第136話「本当だ。あのキャラって委員長に似てますよね」
「ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
撮影が終わり、お礼を言って頭を下げる二人組の女性に、オタク君もお礼を言ってペコペコと頭を下げる。
写真を撮った女性の連絡先や、SNSでアップする予定の写真をリコと共に問題がないか確認をする。
特に問題がなかったようで、もう一度お礼を言いながら頭を下げ、女性たちと別れた。
「少し、木陰で休憩していきませんか?」
「あぁ、そうだな」
初めてのコスプレ、初めての撮影で緊張していたオタク君とリコ。
その上コスプレの撮影にかこつけて、普段よりもくっついたりしていたために思ったよりも精神的に消耗しているようだ。
リコの場合、衣装がこの時期に着るには暑苦しい物なので、体力的な消耗もあるだろう。
火照ったように顔が赤らみ、額には汗が滲んでいる。
「あっちに休憩出来るところがあるみたいだな」
「あっ、あっちには行かない方が良いと思います」
他のコスプレイヤーたちが集まり、休憩している場所に向かおうとするリコをオタク君が止める。
休憩所ではないが、それなりに広く、屋台で飲み物などを買えるので何も問題ないように見える。
「何かあるのか?」
「あそこは人が多いので、熱気でここにいるのと変わらないですよ」
「そうか、そういえばそうだな」
「それに、また撮影とか頼まれるかもしれないですし」
実際にオタク君たちが見ている前で、休憩をしていたコスプレイヤーが声をかけられ撮影をされている。
撮影が始まると他の人もカメラを持ち並び始める。これでは休憩にならない。
例え自分たちが頼まれなかったとしても、他の人の撮影が始まれば人口密度が増え余計に暑苦しくなるだろう。
「こっちに行きましょう」
リコがどうしようかという前に、先を歩くオタク君。見事なエスコートである。
商店街から横道に出ると、お祭り会場とは道が一本違うだけなのに、まるで別世界のような誰もいない路地裏。
オタク君はそんな路地裏をスイスイと歩くと、建物の影にある自販機までたどり着く。地元民ならではの裏道である。
「いやぁ、疲れましたね」
「そうだな……でも、楽しかったな」
「はい!」
オタク君とリコは自販機でジュースを買うと、コスプレで写真を撮られた事を楽しそうに話し始める。
スマホを取り出し、先ほど頼んで撮ってもらった写真を見て、お互いに感想を言い合う。
これは上手く取れている、ポーズがちょっと変じゃないかなど、一枚ごとに大はしゃぎである。
自分の写真ではなく、相手の写真に対しお互い感想を言い合うあたり、まだ照れが残っているのだろう。
「えっと……これは」
お互いのスマホの写真を見せあってる最中に、一枚の写真を見て言葉に詰まるオタク君。
オタク君の言葉を詰まらせたのは、リコのちょっとだけ際どい写真である。
ヴァンパイアちゃんのポーズの中でスカートを摘まんであげるポーズがあるのだが、太ももが見えそうな程に摘まみ上げているのだ。
原作通りではあるが、こうして実際にやってみると思った以上に際どい。スカートの中身が見えそう的な意味で。
写真を撮っていた相手が女性だったから、それにスカートの下に一応ショートパンツを穿いているから、なのでリコも少し気が緩んでいたのだろう。
「ちょっ、小田倉……」
リコが見るなという前に、オタク君は即座にスライドをして、何も見てませんよアピールの苦笑い。
スケベな目で見られるのは恥ずかしいから嫌だが、見てもらいたい気持ちもあるリコ。恋する乙女の複雑な恋心である。
先ほどまでは、興奮しながら和気あいあいな感じで写真を見ていたというのに、何か遠慮するようにオタク君もリコも会話が減っている。
テンションが下がったまま、写真を見終わり、二人は飲み終えたペットボトルを自販機の隣に備え付けられたゴミ箱へ捨てる。
「お祭り見に戻りましょうか?」
「あぁ……」
少しだけ気まずい空気を払しょくしようと、そう提案するオタク君。
リコもその意見には賛成である。賛成であるが。
「その前に小田倉、ちょっと良いか?」
「はい?」
「ちょっと
しゃがんだオタク君は、リコと目線が合う位置だ。
そんなオタク君に、そっとリコが顔を近づける。
まさか、こんなところでリコがキスをしてくるのかと身構えるオタク君。
コスプレの中には、コスプレしたキャラ同士でキスをしたりと大胆な写真を撮ってる人もいるのをオタク君は知っている。
なので、リコはコスプレの一環としてキスをしようとしているのではないか。
ゴクリと生唾を飲み、日陰でどちらかと言えば涼しい場所だというのに、オタク君は汗が吹き出し始めていた。
オタク君の顔に、そっとリコが手をかける。
「ど、どうだ」
リコはオタク君のメガネを装着した。
メガネを装着したリコにどうだと言われても、どう反応すれば良いかわからないオタク君。
そもそも、なぜリコがいきなりオタク君のメガネをかけようとしたのか?
原因はやっぱりオタク君である。
先ほど写真を撮られている際に、自分なんかで良いのかと少々ネガ気味だったオタク君。
そんなオタク君が発した一言が引き金である。
「メガネとかかけてますけど、大丈夫ですか?」
そう、堕天使はメガネをかけていない。
しかし近眼のオタク君はメガネを外すことは出来ない。
コスプレの為にコンタクトレンズという手もあるが、コンタクトレンズは学生にはやや高い。
使い捨てを使うにしても、医者に相談してからになる。
それと、オタク君は目にレンズを入れるのは怖いので、準備が出来たとしても無理だっただろう。
なので、メガネをかけざる得なかった。
そんなオタク君の発言に、女性はやや興奮しながらこう答えたのだ。
「メガネ良いじゃん! エロい感じがするし!」
「えっ、まぁ確かにエロい感じはしますが」
オタク反応に思わずオタク君もオタク反応で返してしまった。
オタク君や、周りの参加者も大体がその意見に心の中で頷いていた。
(メガネがエロい?)
だが、ややオタク寄りだがオタクではないリコには、理解が出来なかった。
理解は出来ないが、まぁそういうものなのだろうと、その場はやり過ごした。
その場はやり過ごしたが、先ほどの際どい写真を見た時あとに、なんとかもう一度際どい写真を見せたいなと考えたリコ。
当然、そんな写真を何枚も取っているわけがなかった。
エッチなポーズをするのは恥ずかしい。が、ちょっとえっちな自分をオタク君に見せたい。
そんな彼女が出した結論は、メガネをかけるだった。
オタク君、ラッキースケベである。
「えっと……ぼやけててちょっと見えないですね」
そんなせっかくのラッキースケベなのに、メガネを取られているせいで見えないオタク君。
「そうか……」
勇気を振り絞ったというのに、残念な結果に少しだけしょんぼりしたリコ。
オタク君は気の利く性格なので、リコの表情が見えなくてもそれくらいは理解が出来る。
「そうだ。リコさん写真撮っても良いですか?」
「しゃ、写真ッ!?」
「ダメですか? メガネをかけたリコさん見てみたいので」
「お、小田倉がどうしてもっていうなら良いけどさ……」
最期の方はごにょごにょした感じで聞き取れない声のリコに対し、オタク君ははっきりした声で「どうしてもです」と答える。
それならと口ごもりながら、ポーズを決めるリコ。
どんなポーズをすれば良いのか分からず、とりあえず両手をメガネのフレームにかける。
(そういえば、前にめちゃ美に勉強教える時にメガネかけさせたのは、優愛や委員長に色気で対抗するためだったのか?)
オタク君にメガネをかけるように言われた時は何も疑問に持たなかったが、こうしてみると恥ずかしく感じるリコ。
そのせいだろうか。オタク君が撮った写真には、上目遣いで、顔を赤らめ、少しだけムッとした感じのリコが可愛く撮れていた。
「表情、凄いですね!」
「ま、まぁな!」
なぜリコが急に自分のメガネをかけたいと言い出したのか分からないオタク君だが、真に迫るその写真を見て納得する。
おそらく今日のコスプレの為にリコは相当練習したのだろう。せっかく練習したのだから、見せたいと思うのは当然である。
オタク君も優愛やリコに頼まれて、頑張って作った物は早く見せたいと思うので。
だからリコは、見てもらうためにメガネをかけたのだなと。
間違っていないが間違いである。
「ヴァンパイアちゃんって、普段は上から目線のメスガキキャラなので、こういう表情するのって、良いですよね」
「お、おう。練習したからな」
あまりに迫真の演技に、オタク君、べた褒めである。
目的とは違うものの、褒められたので上機嫌のリコ。
「その、可愛かったかな」
「はい、勿論ですよ!」
「「……」」
勢い余って聞いてしまったリコ。
勢い余って応えてしまったオタク君。
せっかく良い雰囲気になったというのに、台無しである。
「お祭り、見に戻ろうか……」
「はい……」
休憩するために日陰のある場所を選んだというのに、逆に疲れてしまったオタク君とリコ。
もっとも、リコには十分すぎる収穫があっただろうが。
横道から商店街に戻ると、先ほどの田舎の空気はどこへやら。なんならさっきよりも人が増えている。
気恥ずかしさをお互い隠すように、少しだけテンションを上げて屋台で買い食いをしたり、コスプレを見て周る。
「あれって戦コレの新キャラ『カルロ・アルマート』じゃね?」
「本当だ。あのキャラって委員長に似てますよね」
「やっぱり小田倉もそう思った?」
戦車コレクション。通称戦コレ。
歴史上の戦車の擬人化『戦娘』で部隊を編成し、相手の戦車部隊を撃破していくゲームである。
オタク君とリコの話題に上がった『カルロ・アルマート』はつい先日戦コレで実装された新しいキャラ。
ド派手なピンク頭に、ドリルのようなツインテールが特徴のキャラである。
そんなカルロ・アルマートのコスプレをしている女性は、カメラを持った人たちに囲まれていた。
まだ発表されて一週間も経っていないキャラのコスプレなのだから、人が集まるのは当然と言えば当然なのだろう。
かというオタク君たちも、興味津々であった。委員長に似たキャラなので。
「ちょっとだけ見て行きませんか?」
「そうだな。ついでに写真撮れたら撮っておきたいかな」
意見は一致し、カルロ・アルマートのコスプレした女性に近づくにつれ、オタク君たちは様子がおかしい事に気付く。
「すみません。目線貰えますか?」
「あの、ポーズお願いしたいんですけど」
カメラを持った人たちが声をかけるが、カルロ・アルマートのコスプレした女性は困ったようにオロオロしている。
オロオロしながら、助けを求めるようにキョロキョロとツインテールを揺らしながら辺りを見回す女生。
そんな辺りを見回してる女性の顔にオタク君とリコは見覚えがあった。
「なぁ……あれってもしかしなくても委員長じゃね?」
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