第100話「分かる!」
もしめちゃ美がオタク君とリアルで出会わずに過ごしていたなら、辛い毎日でも耐えられていただろう。
だが、自分と同じ立場の人間と思った相手が、少しでも自分より幸せだと思うと、心というのは簡単に壊れてしまうものだ。
誰もが理不尽には耐えられても、不公平には弱いものである。
退学届けを書こう。そう口にすると、めちゃ美は肩が軽くなった気がした。
部屋に引きこもってネトゲーをして、ネット仲間と仲良くやる方が、今よりよっぽど有意義だ。
なんなら今すぐにでも退学届けを書きに行こう。
めちゃ美の瞳に光が戻り始めた、その時だった。
「おっす!」
「うぉひゃわぁああああ!?」
唐突に後ろから声をかけられ驚くめちゃ美。
驚いた拍子に、弁当のおかずがいくつか地面にぶちまけられてしまう。
「あっ、ごめん」
振り向いた先にいたのは、優愛だった。
申し訳なさそうな顔で、落ちたおかずを見ている。
「だ、大丈夫っすよ。自分、食細いっすから!」
あははと愛想笑いを浮かべ、座り直し昼食を再開するめちゃ美。
「隣、良いかな?」
弁当箱を見せ、自分も昼食アピールをする優愛。
「ど、どうぞっす。あっ、何か敷く物いるっすか? ハンカチで良ければ出せるっす」
どもりながらハンカチを取り出すめちゃ美。
ハンカチを広げながら「あぁ、自分今とても気持ち悪い顔と反応をしてるな」と自己嫌悪に陥る。
そんなめちゃ美の反応を気にもせず、いつもの笑顔で「ハンカチが汚れちゃうよ」と言って優愛は隣に座る。
弁当箱を広げ、昼食を取り始める優愛。
そんな優愛の様子を横目で見ながら、めちゃ美も弁当を食べていく。
二人の間に会話はない。プラスチックの箸がプラスチックの容器に当たったカチカチ音だけが鳴り響く。
「オタク君がね」
そんな沈黙を破るように、優愛がめちゃ美を見ないで話し始める。
「昨日めちゃ美ちゃんが元気なかったから、様子を見てきて欲しいって言ってたんだ」
「相方がっすか」
「うん」
めちゃ美が何やらマイナス思考に陥ってる事は、オタク君は昨日の時点で気づいていた。気が利く性格なので。
オタク君が自分が聞きに行っても良いが、ネット上とはいえめちゃ美とはそれなりに付き合いが長い。
なので自分が行っても多分ふざけあってしまうだろうと思い、優愛に頼んだのだ。
優愛ならば初対面の相手でもすぐに仲良くなれるコミュ力があり、なんだかんだ思慮深い性格だからである。
それとめちゃ美が好みのタイプのギャルなので。
優愛の話を聞き、相方にそんな心配までさせて、優愛の時間まで割かせてしまったと更に自己嫌悪に陥るめちゃ美。
オタク君の気遣いが逆効果であった。
「自分、ギャルの友達が欲しかったんすよ」
ここで下手に黙り込めば、余計に優愛の時間を取らせてしまう。
だから、さっさと吐いて優愛を解放してあげよう。それが一番だろう。
ついでに優愛の胸に飛び込んで慰めて貰って、学園の唯一の明るい思い出にしよう。
めちゃ美、陰とちょっと欲望の詰まった考えである。
「分かる!」
めちゃ美の独白が、始まった瞬間に終わらされた。
えっ、今話を聞いてから慰め言葉の一つや二つ言う場面じゃないんすか、といわんばかりに目を丸くするめちゃ美。
そんなめちゃ美の反応など気にもせず、優愛が話を続ける。
「私も入学したばかりの時って、友達がいないからあちこち声かけてたのよ。他のクラスとかも」
「自分もっすけど、話が合わなくてすぐに疎遠になっちゃったっすよ」
「それ私もだわ。仲良く話したつもりが、次の日に話しかけたら『誰お前?』って顔された時はショックだったなぁ」
「えぇ……それでどうしたんすか?」
「ムカついたから毎日話しかけてやった」
「えぇ……」
めちゃ美、優愛の反応に困惑気味である。
「そいつがリコっていう、チビでいつも偉そうでテストの点数でマウント取ってきてそのくせオタク君に頭撫でられたら大人しくなるやつでさぁ」
「えっ、相方リコ先輩の頭撫でてるんすか!?」
「あっ、ヤバッ。これ言ったらダメなヤツだ。私が言ってたって事リコには内緒で」
ハッハッハと高らかに笑い誤魔化そうとする優愛だが、めちゃ美にとっては気になる情報だらけである。
優愛がぼっちだった事や、リコにウザ絡みをしてどうなったか、オタク君が何故リコの頭を撫でているのか。
情報量が多すぎて、めちゃ美の脳内はパンク寸前である。
「それで、話しかけてどうなったんすか?」
「うん。色々あってオタク君の活躍でリコをイジメてた主犯格をやっつけた」
「ん~???」
優愛、話を
色々あったの色々が何か聞きたいのだ。ついでになぜその結果になったのかも。
「色々って、そこのところ詳しくっす!」
めちゃ美、完全に優愛のペースである。
先ほどまでの湿ったムードはどこへやら。
そんなめちゃ美に、優愛が優しい笑顔で微笑みかける。
「それは今度で、今はあっちの話聞いた方が良いんじゃないかな」
優愛が指を差す方向をめちゃ美が見る。
そこには、少しだけ気まずそうな顔でチラチラとめちゃ美を見ている女生徒がいた。
その女生徒にめちゃ美は見覚えがあった。同じクラスの女子である。
女生徒は少しだけおどおどしながら、優愛たちの元へ小走りで近づいてくる。
「あ、あの。下木さん、今良いかな?」
「あっ、はい。なんっすか?」
緊張したようにめちゃ美に話しかける女生徒。
同じように、緊張したように返事をするめちゃ美。
「私もそういう格好したいんだけど、どうすれば良いかな?」
「そういう格好っすか?」
ソウイウカッコウ。めちゃ美には言葉の意味が一瞬分からなかった。
緊張しているからではなく、多分優愛の話で頭をパンクさせられたせいだろう。
めちゃ美は遅れて気づく。このクラスメイトはギャルになりたいのだと。
「自分みたいな感じっすか? それとも優愛先輩みたいな感じっすか?」
「ええっと……」
めちゃ美が少しだけ興奮し、口調が早くなる。
どんな感じが良いかと言われても、女生徒は上手く答えられなかった。
「分かる!」
そこに、優愛が割り込んだ。
「ここってさ、偏差値高いせいで、入るために努力してたらファッションとか疎かになりがちなんだよね」
「そ、そうなんですよ!」
女生徒の返事に「分かる!」とまた優愛が言う。
「じゃあさ、めちゃ美ちゃんにお任せでお願いするとかどう?」
「めちゃ美?」
「あっ、自分のあだ名っす。めちゃ美でも下木でも芹でもどれでも良いっすよ」
「えっと、じゃあ芹さんで」
きゅっと、スカートの裾を抑え、女性が意を決したようにめちゃ美を見る。
その眼力に、ちょっとだけビビるめちゃ美。
「……芹さん、私をギャルにして貰えませんか!」
「自分がっすか?」
「はい!」
めちゃ美は顎に手をやり、考える仕草を取る。
答えを渋っているわけではない、この目の前のクラスメイトをどんなギャルにしようか考えているのだ。
(これはもしや、女の子を自分好みに作り上げる日本最古のエロゲー、源氏物語ってやつっすか)
「あの……」
「やるっす! 自分がギャルにしてあげるっす!」
「本当に!」
そうと決まれば弁当なんて食べている暇じゃない。
さっさと教室に戻り、どんなギャルにするか計画を立てなければ。
そう思い立ち上がろうとするめちゃ美だが、弁当箱をしまおうとした時点で気づく。優愛と昼食中だったことに。
流石に失礼が過ぎる。
だがそんなめちゃ美の態度に腹を立てるどころか、ニコニコと笑いながら「メイクとかに困ったらオタク君が詳しいよ」と答え、食べかけの弁当箱をしまった。
だから、二人の行動は優愛にとって微笑ましい光景でしかなかった。
「すみませんっす。それと分からなかったら相方に聞くっす! 優愛先輩ありがとうございましたっす!」
女生徒の手を取り、自分のクラスへと走っていくめちゃ美。
楽しみのあまり、優愛のあった色々が何か、オタク君が何故メイクが詳しいのかはどうでも良くなっていた。
なんなら退学届けを出そうとしていた事すら、どうでも良くなっていた。
ゆっくりと立ち上がり二人がいなくなったのを見届け、優愛は小走りで教室へと向かって行く。
どうやら気持ちが逸っていたのはめちゃ美たちだけではなかったようだ。
(オタク君、お礼に何でも言う事聞くって言ってくれたから何頼もうかな。へっへっへ)
もし優愛がめちゃ美に話しかけていなければ、めちゃ美はクラスメイトが自分を気にしている事に気付かず退学届けを出してしまっていただろう。
オタク君、ファインプレーである。まぁ……めちゃ美の心を折ったのもオタク君であるが。
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