優愛ルート 5

 優愛の父に促され、居間にあるテーブルに、優愛の父、その隣に優愛の母。そしてオタク君と優愛が優愛の両親と対面になり腰をかける。

 先ほどまでハイテンションだった優愛も、無言で真顔になってる両親を見て流石に気付く。あっ、これやばいヤツだと。

 隣で両親と同じように、無言で真顔になっているオタク君を見て、優愛もそれに倣うように口を閉じる。

 それでも、繋いだ手は離さずに。


「二人とも、いつから付き合っているんだい?」


 重い沈黙の中、優愛の父が口を開く。

 

「三ヶ月前からです」


「そうか……」


 優愛の父に、オタク君が堂々と答える。

 ここで言い淀んだり、日和ってしまえば、自分は優愛の彼氏としての評価は落ちかねない。

 先ほどの優愛に全部任せてしまった汚名を返上をしようと、勇気を振り絞る。

 オタク君が必死に勇気を振り絞っている事は、隣にいる優愛にも、繋いだ手越しに伝わっている。

 小さく震えるオタク君の手、少しでも寄り添えるようにと、優愛はその手に力を込める。


 そんな二人を、優愛の父はまるで値踏みをするようにジロリと見る。

 

(どうしよう。何を喋れば良いか思いつかいないんだけど!?)


 先ほどのオタク君と同じく、優愛の父も混乱していた。

 オタク君と優愛、この二人はもう付き合っているものだと思っていたからである。

 だからこそ、去年の夏にオタク君と優愛を同じ旅館に泊めたのだ。

 

 いつか「実は僕たち、付き合っています」と打ち明けに来てくれるだろう。

 そう考えていた。その時はどう話そうかなど、妻ともよく話していた。

 だが、これはいきなり過ぎである。

 もっとこう、神妙な面持ちで「お話があります」みたいに来ると思っていた。

 それがどうだ。いきなり手を繋いで名前呼びで付き合ってまーすである。

 そのノリは想定してなかったせいで、優愛の父は現在頭の中が真っ白になっている。


 隣に座る妻に目線を送る優愛の父。

 ニッコリと笑顔で頷き返す優愛の母。あなたにお任せしますである。またの名を丸投げともいう。


 腕を組み、優愛の父はじっとオタク君を見る。

 委縮しそうな自分を、必死に堪えるオタク君。


(ここは定番のお前のような奴に娘はやれんか?)


 娘がいる父親の人生で言ってみたいセリフランキングがあれば、確実に上位に入るセリフだろう。

 だがしかしと優愛の父は考える。


 この辺りでは上位の進学校に通っており成績は問題なし。

 自分たちが家にいないが多く、料理が出来ない娘のために、彼は時折料理を作りに来てくれている。

 娘の友達がいじめにあった時に、問題解決のために率先して力を貸してくれたという話も聞いているので、正義感はある。

 そして、頭でっかちではなく、ちゃんと体を鍛えており、もしもトラブルになり、腕力でしか解決できないような状況になったとしても、彼は頼りになるだろう。

 お前のような奴と言うには、あまりに非の打ちどころが見つからない。


「ま、まぁ。良いんじゃないかな?」


 なので、そんな答えしか出せないのだった。

 ネコの子じゃあるまいし、娘さんをください、はいそうですかで済ませる問題じゃない。

 だが、オタク君のスペックを考えると、娘には十分過ぎる、なんなら勿体ないレベルの良い男である。

 ここで自分がでしゃばり、娘との仲がこじれる方が宜しくない。そう考えたのだ。

 将来性もあるので、否定する要素は何もない。


 あと、優愛の父もオタク君が好きなので。 

 

「それより、オタク君、一つ良いかな?」


「は、はい!」


「私の事は、お義父さんと呼んで貰えるかな?」


「んんん?」


 オタク君、思わず呆然である。

 まるで恋する乙女のように「だ、ダメかな?」とはにかむ優愛の父。


「ちょっとお父さん、恥ずかしいからやめてよ! オタク君だって困ってるじゃない!」


「ええい、私は今オタク君と話しているんだ。優愛は黙ってなさい!」


「オタク君、私の事はお義母さんって呼んで貰えるかしら?」


「二人とも、マジやめてよ。恥ずいから!」


 先ほどまで張り詰めていた空気が、針を刺して破裂した風船のようにハジケる。

 優愛も、その両親も、オタク君大しゅき一家なので。 

 オタク君に「お義父さん」「お義母さん」呼びされ、ほっこり顔の優愛の両親。

 そんな二人を見て「もうマジやめてよ……」と顔を赤らめ、付き合ってる事を打ち明けるんじゃなかったと後悔している優愛。

 何はともあれ、優愛の両親に付き合っている報告を無事に済ませたオタク君。


 そして、優愛の両親に報告したのだから、次は当然オタク君の両親に報告である。


「浩一。お前が誰かと付き合う事に口出しするつもりはないが、もう高校三年生。受験だってあるのに」


 小田倉家での報告は、オタク君の父が真面目に話そうとするも、即座にその空気はかき消された。

 オタク君の母による肘打ちで。

 喋っている最中に妻から肘打ちを食らい、言葉の途切れるオタク君の父。

 予想外のオタク君の母の行動に、オタク君も優愛もポカーンと口を開け唖然としている。


「よくやったわこうちゃん。流石、私の息子よ!」


 興奮しながらうんうんと嬉しそうに頷くオタク君の母。それにオタク君の父が反論を試みるが。


「大体、あなたは私を何年待たせたのよ。聞いてよ、この人ったら高校の入学式で急いで曲がり角を曲がった私に偶然ぶつかって、私の胸を触ったからって「男として責任を取る」と言っておきながら七年も待たせたのよ!」


「いやいや、だから責任取ってお前を養うために、こうしてちゃんとした会社に就職してだな」


「待たせすぎでしょ! 私だってこうちゃん達みたいに手を繋いでイチャイチャしたかったのに、あなたったら『そういうのはまだ早い』とか言って全くしてくれなかったじゃない。しかも他の女の子侍らせたりして」


「だから、何度も言うけど、ちゃんと俺はお前一筋だったから! 侍らしてなんかいなかったから!」


 目の前で見せられる両親の痴話げんかと乳繰り話。

 オタク君の隣に座る優愛は、オタク君の母の言葉に全力で頷き、何やらシンパシーを感じているようだ。

 先ほど「流石私の息子」と言ったオタク君の母だが、ちゃんと夫の血も流れている事を優愛の様子を見て理解する。

 色んな意味でやめて欲しいとメンタルにダメージを負ったオタク君。


 思ったのとは違うが、とりあえず無事(?)付き合う事になった報告を済ませ、オタク君と優愛は両親公認となった。

 

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