第137話「これ、普段着」
「委員長、どうしたんですか?」
流石に様子がおかしいので声をかけるオタク君。
声をかけられた委員長はフリーズである。
言ってから、オタク君はしまったと思った。
堕天使のコスプレをメイクまでバッチリ決めているのだから、そうそうわかるはずがない。
「もしかして、その声とメガネ……小田倉君?」
だというのに、委員長はこの堕天使がオタク君だと気づいたのだ。
声はともかく、メガネの形まで覚えているのは愛が重すぎる気がするが。
「あっ、はい」
「そっちは、姫野さんかな?」
「あぁ、そうだよ」
珍しく目を丸くする委員長。
首をカクンと傾げながら、オタク君とリコを交互に見る。
「えっと、小田倉君は堕天使のコスプレかな? ワイルドになったね」
「えっ、あっ、ありがとうございます」
オタク君、委員長に褒められてちょっと嬉しそうである。
そんなデレデレしたオタク君に、ムッとなるリコ。
「小田倉も委員長も、雑談よりまずは列の整理した方が良いんじゃないか?」
「列の整理?」
首を今度は反対方向へカクンと傾げる委員長。
「えっと、今カメラ持ってる人達は、委員長のコスプレ写真を撮りたい人たちで」
「コスプレ? 私が?」
「はい、委員長のですけど」
オタク君の言葉に、またもや首をカクンと傾げる委員長。
頭には「?」マークが浮かんでいる。
そう、もうお分かりだろう。委員長はコスプレなどしていないのだ。
ただの普段着である。
いつもの地雷系メイクとドピンクツインテール頭が、たまたま戦コレの新キャラに似ていただけなのだ。
服装もフリルのブラウスにショートスカート丈のワンピースと、オタク君の好み(と委員長が勘違いしているだけ)の地雷系にしているだけである。
「これ、普段着」
「そういえば、そうでしたね」
周りはコスプレイヤーだらけ、なので誰もが委員長を戦コレの「カルロ・アルマート」の私服をイメージしたコスプレだと思ってしまったのだ。
なんならオタク君とリコも、委員長が普段着と言うまでそう思ってしまっていたくらいだ。
完全に解釈違い、いや、勘違いである。
「すみません、撮影はダメって事ですか?」
オタク君たちの会話にしびれを切らしたカメラを持った男性が、声をかけた。
会話内容を聞く限りでは、撮影できる可能性は絶望的である。
だが、目の前にいる地雷系の少女は顔が良くて、戦コレのキャラに似ている。
十分に撮影するに値するのだ。なので、オタク君たちの会話の間も撤収する事なく、カメラ片手に待ち続けていた。
とはいえ、委員長はただ普段着で来ていただけ。いきなり撮影と言われても困惑気味である。
その様子を見て、オタク君が代わりに断ろうとした時だった。
「小田倉君は、姫野さんと一緒に撮ってたの?」
「あっ、はい。同じ作品の合わせで」
「……じゃあ、私も一緒に撮る」
「えっ」
何が「じゃあ」なのかサッパリのオタク君。
よく分からないが、委員長が撮影にノリノリなのだけは理解した。
そしてそれはカメラを構えた人たちも同じようで、何かを言われる前に自ら列を形成していた。
「僕と委員長は作品違うけど良いのかな?」
困り顔で呟くオタク君に、カメラを持った人たちが「戦車合わせですね!」と声を揃える。
オタク君がコスプレしたキャラの作品も、委員長がコスプレした(コスプレではない)キャラの作品も、戦車が題材に使われている。
なので、この場合はオタク君と委員長のコスプレは他作品ではあるが、戦車という共通点がある作品同士での合わせになる。
「このキャラって、どんな感じのポーズするの?」
「その……ちょっとぼーっとした感じで立ったりです」
「?」
「あっ、そうそうそんな感じです」
委員長のポーズにオタク君が満足そうに頷く。
実際はポーズでなく、どんな感じか分からず困っているだけなのだが。
それぞれ指定を貰いながらポーズを取ったりするオタク君と委員長。
中にはローアングルで撮ろうとする者もいるが、以前出会ったようなしつこい人は居ない。
言えば「すみません」と言って引き下がる。しつこい人間は稀なので。
ローアングルや、きわどいポーズはないが、オタク君と委員長がくっつくような構図で撮りたがる人はそこそこいた。
ちょっとだけ恥ずかしそうにするオタク君に対し、委員長はグイグイと来ている。
オタク君の胸元に、委員長が頭を置くと「おー」と歓声が沸く。
そして、そんな様子を見れば、リコがヤキモチを焼くのも当然である。
(……ここでアタシも混ざっちゃダメかな)
もしこれがオタク君と委員長だけでやっているのなら、リコは構わず間に入っただろう。
しかし撮影している中に割り込む度胸はない。
なので、チラチラとオタク君を見て入りたいオーラを出すリコ。
しかし、オタク君は慣れないコスプレ撮影と、グイグイ来る委員長にたじたじで全く気付いていない。
「えっと、良ければヴァンパイアちゃんの方も一緒に良いですか?」
なので、代わりにカメラを持った男性が気を利かせた。
リコのアタシも混ぜろオーラが傍目から分かるくらいに強くなっていたので。
気づいていないのはオタク君と委員長くらいである。
なんならリコ本人もそこまでオーラを出していた事に気付いていない。
「アタシも入って良いのか?」
「はい。出来ればお願いします」
まぁ、写真を撮る側からすればコスプレした美少女が増えるのはウェルカムなので都合が良い。
お願いしますと言われ、にやけそうになる顔を必死に抑え、しょうがないなと言いたげな表情にしながら、オタク君の隣に立つリコ。
右手側に委員長、左手側にリコ。オタク君両手に花である。
「ま、まぁ頼まれたから仕方ないよな」
「そうですね」
仕方がないという割には距離が近い気がするのは、きっとオタク君の気のせいだろう。
対抗するように委員長が更に近づいたのも、きっとオタク君の気のせいだろう。
オタク君が鈍感なのは気のせいではない。
コスプレ美少女に囲まれ、自分なんかが居ても良いのかとちょっとだけ居心地の悪いオタク君。
安心して欲しい。
確かにカメラを持った男性たちは、コスプレした美少女が好きだ。好きだから撮っている。
(この堕天使の人。メイクや衣装だけじゃなく、腹筋が綺麗に割れてて……目が合った……ダメだ……しゅき!!)
そして、コスプレした美少女と同じくらい、コスプレしたイケメンも好きなのだ。
先ほどカメラを持った女性と同じように、カメラを持った男性も、オタク君にガチ恋寸前である。
イケメンを前にすれば、男女関係なしに心は乙女になってしまうのだから、仕方がない話である。
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