優愛ルート 6
「我々陰キャには辛い時期がやってきてしまったでござるな」
「そうですな……」
七月。
期末テストも終わり、第2文芸部のメンバーは全員赤点を取る事なく、後は夏休みを迎えるだけである。
だと言うのに、教室で暗い顔をして、ため息を吐きながら俯き合うチョバムとエンジン。
何故か?
「ハーイ、皆さん。それでは学園祭のプログラムを決めて行きましょうか」
そう、文化祭と体育祭があるからである。
毎年この時期になると、息を潜め、ひっそりと出来る限り目立たないようにして、学園祭をやり過ごすチョバムとエンジン。
三年生になり、これが最後だとしてもやりたくないものはやりたくないのだ。
なので、チョバムとエンジンは今年も適当にやり過ごしたいところ。
少しでも目立たないように教室の隅に移動するチョバムとエンジン。
そこに話しかけてくるオタク君。オタク君の後をついて来る優愛。
そして優愛の後をリコ、委員長、村田姉妹もついてこれば、それなりの大所帯になる。
それでも自分たちは関係ないと言わんばかりに俯いてみるも。
「ねぇねぇ、今年は文化祭なにやる? 体育祭の出る種目決めた?」
ハイテンションの優愛が、二人の気持ちなどお構いなしにいつものように絡んでくる。
決して短い付き合いではない。だから、優愛が自分達の事を思って言ってくれている事くらい、チョバムとエンジンも分かっている。
なので、露骨に無視するわけにもいかず、苦笑を浮かべるチョバムとエンジン。
「拙者は余った種目で良いでござるよ」
「某も、適当で良いですぞ」
煮え切らない二人の態度に「えー」と不満の声を上げる優愛。
村田姉妹も優愛の意見に同調するが、陰キャを拗らせた彼らがその程度で「はい」と言えるわけもなく、優愛がオタク君や委員長にも同意を求めるが、残念ながらオタク君も委員長も陰側の人間。
「本人たちがそれで良いって言ってますし」
「無理やりはちょっと……」
なので、チョバムとエンジンの味方である。
オタク君と委員長の意見に、ニコニコ顔で頷くチョバムとエンジン。
だが、それでもと、優愛が駄々をこねる。
「最後くらい皆で楽しもうよ。ほら、ワンフォーオール、オールフォーワン」
「一人は皆のせいにでござる」
「皆は一人のせいにですな」
最悪な意訳である。
聞いていた全員がドン引きするレベルの。
「某たちを無理に誘って拗らせるより、楽しめる者同士で楽しんだ方が良いですぞ」
突き放したような言い方になってしまうから、出来る限り優しい声色と笑顔に努めるエンジン。
優愛の言う事を理解出来ないわけでもないし、ハナから否定しているわけではない。
チョバムとエンジンだって、皆と仲良く楽しめるなら楽しみたい。
だが、運動は苦手で、こういったイベントで足を引っ張ればどれだけ頑張っても「ふざけてる」「やる気がない」そんなレッテルを張られ、時には罵倒が飛んでくる。
そんな過去の積み重ねを、そう簡単に払拭出来るわけもなく、だからやる気が湧いてこないし、やる気がない人間がいるだけで周りも不快にさせてしまう。
なので、初めから輪に入らない方が良い。多少陰口を言われようとも、それが一番物事を潤滑に進める最適解である。
チョバムとエンジンの考えが分かるオタク君は何も言えない。
オタク君と委員長で優愛を宥め、仕方がないと言って終わらそうとした時だった。
「ったく、しょうがないな」
わざとらしくため息を吐く詩音。
詩音がゆっくりエンジンに近づくが、エンジンは少し申し訳なさそうな顔で目を背けるばかり。
彼女の頼みと言えど、無理な物は無理だとそのしぐさで答えている。
「頑張ったら―――てあげるから」
こっそりと、エンジンの耳元で囁く詩音。
その瞬間、エンジンはカッと目を見開き、申し訳なさそうなオーラを出していた猫背をピンと真っすぐに伸ばした。
「やっぱ学園祭って最高だよね!」
笑顔で親指を立て、もはや口調まで変わってしまっている。
何を言われたのか分からないが、やる気を出したエンジン。
やる気を出したこと自体は喜ばしいのだが、満開の笑顔と謎のハイテンションが一周回ってオタク君たちを軽くイラつかせる。全く現金である。
それだけテンションを上げれば、詩音が何を言ったのかなんとなく想像がつく面々。
とりあえず、エンジンがやる気を出したのだから、顔を赤らめて皆から必死に目を逸らしている詩音をからかうのはやめてやろうと、全員が無言で心を一つにする。
エンジンが裏切った事により、一人で突っ張るわけにもいかず、仕方がないと諦め、体育祭でどの競技に出るか真面目に考えるチョバム。
そんなチョバムに、いまだハイテンションのエンジンがウザ絡みをして殴られたのは言うまでもない。
「体育祭は良いとして、文化祭のクラスの出し物どうする?」
チョバムとエンジンの問題が解決したのを見計らい、エンジンがハイテンションの今の内に文化祭の話も進めようとするオタク君。
とはいえ、いきなり何か案が出るわけもなく、全員が腕を組んで考え込む。
「あ、それなら今年こそメイド喫茶とかどうよ? お帰りなさいませご主人様イェーイって感じで」
「いや、その……メイド喫茶は……」
優愛がご主人様と言いながら、イェーイとギャルピースを決めるのを見て、オタク君が口ごもる。
それを見ていたクラスメイトの一部が「まーた小田倉がオタク趣味を恥ずかしがって否定するぞ」と思い、メイド喫茶はそれはそれでやってみたいので、優愛の援護に周ろうとした時だった。
「優愛さんが僕以外の人に『ご主人様』って言うのは、ちょっと、というかすごく嫌かな」
恥ずかしそうに、頬を掻くオタク君。
「あー、私も浩一君以外にご主人様って言うのは嫌かも」
メイド喫茶でメイドをやれば、客をご主人様と言わなければならない。
冷静に考えれば、オタク君以外をご主人様と呼ぶのは抵抗がある優愛。
隙あらばバカップルである。
「そうでござるな。拙者もご主人様がそういうならメイド喫茶は却下で良いと思うでござる」
「確かにご主人様が優愛に『僕以外ご主人様と呼ぶな』というならメイド喫茶はダメだな」
「ご主人様って結構独占欲強いんだね」
オタク君、浩一君弄りの次はご主人様弄りである。
聞き耳を立てていたクラスメイトも何人か加わり、クラスのご主人様と化したオタク君。
そんなご主人様たちから少し離れた場所で、賢者タイムになったエンジンが、詩音の横でボソッと呟く。
「某も、詩音氏が某以外に『ご主人様』って呼ぶのは、嫌ですぞ」
「心配しなくても、エンジン以外にご主人様って呼ばないから安心して。ご・しゅ・じ・ん・さ・ま」
こちらも隙あらばバカップルであった。
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