優愛ルート 4
「浩一君、どうしたの?」
下校時刻が過ぎ、部活動を終えた帰り道。
優愛が隣を歩くオタク君に話しかける。
今日一日、考え込んだり、話していてもどこか心あらずなところがあったからだ。
今も隣を歩くオタク君は、時折手を顎にやり考えている仕草をしていた。
優愛が浩一君呼びを始めたその日、オタク君こと浩一君は考えていた。
もしかして、優愛が名前呼びを始めたのは自分に甲斐性がないからではないかと。
今のオタク君はそこまで甲斐性がないわけではない。なんなら気が利く性格なので、ちょっとした事にも気を配れ、甲斐性がある方である。
とはいえ、優愛と恋人同士になったからといって、自己評価の低さが変わったわけではない。
一度不安に思うと、そこから悪い方悪い方に考えてしまい、段々とマイナス思考に陥ってしまう。
このままでは、自分の甲斐性のなさに優愛が不満を覚え、呆れ果てた結果、破局を迎えてしまうかもしれないとまで考え込んでしまっていた。
今まで十分すぎるほどの鈍感っぷりを見せても、それでも好きでいてくれたのだから、今更甲斐性の一つや二つ、優愛は気にしないだろうが。
どうすれば、優愛の気持ちに応えることが出来るだろうか?
一日考え抜いたオタク君の結論。それは。
「優愛さん」
「ん?」
「今日、優愛さんのご両親って、家にいる日ですよね?」
「そうだけど?」
優愛の両親はゲーム関係の仕事をしている。
なので、時折オタク君が優愛の両親に会った際に、そういった話を聞かせて貰っている事がある。
もしかしたら、オタク君が何か聞きたい事があるのかなと思い、優愛が「それがどうしたの?」と言おうとした時だった。
「今日、優愛さんのご両親にご挨拶しに行きます!」
「ご挨拶???」
「はい。優愛さんとお付き合いさせて貰っているご挨拶です!」
「えっ?」
思わず立ち止まり、目を丸くしてオタク君を見る優愛。
唐突に親に挨拶をしたいと言われ、困惑する優愛だが、なぜオタク君がそんな事を言いだしたのかはなんとなくだが想像ができる。
自分が名前呼びをしたからだろう。それで何かを決意してくれたのかもしれない。
「あっ、やっぱりいきなりは迷惑だったですよね。後日改めてでも全然大丈夫なので」
「ううん。今日で大丈夫だよ!」
優愛が驚いた様子を見て、しまったと思うオタク君。
事前連絡もなく、いきなり今日挨拶しに行きたいと言えば、優愛が驚くのは当然だし、下手をしたら迷惑になりかねない。
自分の浅慮に、そういうところが甲斐性がないっていうんだと自己嫌悪に陥りそうになるオタク君。
だが、優愛は逆に目を輝かせていた。
「えっ、でも」
「良いよ、全然良いよ。挨拶しちゃおうよ! 私たち付き合ってますって!」
何故なら優愛は、言いたかったからである。
両親にも、友達にも、なんなら学校にいる教師にも。
彼、私の彼氏なんですよ。と。
ようは彼氏自慢である。
だが、それは度を越えれば反感を買いやすい。
ちょっとのアピールや自慢なら周りも微笑ましく思うだろうが、行き過ぎればただウザイだけ。
そして、優愛は自分がおしゃべりな事を自覚している。なので、自重していたのだ。
それがオタク君から「ご両親に、彼氏と紹介させてください」と言い出したのだ。
このチャンスを逃さない手はない。
「ほらほら、早く行こう!」
オタク君の気が変わらないうちにと、手を引いて走り出そうとする優愛。
一瞬だけ戸惑いつつも、優愛が良いと言っている。それに嬉しそうに顔をほころばせているのだ。
ならば何も迷う事はない。優愛の手を取り、オタク君も一緒に走り始める。
そして優愛の家まであと少しのところで、オタク君は後悔する。
優愛の父親に向かって「娘さんと付き合っています」というのだ。
冷静に考えれば、怖いに決まっている。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもない、ですよ?」
ここでビビって「やっぱり後日にしませんか?」と言いたいところだが、もしここでビビってやめてしまえば自分は甲斐性なしになってしまうかもしれない。
そういう積み重ねが、きっと恋人たちの破局に繋がっているんだと、必死に自分を鼓舞するオタク君。
それに、もしかしたら唐突に仕事が忙しくなり、優愛の両親は家にいない可能性もある。今までだって何度かそういう事はあった。
だから、今回だって優愛の両親が必ずいるとは限らない。
後ろ向きに前向きな考えのオタク君。甲斐性はどこに行った。
祈る気持ちで優愛の家にたどり着いたオタク君。
もしここに、かの有名なニーチェがいたら、きっとこう言っただろう「神は死んだ」と。
残念だが、こういう日に限って優愛の両親がちゃんといたりするのだ。しかも仕事が早く終わったからと、オタク君と優愛よりも早く帰宅して。
ドアに手をかけ、鍵がかかってない事を確認し、優愛が「ただいま」と元気よく、それはもうとても元気よく帰宅の挨拶をした。
娘のご機嫌な帰宅に、にこやかに「おかえり」と返事をする両親。
幸せそうな仲睦まじい家族の光景を、まるで死刑囚のような表情で見るオタク君。
せめて心の準備をしたかったオタク君だが、無情にもそんな心の準備をする暇さえ与えられず、事態は動いていく。
「今日は浩一君来てるよー」
手を握ったまま、ただいまの挨拶と同じくらいの声量でいう優愛。
一瞬「誰だよ!?」と驚きの表情を見せる優愛の父と母だが、優愛と手を繋いだオタク君の姿を見て「なんだ、オタク君の事か」とほっとした顔で笑みを浮かべる。
「「浩一君!?」」
「あっ、はい!」
別に優愛の両親はオタク君の事を呼んだわけではない。
オタク君のことを名前呼びする娘に驚いただけである。
「ははっ、今日はなんだかカップルみたいだね」
「うん。実は浩一君と付き合う事になったんだ」
オタク君が心の準備どころか、会話の主導権を一切得られないまま勝手に話が進んでいく。
心の中で焦るオタク君。もっとこう段階があるんじゃないかとか、それは自分が伝えるべき事柄ではないかとか、頭は既にパンク状態である。
何か言わねば、そう思い口を開こうとするも。
「えへへ、良いでしょう」
などと、優愛がオタク君と繋いだ手を両親に見せびらかす。
もはや主導権はおろか、流れすら掴めずにいるオタク君。
ねー、と言って笑いかけてくる優愛に、ぎこちない笑顔で返そうとして、オタク君は気づく。
優愛の父が、そして母が真顔になっている事に。
娘の両親の前で手を繋いでイチャイチャしながら「付き合ってまーす」と言うなど、地雷原でタップダンスをするようなものだ。
優愛の両親の反応は、至って当然である。
テンションアゲアゲの優愛はまだ気づかない。両親の不穏な反応に。
ゴゴゴと効果音が出てきそうな両親と、お花畑の背景が出てきそうな優愛に挟まれたオタク君が、両親に挨拶したいなんて言うんじゃなかったと心の底から後悔していたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます