閑話「ワンチャンスガール(中編)」
「あれ、めちゃ美のそれ」
「フフーン。そう、レバーレスコントローラーっす!」
めちゃ美の取り出したアーケードコントローラーに、少し興奮気味のオタク君。
というのも、めちゃ美が持っているコントローラーは、レバーがない代わりに方向キーに割り当てられたボタンが四つ付いている、いわゆるレバーレスコントローラーだからだ。
慣れるまでは相当の時間を要するが、使いこなすことが出来れば、格闘ゲームにおいてはほぼ最強といわれるコントローラーである。ただし、値段は高い。
プロ御用達のアーケードコントローラーが大体二万円位に対し、レバーレスコントローラーは四万円前後の値段がするのだ。
使いこなせるかどうかわからない代物に四万円は、プロゲーマーでも躊躇う金額。
更に大会のレギュレーション次第では、使用禁止にされたりもしているという噂まで出ている。
故に、日本ではあまり普及はしていない。
「うわぁ、良いな!」
「大会が終わったら使ってみるっすか?」
「えっ良いの!?」
「良いっすよ!」
子供のように目を輝かせるオタク君。まぁまだ高校生なのだから子供といえば子供であるが。
レバーレスコントローラーは試してみたいと思うオタク君だが、試遊できる場所がないので今まで触れずじまいであった。
この後ワールドファイターズ3の大会だというのに、既に大会後の事を考え始めている。
「ところで、相方のアケコンは自作っすか?」
オタク君の取り出したアーケードコントローラーことアケコンは、他の参加者やめちゃ美が持ってるようなアケコンと比べると一回り程サイズが小さい。
「うん。普通に買うと高いからね」
コントローラー一つに二万円は学生身分ではかなり厳しい出費である。
なので、オタク君はアケコンとレバー、ボタンの配置が同じだけの安物を購入し、ゲームセンターで使われているレバーとボタンを通販で購入し自作したのだ。
一回り小さいが、それでも十分な重量感があり、レバーもボタンもプロ御用達の代物と全く一緒。それでいてお値段が五千円。
とてもリーズナブルである。
持ち込んだゲームを取り出し、大会の時間まで対戦を始めたオタク君とめちゃ美。
せっかく周りに他の参加者もいるのだから対戦を挑めばいいのにと思わないでもないが、初見でそれはハードルが高いのだろう。
「トーナメント表決まった見たいっすね!」
店員が店の中央に小さいテーブルを設置し、テーブルの上に一枚の紙が置かれた。
そこには参加者の名前が書かれている。
「相方とは反対のブロックっすね!」
「めちゃ美は一回戦の初戦からか。頑張れよ」
「任せるっす!」
対戦相手を確認し、オタク君と話す時と比べ八割減のボソボソ声で挨拶をするめちゃ美。
めちゃ美の対戦相手は、オタク君やめちゃ美よりも一回り以上年齢が上の男性。
オタク君たちが生まれる前からこのゲームをやっていた実力者である。
その男性が穏やかな笑みで挨拶を返す。
穏やかな顔をしているが、めちゃ美の実力に対しては油断した様子がない。
めちゃ美は金髪色黒、今日の服装はノースリーブシャツにホットパンツ、露出対策に薄手のカーディガンを羽織っている。どこからどう見てもギャルである。
普通なら「こんな女の子が格闘ゲームなんて出来るわけがない」と油断してしまうところである。
だが、彼は知っている。見た目で油断をすると痛い目に合う事を。
実際に全国大会の本戦でめちゃ美のようなギャルどころか、小学生が出場しプロ顔負けの実力を示しているところを彼は何度も見ている。
男性はチラリとめちゃ美のコントローラーを見て、ところどころ使い込んで色が変わったボタンと、新品のようにピカピカのボタンがあるのを確認する。
ボタンが反応しなくなるまで使い込んで交換した証拠である。
めちゃ美の対戦相手だけではなく、その場にいる参加者全員がめちゃ美は実力者だろうと予想していた。
「えっ……」
大会が始まり、第一試合のキャラ選択画面で既にどよめきが生まれた。
めちゃ美の対戦相手が選んだキャラは、身体がゴムのように伸びるリーチが長いキャラである。
対して、めちゃ美が選んだキャラはドイツレスラー。
イカツイ見た目とは裏腹に、このゲームではビックリするくらい弱いキャラである。
どれくらい弱いかというと、十九いるキャラの中で、下から二番目である。
見た目が大きいキャラで、見た目通りに投げ技を得意とする投げキャラ。
しかし、足が遅ければ攻撃動作も遅い。近距離で戦うキャラなのに近づけないという不遇により、使い手はほとんどいない。
だからこそ、めちゃ美の対戦相手は警戒レベルを引き上げた。
こんなキャラを選ぶなんて、何かあるはずだと。
『ラウンド、ワァン。ファイッ!!』
モニターから響く試合開始の合図。
まずはお互いに様子を見て、めちゃ美が歩いて近づくのを、対戦相手がリーチ差で咎めるのがセオリーである。
である。が、そんなセオリー関係ねぇと言わんばかりにめちゃ美のキャラが宙を舞う。
格闘ゲームに置いてジャンプで近づく行為は、基本リスクしかない。浮いてる間に対空技で落とされるからだ。だから出来る限り逃げる以外でジャンプはしたがらない。
どうしてもする時があるとすれば、相手の飛び道具をよけたりする時だろう。
だというのに、めちゃ美は開幕から飛んできたのだ。
飛び、そして見事に着地。
まさか、そんなバカな選択肢を開幕からやって来るとは誰も思わない思わない。完全に想定外の行動に、対戦相手の動きが一手遅れる。
いくら遅くて弱いキャラといっても、近づいて投げられれば話は別である。
一回のジャンプで、何回も読み合いをしてやっと近づける距離を、めちゃ美はいきなり稼いだのだ。
このまま何もせず近づかれるわけにはいかない対戦相手。
もはや体に染みついた条件反射でボタンを押し、攻撃を繰り出す。
だが、その攻撃は何もない空間に向かい飛んでいく。
既にめちゃ美のキャラは二度目のジャンプをしていたからである。
対戦相手は歴戦の強者である。めちゃ美もそれを理解していた。
だからこそ、開幕ジャンプをすれば、少しでも距離を離そうと、即座に攻撃が飛んでくることも理解していた。
そして、その攻撃をガードをした瞬間に、動きの遅いキャラでは相手のペースになってしまう事も。
なので着地と共に、最速でその場ジャンプをしたのだ。
リスクリターンを外視した、完全な一点読みである。そして、その読みに見事勝ったのだ。
「おおっ!!」
少しだけ笑いの混じった歓声が響く。
いまだ攻撃モーション中の相手に、空中から攻撃を当てコンボを決めるめちゃ美。
なにかと弱い弱いと騒がれるドイツレスラー。
だが、もしキャラ同士がくっつくほどの距離で、ドイツレスラーが攻撃を当てた状態でゲームがスタートしたならどうなるか?
「K・O」
連続攻撃から、どんな相手でも体力を0まで削る最強キャラに変貌である。
一ラウンドをめちゃ美が制し、続く二ラウンド。
めちゃ美のキャラは、対戦相手に向かい、ただただ歩く。
歩いてはしゃがんで相手の攻撃をガードし、また歩く。地味にちょっとづつ相手に近づく基本行動である。
だが、そんなただの基本行動ですら、対戦相手は一手遅れた反応をしてしまう。
一ラウンド目の開幕連続ジャンプが脳裏に焼き付いているからである。
『コイツはまた何かやってくるのではないか?』
そんな不安が、彼の判断力を鈍らせているのだ。
気が付けば、あと一歩でめちゃ美のキャラに掴まれる距離。
体力は対戦相手が有利だが、そんなものは近づかれた瞬間にないに等しくなる。
なので、一番の選択肢は、後ろに引いて距離を取るである。
もちろん、そんなのはめちゃ美も、なんなら見ていた参加者達も分かっている。
後ろに引くタイミングに合わせ、めちゃ美は相手が引く以上に前に出る。めちゃ美のキャラと対戦相手のキャラの距離はこれで0である。
本来はこの場面、対戦相手はとにかくガードをして、相手が投げてきたのを見てから自分も投げを行う、そうする事により投げを抜ける事が出来る。そして仕切り直すのがセオリーである。
だが投げキャラの投げは抜けられないようになっている。
なので打撃をガードするか、投げられないようにもう一度後ろに引くかの二択である、
そして、二択を外した瞬間に負けが決まる。
「やったす!」
勝利に思わず叫ぶめちゃ美。
笑いと共に称賛の拍手が送られる。
完全に虚を突いた形の奇策。
普通ならば荒らしプレイと呼ばれる、嫌われるプレイスタイルの一つだが、大会という一発勝負の場においては周りを大いに盛り上げるムードメーカーになる。
大会会場だけでなく、ちゃんと配信の方も盛り上がっているようで、対戦の様子を配信していたPCの画面には「www」というコメントがいくつも流れている。
こうして笑いを取りながらも決勝までコマを進めるめちゃ美。
そして、オタク君はというと。
「まさか、この人は……!?」
対戦相手にガチでビビっていた。
なぜならオタク君の準決勝の相手は、ワールドファイター3をやるものでその名を知らないといわれる程の有名人。
ワールドファイター3世界大会で優勝経験を持つプロゲーマーだからである。
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