第60話「そうなんだ、じゃあお兄ちゃんとリコさんも一緒に周ろうよ」
「いや、多すぎだろ」
リコの家の近くに神社に着いたオタク君とリコ。
そこは既に長蛇の列が出来ていた。
少々うんざりしたような顔をしたリコに、オタク君が尋ねる。
「いつもこんなに多いんですか?」
「来た事ないから分からない」
普段は寝正月でだらけるため、初詣にはよっぽどの事が無いと行かないリコ。
なので、ここまで人が多いとは予想していなかったようだ。
リコの家の神社は、古くから伝わる由緒正しき神社で、3種の神器の一つを祀られている事で有名な場所だ。
その他にも樹齢1000年以上の神木や、歴史的に価値がある文化財クラスの物が何千点とあったり、言い出せばキリがない程にネタが絶えない。
神社の周りには出店が立ち並び、近場の駐車場の料金が正月の間は時間数千円天井無しでも満車になるほどの人気である。
多少は知識にあったオタク君とリコだが、これほどまでとは思っていなかったようだ。
まるでコミフェの2回戦のようだなどと思いながら、列を見るオタク君。
「どうします? 他の所に行きます?」
「他の所に行くのも並ぶのも、時間は変わらないんじゃないか?」
「そうですね」
辞めておきましょうか?
そう提案しようとするオタク君だが、リコはずんずんと先に向かって歩いて行く。
「ほら、並ぶよ」
「あっ、はい」
どうやらリコに諦めるという選択肢はないようだ。
リコに遅れて、オタク君が列に並ぶ。
「リコさん。はいコレ」
「あぁ、ありがとう」
オタク君は自販機で買ったホットココアを手渡した。
『1時間待ち』という看板を見て、長丁場により冷える事を見通し、先に行ったリコの為に急いで買って来たのだ。
見事に気の利いた行動、紳士的である。
ホットココアを受け取ったリコ。
「はいよ」
財布から120円を取り出し、オタク君に手渡そうとする。
ホットココア代だ。
「いや、良いですよ」
「ダメだ、ちゃんと受け取れ」
強気に代金を渡され、それじゃあと言いながら受け取るオタク君。
「寒かったし、助かるわ」
少々押しつけがましかったかなと思うオタク君だが、自分用に買って来た分を一口飲んで体が温まるのを感じる。
実際にあるとないとでは段違いだから、きっとこれで良かったのだろうと自分に言い聞かせるオタク君。じゃないとマイナス思考に陥ってしまうので。
オタク君達の後にも、参拝客が次々と押し寄せてくる。流石は大人気神社である。
その中に見知った顔が居た。
「あっ、お兄ちゃん」
オタク君の妹、
どうやらオタク君の妹は、友達2人と一緒に参拝に来ていたようだ。
走ってオタク君の元まで来た希真理に対し、友達2人は少々申し訳なさそうな顔をしている。
「ちょっと、お兄さん彼女と一緒に居るのに邪魔しちゃ悪いよ」
コソコソと話しているようだが、オタク君とリコに丸聞こえである。
そもそもオタク君とリコをチラチラ見ながら言っていれば、聞こえなくても何を言ってるか丸わかりである。
「えっと、希真理のお友達かな? 希真理の兄の浩一です。こっちは友達のリコさん」
なので、恋人同士じゃないですよとアピールしつつ自己紹介をするオタク君。
「あぁ、アタシは小田倉の友達の姫野瑠璃子だ。勘違いしてそうだけど、小田倉とはまだ付き合ったりとかはしてないからな」
まだ付き合ったりとかはしてない。まだ。
そう言いながら、少しだけ気を良くするリコ。
普段は子供扱いされる事が多いが、オタク君と恋人と思われた、つまり大人っぽく思われたという事がちょっとだけ嬉しかったようだ。
付き合ったりという部分で顔を赤らめるリコに対し、希真理の友達2人は「あぁ、コイツ希真理の兄に惚れてるな」と薄々感づいた。
気づいていないのは、オタク君と妹の希真理くらいである。血は争えないようだ。
「んっ? リコさん顔赤くないですか?」
恋心には気づかないくせに、そういう所にはめざとい希真理。そんなとこもオタク君にそっくりである。
「あぁ、小田倉の買って来てくれたホットココア飲んでるからかな? 寒い時に飲むと温まるしな」
リコ、言い訳が苦しい。希真理の友達2人も流石に苦笑いである。
だが、そんな言い訳の苦しさに気づかない希真理とオタク君は、フーンと言いながら聞き流した。
「あの、私希真理ちゃんの友達の
唐突にオタク君に自己紹介を始める希真理の友達。先ほど希真理にコソコソと話していた女の子だ。
ゆっくりな言葉使いから、緩いイメージを受ける。
どうやらリコの苦しい言い訳をうやむやにするための、フォローとして自己紹介をしたようだ。気遣いの出来る人間である。
肝心のオタク君はというと、苦しい言い訳に気づいて居ないようだが。
リコの言い訳よりも、妹の友達の苗字が気になったオタク君。
「池安って、もしかして」
「はい、兄がいつもお世話になっています」
オタク君のクラスメイトである池安の妹のようだ。
頭を下げる薙に対し、こちらこそと言って頭を下げるオタク君。
「私は
こちらはハキハキと喋りと優愛ほどではないにしろギャルのような格好をしていて、薙とは正反対のイメージを受ける。
やや釣り目がちなせいで、勝気な性格のように見える。
玲は名乗った後に、オタク君に手を差し出した。
握手をしようという事らしい。
差し出された手を見て、オタク君はちょっとキョドった。
これだけ散々ギャル達に絡まれていながら、いまだに女の子に苦手意識を持っているからである。
一瞬戸惑いながらも、差し出された手を握り返すオタク君。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
握手をした際に、女の子の手の柔らかさにちょっとだけドキドキするオタク君。
そんな向井とオタク君の様子を、気に入らないと言わんばかりに見る希真理。
リコも半眼になってオタク君を見ている。
場の空気を変えようと、話題を変える事を試みる薙。
「お、お兄さん達はここにはよく来るんですか? 実は私達初めてなんですよ」
「あぁ、実は僕達も初めてなんですよ」
このままどこに行くか聞きだし、自分たちはあえて別の場所を行く事にして別れようとする薙の気遣い作戦。
だが、希真理の一言でぶっ壊れたようだ。
「そうなんだ、じゃあお兄ちゃんとリコさんも一緒に周ろうよ」
希真理の言葉に、向井も同意する。
「それ良いですね。お兄さん達が迷惑じゃ無ければどうですか?」
断れない雰囲気になり、ため息を吐く薙。苦労人である。
オタク君とリコが断ることが出来るわけも無く、オタク君の妹たちと行動を共にするのだった。
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