第135話「カプッとして眷属にしちゃうゾ」
声をかけたのは一眼レフカメラを持った、オタク君より少し年上そうな女性二人組。
「えっと……」
対して言葉が詰まるオタク君。自分が撮られる側になるなどと思っていなかったので。
相変わらずの自己評価の低さである。
オタク君の反応に、表情を曇らせる女性二人。
「すみません。迷惑でしたか」
「いえ、初めてなのでちょっと驚いてしまいまして」
そう言って、オタク君は愛想笑いを浮かべながら頬をポリポリと掻く仕草を見せる。
「あっ、私死んだわ」
「「えっ?」」
オタク君とリコの「えっ?」が綺麗にハモる。
突然死んだわと言われれば、困惑するのは当然であるが。
困惑しているオタク君とリコをよそに、女性二人は会話を続ける。
「今の死ぬでしょ!?」
「死ぬね」
「ってか今のでいくら払えば良い?」
「とりあえず財布にある札適当に渡しておけば良いんじゃない?」
「確かに!」
オタク君たちの前でポンポンと会話が繰り広げられ、女性が自分の財布に手をかけたところでオタク君は気づく。
この人は
「いえいえ、無料ですから!」
言ってから「無料ってなんだよ!」と心の中で自分に突っ込むオタク君。
「えっ、基本無料という事は、追加課金という事ですよね?」
なおも食い下がる女性。
推しが尊すぎて、とりあえず課金をしようとしてしまう。
オタクあるあるであ……る?
まぁ、どっちにしろ、初対面の人間にいきなりお札を渡そうとするのは宜しくない。
たまたま見ていた同じ趣味の方々も、女性の気持ちは理解出来るがドン引きである。
オタク君の説得のかいあって、財布に手をかけた女性も、少し冷静になったようで、ようやく財布をしまった。
興奮して話が通じなくても、推しのいう事は聞ける。推す者の鏡である。
「ヤバかったわ堕天使様にあんな表情されたら死ぬでしょってかさっきの表情で撮らせてもらって良いですか!?」
どうやらまだ冷静ではないようだ。
鼻息を荒くし、オタク特有の早口言葉でオタク君に詰め寄っている。
「はい、わかりました」
先ほどと同じように愛想笑いを浮かべ、女性のオーダーをこなすオタク君。
あまりに自然なその表情、見事である。まぁ本気で困ってるだけなのだが。
「本当に、僕なんかで良かったのですか?」
何枚か撮られながら、オタク君がぽつりとつぶやく。
「私が撮りたいからお願いしたんだし、もっと胸張りなよ」
女性はそう言って笑うが、やはりオタク君の表情は晴れない。
オタク君自身の自己評価が低いのもあるが、キャラのイメージと合わないというのもあるのだろう。
堕天使は、まるで周りを挑発するように余裕に満ちた表情を崩さないキャラだ。
対してオタク君は、いっぱいいっぱいである。
堕天使は困ったような愛想笑いなどしない。なので、もしかしたら自分がイメージを壊してるかもしれない。
カメラを持った女性が褒めてくれても、やはり不安は拭えないオタク君。
ちらりとリコを見る。
もう一人の女性にカメラを向けられ、余裕、というよりややドヤ顔の表情でポーズを決めている。
一部から「メスガキ」と呼ばれるヴァンパイアにピッタリのポーズと表情である。
そんなリコを撮ろうと、他にも人が集まってくるのが見える。
完璧にキャラのイメージに合わせているリコ。
それを見て、自分も頑張らねばと思えば思うほど焦っていく。
(あぁ、なるほどね)
オタク君の様子に、女性は何かに気づいたようだ。
「ほらほら、せっかく二人で来てるのに、なんで別々で撮られてるのさ」
女性はオタク君の手を引き、リコの隣に立たせる。
(そうだよね。せっかく”恋人”とコスプレして来たんだから、一緒に撮られたいよね)
オタク君がチラチラとリコの事を気にしているので、一緒に写りたいのだろう。
もしくは、恋人が気になって仕方がないのかもしれない。
なので気を利かせ、リコの隣に立たせたのだ。完璧な勘違いである。
「ま、まぁ小田倉がどうしても一緒にって言うなら、アタシは構わないけど」
「えっと、それじゃあどうしてもで」
そう言って、少しだけ照れるオタク君とリコ。
今日のコスプレの為に、日頃から表情やポーズの練習を鏡の前でしてきたリコ。
「カプッとして眷属にしちゃうゾ」
コスプレキャラであるヴァンパイアちゃんのお決まりのセリフと共に、抱き着くようにオタク君にくっ付くリコ。
先ほどまで一人で撮られている時は、練習のかいあってか、ポーズも表情も無難にこなしていた。
だが、どれだけ心の準備をしていても、好きな人が相手ではそんなものは役に立たない。
抱き着かれたオタク君はともかく、リコまでギクシャクした感じである。
だが、カメラを持った女性たちは心の中でガッツポーズを決める。
彼女たちは、今までにコスプレの写真をたくさん撮ってきた。
だが、ここまで甘酸っぱいコスプレにはそう出会えるものではない。
少しだけぎこちない表情のオタク君とリコ。二人の心はフィルター越しでも伝わっていた。
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