第59話「んっ、おたくらか……」
「るりこ~、いつまで寝てんの? お友達が来るんでしょ?」
年が明けた1月2日
朝から姫野家に女性の声が響き渡る。
声の主はリコの母親である。
「う……んっ」
今日は友達と初詣に行くと言っていたのに、いつまでも起きて来ない娘を心配し声をかけているようだ。
肝心の娘、リコはというとよく分からない声で返事のようなものをしている。いわゆる寝ぼけているという状態である。
布団の中でパジャマ姿で丸まくなり、完全に正月ボケをしていた。
「ほら、お友達来たわよ!」
「わか……った」
分かったと言いつつも、リコは布団から出ようともせずむにゃむにゃとしている。
ガチャリという音と共に、母親が誰かと会話しているようだが、気にも留めずそのまま寝続けるリコ。
「ママ町内会に行って来るから! 出かけるならちゃんと鍵を閉めて行くのよ!」
そういうと、母親はまた誰かと挨拶をして出て行った。
少ししてから、リコの部屋のドアがノックされる音がする。
母親が何か忘れ物をして戻って来たのだろうと、眠い頭はそう判断した。
「うん……いいよぉ」
寝ぼけながら返事をするリコ。
この時、寝ぼけている彼女は気づいて居なかった。母親はわざわざノックなどするような人間でないという事を。
そもそも、忘れ物をしたからといってリコの部屋に来るわけもないという事を。
ガチャリとドアが開かれる。
「なぁに、ままぁ?」
「えっと……おはようございます」
「んっ、おたくらか……」
挨拶するオタク君に対し、適当な返事をしてそのまま寝続けるリコ。
オタク君、完全に反応に困ってしまっている。
オタク君がどうするべきか悩み、立ち尽くす事数秒。
唐突に、リコがガバっと上半身を起こした。
「はっ!? 小田倉ッ!?」
驚きのあまり瞳孔が完全に開いている。
口をポカーンと開けて固まっているリコに、オタク君二度目の挨拶をした。
「お邪魔してます」
「えっ、なんで?」
事態を理解出来ていないリコ。
多分まだ寝ぼけているのだろう、そう思いオタク君は用件を話す。
「初詣に行くって約束じゃなかったでしたっけ?」
「えっ?」
だが、それでもリコは何故という表情をし続けるのであった。
そう、それには理由があった。
「優愛が来るんじゃないのか?」
「優愛さんは家族と用事があるので来ませんよ?」
「えっ?」
「えっ?」
優愛がリコに連絡した際、親戚が来るから2日なら行きたいと返事をした。
その際に優愛は「分かった、じゃあ2日で」と返事をしただけだった。
この分かったには、「私は行けないけど、オタク君は行けるらしいから2日にオタク君と一緒に行ってきな」という意味が含まれていたのだ。
当然、エスパーでもないリコにそんな事わかるはずがない。
優愛が来るものと思っていたリコは、思い切り気が抜けていた。
そこにまさかのオタク君登場である。
すっぴんな上に髪の毛は寝ぐせでぼさぼさ。更に母親を「ママ」と甘えた声で呼んでいる所まで見られてしまったのだ。
オタク君に、完全に無防備な姿を晒していた。
状況がいまだ理解出来ないリコだが、初詣に行くためにオタク君が迎えに来た事だけは理解した。
これ以上の失態を見せないために、慌ててベッドから飛び出し、着替えようとパジャマのボタンを外し始める。
「……あっ」
「えっと……」
ハッとしたような顔でオタク君を見るリコ。
オタク君はあえて顔を背けて見ないようにしている。紳士である。
横目でチラチラ見ているが、紳士である。
「小田倉、お前なに見てんだ! 出てけ!」
「す、すみません」
慌ててリコの部屋から出るオタク君。
勝手にリコが着替えだしたというのに理不尽である。
それだけ寝起きのリコの頭が回っていなかったのだろう。
数分後。
洗面所の前で、ちょっとおどおどしたオタク君が、ドライヤーとクシを使ってリコの髪を整えていた。
着替えの終わったリコに「髪の毛、やって」と言われ、思わず「はい」と答えてしまったのだ。
「リコさん少し髪伸びましたね、前の髪型にアレンジ入れてみましょうか?」
「ん、お願い」
不機嫌そうなリコの顔色を窺うようにしていたオタク君だが、ドライヤーをかけてクシでとかしている内に楽しくなってきたのだろう。
気づけば真剣な表情でリコの寝癖を直しながら、髪をセットしている。
「小田倉は、髪長い方が好きか?」
「似合ってる髪型なら長くても短くても良いと思いますよ?」
「そうか、アタシの今の髪型はどうかな?」
「似合ってますよ」
これで仕上げと言いながら、リコの前髪を固定するためにヘアピンを付けるオタク君。
完全に夢中になっており、リコが機嫌を良くして少しだけ笑った事に気付いていない。見事な鈍感である。
「化粧もやってくれるか?」
ニヤケそうになるのを抑えるために仏頂面をするリコ。
そんな表情も気にせず、笑顔で「はい」と答えるオタク君。
「危ないので、どこかで座ってやりましょうか」
「じゃあアタシの部屋でやるか」
洗面所から移動して、リコの部屋に入るオタク君とリコ。
リコが化粧道具を用意して、それを手に取るオタク君。
(そういや、家族以外の男が部屋に入ってくるの初めてだ)
その事に気付くと、唐突に部屋の中が気になり始めるリコ。
変な物は置いてなかったか、散らかってないか。オタク君に変に思われないか気が気じゃない状態である。
「動いたら危ないですよ」
オタク君、きゅっとリコの顎を抑える。
乙女ゲーさながらの行動である。
唐突に顎を抑えられ、無理やり目を合わせられたリコ。
当然顔は真っ赤になっている。
「リコさん、目をつぶって」
「えっ……」
(そ、そういや前に小田倉に、どうしてもキスして欲しいなら構わないって言ったけど、ここでか)
「どうしてもか?」
「はい、どうしてもです」
「分かった」
震えながらぎゅっと目を閉じるリコ。
前にキスした時はどさくさだったから分からなかった。
だが今ならその感覚が良く分かる。まるで目に何か塗られているような感覚である。
「はっ?」
「もう開けて良いですよ」
目に何か塗られているような感覚なのは当然である。
オタク君はアイシャドウを瞼に塗っていたのだから。
完全に自分の勘違いに気付き、更に顔を赤らめていくリコ。
普段ならそのくら分かるのだが、どうやらまだ寝起きの頭は完全に覚醒していないようだ。
「さてと、準備が出来たら行きましょうか?」
「あぁ、上着と財布だけだから大丈夫だよ」
部屋に立てかけてあるコートを着て、財布と鍵と携帯の確認をするリコ。
どうやら準備万端のようだ。
「こっちは準備できたぞ」
「はい、それじゃあ行きましょうか」
玄関の鍵を閉めるリコ。
「寒いな」
家を出た瞬間に、一気に温度が変わる。
吐く息は白く、思わず「寒い」と独り言のように口から出た。
「そうですね。まだ雪は降らないみたいですけど」
「そうか、まぁさっさと初詣済ましてどこかの喫茶店にでも入ろうぜ」
少しだけ寒さに身を縮めながら、2人は神社に向かい歩き出した。
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