第134話「すみません。写真撮らせてもらって良いですか?」

 七月ももう終わろうかという時期。

 オタク君の地元では七月の終わりに七夕祭がある。

 それは日本でも三本指に入る程の大きなお祭りである。

 ただでさえ大きなお祭りだというのに、それだけではない。

 商店街から神社までを、コスプレOKにしたお祭りになっているのだ。


 普段は田舎じみた場所だが、この時期だけはお祭りを見ようと、コスプレ参加者を見ようと、どっちも楽しもうと人が沢山来るのだ。

 そんなお祭り会場に、オタク君はリコと来ていた。

 去年一緒に約束した、コスプレ参加をするために。


「凄い熱気だな」


「凄い熱気ですね」


 真夏の炎天下、そしてごった返すような人混み。

 道端に備え付けられた大きな温度計は35℃と表示されている。

 これだけ人が密集しているのだから、実際は40℃を超えているだろう。

 熱気のせいか、人混みに目を向ければ蜃気楼のような揺らぎが見える程だ。


「とりあえず、着替えましょうか」


「そうだな」


 更衣室はお祭り会場から少し離れたビルに用意されている。

 ここはかつての市長が、コスプレによる町興しのためにと手を回した場所の一つ。

 わざわざコスプレ参加者のために、市が更衣室として用意した場所である。

 とはいえ、使用する際は事前に予約が必要で、使用料が千円と学生の財布にはやや厳しい。

 安くはない金額を支払い、オタク君とリコはそれぞれ更衣室へ向かって行く。 


 そして数十分後。

 ビルの入り口に立つリコの姿があった。

 可愛らしいひらひらした白いブラウスに、ゴシック調の黒いスカート。  

 頭には悪魔の羽を模したカチューシャを付けた、空に浮かぶ島を空を飛ぶ戦車に乗って冒険する大人気ゲームに出てくるドラキュラをモチーフにしたキャラのコスプレをしている。

 そう、リコが選んだのは去年のハロウィンでコスプレした『キミをカプっとして眷属にしちゃうゾ』が口癖の、人気キャラである。

 ちなみに写真を撮るために、首からカメラを引っ提げている。

 

 去年はありあわせの物でそれっぽく作った感じであったが、今回はちゃんとキャラの衣装を見ながらオタク君と一緒に作った物である。

 夏なので、半そでの夏仕様の衣装にしているのだが、全体の布面積は減ったが、代わりに黒を基調にしていたり、ボリュームのあるスカートだったりと見た目から既に暑苦しい。

 見た目にたがわず、暑苦しいのかリコの額には既に汗が滲んでいる。

 オタク君を待つ間、スマホで時間を確認したりしながらキョロキョロと辺りを見渡すリコ。

 

「冷房の利いてる室内にいても、流石に暑いな」


 汗をぬぐい、ぽつりとつぶやく。

 着る前から、なんなら選ぶ前から暑いと分かりきっている衣装を、リコは何故選んだのか?

 オタク君と初めてキスをしたのが、このキャラの衣装だったからだ。

 好きな人とファーストキスをした衣装で、好きな人とお祭りを周りたい。

 実にいじらしい乙女心である。

 小田倉のヤツ遅いなとブツブツと独り言のように文句を言いながら、何度も鏡を見ては前髪が乱れてないか弄っての繰り返す。

  

「リコさん? お待たせしました」


「うわぁ……お、小田倉か、遅かったな」 


 事前にどのコスプレをするか、なんなら衣装も知っていたが、近づくまで本人か分からず、至近距離に来てやっと声をかけたオタク君。

 オタク君への愚痴を言いながら必死に前髪と格闘していたところで突然目の前に現れたのだから、リコが驚くのも仕方がない。


「すみません、遅くなって」


「い、いや気にすんな。アタシも今来たところだ」


 まるでデートに遅れてきたカップルのようなやりとりである。

 リコはもう一度鏡で前髪をチェックしてから、オタク君に向き直る。

 

「小田倉、だよな?」


「そうですよ。やっぱり変ですよね」


「いや、変じゃねぇけど、かなり変わったなと思ってさ」


 困り顔で頬をポリポリと掻くオタク君。

 リコが驚くのも無理はない。

 今回オタク君がしたコスプレは、リコのコスプレしたキャラと同じゲームに出てくる堕天使をモチーフにしたキャラである。

 口から出る発言は性的かつ下品で、ニヤニヤとした笑みと、ナルシスト全開のような露出が高い羽のついたジャケットを素肌の上に着ているのが特徴のキャラ。


 元々は、コスプレするならモブキャラやネタキャラに走ろうとしていたオタク君。

 だが、リコとしてはやるならオタク君とちゃんとしたコスプレを一緒にしたい。

 なおもネタキャラを選ぼうとするオタク君に「もういいから、このキャラをやれ」というリコの一言で堕天使のコスプレをする事になった。

 露出が多いから暑くなく、作りやすいという理由で渋々了承したオタク君。渋々といいつつも実際は厨二病が疼いたからだが。

 そんなオタク君のコスプレは、普段から培ったヘアセットにメイクに衣装作成技術により、驚くほどの完成度になっていた。オタク技術の集大成である。


「なんていうか、恥ずかしいですね」


「そんなのはアタシもなんだからお互い様だろ。ほらいくぞ」


 前を歩くリコが、ビルの自動ドアから外へ出ていく。

 その後ろを追いかけるように、オタク君が後をついて行く。

 商店街に入ると、沢山の人がそれぞれお祭りを楽しんでいた。

 そこかしこに七夕の飾り付けがされており、通路には沢山の屋台が立ち並んでいる。

 少し開けた場所ではコスプレイヤーが写真を撮ったりしている様子が見える。


 まずは一枚と写真を撮るリコ。

 屋台で買い食いをしようか、それともコスプレの写真を撮ろうか。

 いやいや、一通り見て回るのも悪くない。

 楽しみ過ぎて、何から手をつけようかと頭の中でやりたい事ばかり浮かんでくる。

 とはいえ、オタク君とリコが立ち止まっていたのは数秒にも満たない時間である。

 

「すみません。写真撮らせてもらって良いですか?」


 その数秒にも満たない時間で、オタク君たちは既に声をかけられていた。撮られる側として。

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