優愛ルート 8

「よーし、作るぞ」


「はい。まずは手に持った包丁を下ろしましょうか」


 笑顔で、努めて優しい声色で優愛が両手持ちしている包丁をまな板の上に置くように指示するオタク君。

 彼女が笑顔で包丁を両手持ちしていれば、オタク君じゃなくてもビビってしまうのは仕方がない。料理の意味合いが変わってしまいそうなので。 

 

「とりあえず、優愛さんは包丁の正しい持ち方からですね」


「はーい」


「利き手で包丁を持って、左手は猫の手にします」


「なるほど」


 そう言って、右手で包丁を握り、左手は招き猫のポーズを取る優愛。


「にゃあ」


 そして、おもむろにまな板にあった食材を切り始める。左手は招き猫のポーズのままで。


「凄い、マジで切りやすい!」


 トントンと食材を切りながら、やりやすい角度を求め左手を上下左右に動かし、優愛が食材を切っていく。

 そんな優愛を咎めるはずのオタク君だが、それどころではない。想定外過ぎる優愛の行動に、笑いが止まらないので。 

 違いますよと訂正してあげたいところなのだが、優愛が「ヤバイヤバイ!」と喜んで食材を切り分けていく姿があまりにもツボに入ったために、必死に声を押し殺しお腹を押さえている。


「どうよ浩一君。凄くない!?」


 ドヤ顔で振り返る優愛、振り返った彼女が見たのは、必死に口とお腹を押さえ笑いをこらえているオタク君の姿であった。

 何がおかしいのか優愛には分からないが、多分自分が間違えているのと、あえてオタク君がそれを指摘しなかったのだけは理解出来た。


「浩一君」


「あっ、はい」


 笑顔で包丁を持ってオタク君に近づく優愛。

 引きつった笑顔のオタク君。説明を最後まで聞かなかった優愛にも非があるが、それを指摘せずにいたのだから自業自得である。


「それで、左手はこうやって猫の手にして添えながらですね」


「ジーッ……」


「本当ですよ?」


 優愛が乱雑に切った食材を、綺麗に細かく切り分けていくオタク君。

 オタク君のやり方をジト目で見続ける優愛。そんな優愛に苦笑しながら「本当ですから」と繰り返すオタク君だが、先ほど不信感を買ったばかりなので、信用されないのは仕方がない。

 仕方がないが、このままではやりにくい。それに疑われたままではまともに調理を教えることが出来ない。


「優愛さん」


「なに?」


 なので、アプローチの仕方を変えるオタク君。

 左手にボウルを持ち、右手で生卵を持つ。

 それだけで、何となく何をするのか予測がつく。そう、予測はつくのだが。


「うわっ、片手で卵われるの凄くない!?」


「コツがいりますが、優愛さんも練習すれば出来るようになりますよ」


「マジで!? じゃあやり方教えて!」


 実際に目の前でやってもらえばテンションが上がるというもの。

 目をキラキラさせる優愛の前で、フライパンを力強く振り、チキンライスを宙に回せる。

 さながら職人技のように料理を作るオタク君を優愛が「凄い凄い!」と素直に褒めたたえる。

 オタク君の興味を引かせる作戦が見事に成功し、すっかり機嫌が直った優愛。

 優愛自身もそろそろ許してあげようと思っていたタイミングなので、許すには丁度良いタイミングだった。

 

「それじゃあ、卵で包む作業を一緒にやってみましょうか」


「えっ、いきなりそれは難しくない!?」


「大丈夫ですよ。別に失敗しても良いですし」


「ちょっと、失敗前提? こうなったらめっちゃ綺麗にやってやるし」


 結局オムライスは、卵が散弾銃を受けたかのようにあちこち穴だらけであった。

 それでも、オタク君も優愛も気にしない。


「次こそは上手くやるし」


「はい。次はもうちょっと上手くいくようにコツを教えますね」


 これで終わりではない。次があるのだから。

 形が悪いオムライスを、美味しいねと言いながら仲良く食べるオタク君と優愛。

 

「そうだ、浩一君。今度お菓子作りもやってみたい!」


「良いですね。優愛さんはどんなのが好きですか?」


「んー、今ダイエット中だから美味しくて太らないの!」


「それなら丁度良いのがあるので今度作ってみましょうか。一緒に」


「うん」


 それからそれからと言いながら、優愛がアレをしてみたい、これを覚えたいとオタク君にお願いする。

 それをニコニコと笑顔で「良いですよ」と返事をするオタク君。

 オタク君にやってもらうのでなく、オタク君にやり方を教わる。オタク君頼みなのは相変わらずではあるが、優愛の考え方も少しづつ変化しているようだ。

 努力の甲斐あってか、高校を卒業する事には、オタク君のために優愛が毎日弁当を作ってあげるくらいには優愛も成長していた。



 そして時は流れる。

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