釣り合うために、必死に自分が出来ることを頑張っているだけなのだ。
そんなオタク君の気持ちを、エンジンは痛いほどに理解できる。かつて詩音と仲良くするために、必死に背伸びをしていた自分がオタク君と被る。
自分たちのようなオタクはマイナスの人間だから、陽キャのギャルと付き合うのなら、せめてゼロになるようにしないといけないと。
「まぁまぁ、小田倉君だって悪気があったわけじゃないんだし。優愛を喜ばせたかっただけでしょ?」
詩音の問いに、しゅんとしながら頷くオタク君。
お互いに相手を思ってのすれ違いがエンジンとあったから、歌音がモヤる気持ちも分かるし、チョバムやエンジンがオタク君を擁護する気持ちも詩音はよく分かる。
だからこそ、オタク君だけを責めるのは良くないと、それは優愛も溜め込まずにちゃんと口にしないといけない事だから。
この後、優愛がトイレから戻ってきた事により、話は有耶無耶なままメンバーは解散を迎えた。
全員が帰路に着き、オタク君は優愛と共に、優愛の家へと向かっていた。
先ほどの歌音に言われたことが胸につっかえたままのオタク君。
なら、ここで優愛の手料理が食べたいと言えば解決するかといえばそうではない。
それで失敗すれば優愛は悲しい顔をするだろう。無理に食べれば尚更。
かといって、作ってくれた料理を捨てるのは、一番最悪の選択肢だ。
結局自分が作るしかないじゃないかと結論を出そうとして気づく。
「優愛さん、夕飯一緒に作りませんか?」
そう、別にオタク君か優愛のどっちか一人しか作ってはいけないわけじゃない。
それなら二人で作れば良いのだ。
優愛が料理が苦手なら、一緒に料理を作って教えれば良い。それだけの話だ。
なぜこんな簡単な事に今まで気づかなかったんだと、オタク君はそんな自分に笑ってしまいそうになる。
「うん! そうだ。この前テレビでめちゃくちゃデカいオムライス作ってたの見たんだけどさ、それ作ろうよ!」
オタク君の言葉に、優愛もパッと笑顔を見せる。
出来ればオタク君のために何かしてあげたい。でも自分がやれば迷惑をかける。
結局、何をやるにしてもオタク君任せで自分は何も出来ない事に自責の念を感じていた優愛。
優愛も優愛で、オタク君と一緒で視野が狭くなっていた。
「そうですね。めちゃくちゃデカいの作りましょうか!」
お互いに相手しか見ていなかったオタク君と優愛が、ようやく同じ方向を向くことが出来たようだ。
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