閑話「ワンチャンスガール(後編)」
対戦相手に、ワールドファイター3世界チャンピオンのプロゲーマーが出て来てビビり散らかすオタク君。
格上なんてレベルの相手ではない。勝負にすらならないだろう。
オタク君は、チラリと対戦の様子を配信しているパソコンをみる。
ここで無様な試合を晒せば、それがリアルタイムで配信されてしまう。
せめて、笑われないようにだけはしようと意気込み、オタク君は対戦台の前に座った。
『ラウンド、ワァン。ファイッ!』
ゲーム開始の合図が響く。
オタク君が選んだのはアメリカン空手。
遠中近のどの距離でも戦えるオールラウンダーなキャラ。
ほぼすべての技が強いため、初心者でも簡単に扱える性能をしているが、上級者が使うと手が付けられない性能をしている。
対してプロゲーマーが選んだのはカンフーガール。
オタク君のキャラと同じく遠中近のどの距離でも戦えるのに加え、素早い動きと素早い技で相手を翻弄させることが出来る。
初心者が簡単に扱える性能ではないが、その分上級者が使いこなせばワールドファイターズ3において最強といわれている。
オタク君とプロゲーマーでは、ただでさえ実力差があるというのに、キャラ性能もわずかではあるがプロゲーマーの方が上である。
もはやオタク君に勝ち目はないと思われた。
「あれ?」
思わず驚きの声を上げるオタク君。
一ラウンド目を制したのは、オタク君だった。
めちゃ美のように、万に一つの可能性に賭けた博打ではなく、ちゃんとゲームのセオリー通りの戦いをして、一ラウンドを取ったのだ。
というのも、プロゲーマーが今回参加したのは、たまたま通りかかったら思い出の作品の大会があったから冷やかしに出てただけなのだ。
ワールドファイターズ3をやりこんでいたのはオタク君が生まれる前の話。もう十五年以上前の話である。
新作が出れば、その作品で勝つことを求められるプロゲーマーという職業柄、既にブームの去ったワールドファイターズ3をやりつづける道理はない。
なので、下手をすれば十年以上もブランクがある。
いくら世界大会で優勝したプロといえども、こんな状態で、やりこんでいるオタク君と対戦をしても、勝てるわけがない。
とはいえ、プロゲーマーにもプロゲーマーとしての意地と誇りがある。
第二ラウンドで少しづつ勘を取り戻し、逆にラウンドを取り返した。
これでお互いマッチポイント。
そして迎えた最終ラウンド。
「くっ」
オタク君の表情がゆがむ。
プロゲーマーが「そういえばこのゲームこんな感じだったわ」と思い出したかのようなキレのある動きをしているからである。
オタク君が先を取っているにもかかわらず、プロゲーマーはキャラの持ち味である素早い動きを生かし、全ての行動に対応してくるのだ。
あっという間にオタク君のキャラの体力が減らされ、もはや必殺技をガードをしただけでも負けてしまう、いわゆる「体力がドット」の状態になる。
離れても遠距離技をガードしても負ける。かと言って近づいて近距離技をガードしても負ける。完全な『詰み』である。
だが、この状況で対戦しているオタク君と見守るめちゃ美以外の者は感じていた。この試合、プロゲーマーが負けると。
『おっ?』『この状況は……?』『あ、アレが来るのか!?』
配信画面のコメント欄がざわつく。
そして、今の状況にめちゃ美もやっと気づく。
「あっ」
めちゃ美のその声が合図となった。
プロゲーマーのキャラが残像を残しながら攻撃モーションに入っていた。
それは、かつて、このプロゲーマーがアメリカの世界大会の決勝に出た状況と同じである。
世界大会の決勝戦でアメリカン空手を使っていたプロゲーマー。
対する相手はアメリカで最強角のプロゲーマー。使用キャラはカンフーガールである。
開催地はアメリカ。なので当然観客はアメリカのプロゲーマーを応援していた。
会場に響き渡る「U・S・A!」コール。
そんなアウェーな状況で日本のプロゲーマーが追い詰められ、今のオタク君と同様に体力が完全にない状態だった。
ただガードしただけで負ける相手への選択肢は、ガードすら困難な技を出せばいい。
そしてワールドファイターズ3にはそんな技が存在する。
攻撃を当てたり当てられたりすると増えるゲージを消費した必殺技。
これは発動した瞬間にガードコマンドを入れていなければ確実に当たる技である。
とはいえ、普通の状況なら警戒されガードをされる。だが今の状況ではガードをしても負けなのだ。
出せば勝ちが決まる場面。当然アメリカのプロゲーマーは使った。使わない手はないから。
アメリカのプロゲーマーの勝ちを確信し席を立ち、喜びの奇声をあげようとする観客。
だが、そこで観客は伝説をみた。
カンフーガールのゲージを消費する技をガードをしても日本のプロゲーマーのキャラは体力が減らない。
パリングと呼ばれるシステムのおかげだ。
相手の攻撃に合わせ、レバーを前に押すとダメージを受けないガード。パリングが出来るのだ。
とはいえ、ゲージを消費する技のパリングが出来る猶予は四フレーム。一秒が三〇フレームなので約0.12秒。
人間の限界は0.2秒と言われており、もはや人間の限界を超えた反応速度である。
計十五回の連続技が飛び出すが、まるで当たり前のように全てをパリングで返す日本のプロゲーマー。
会場から「USA」コールは消え、代わりにプロゲーマーの名前でコールが響き渡った。
そして、トドメと言わんばかりに、パリングした時にしか決める機会はないだろうといわれるコンボを決め、文句のつけようのない逆転劇を見せた。
アウェー感漂う会場で、プレイ一つで観客全員を魅了し味方につけた日本のプロゲーマー。
この日の試合は伝説となり、十年以上経った今でも語り継がれている。
そして現在。
プロゲーマーが使うカンフーガールのゲージを消費した技に対し、オタク君もパリングを決めた。
小さな会場で、参加者たちの熱気溢れる声が響き渡る。
配信を映してるモニターでは、配信を観覧している人たちのコメントがひっきりなしに流れ続けている。
全ての攻撃をパリングし、その状況でしか入らないコンボもきっちり決めるオタク君。まるで伝説の再現である。
「ナイスファイト!」
プロゲーマーが笑顔でオタク君に拳を突き出す。
一瞬だけ戸惑い、困ったような照れ笑いを浮かべながら、オタク君は拳を突き合わせる。
「対戦ありがとうございました!」
二十年前のゲームで、参加人数十人、配信も観覧者数が百人に満たない小さな大会。
だが、オタク君とプロゲーマーの試合は「伝説の再現」と銘打たれ動画サイトにアップされるとあっという間に万単位の再生数を記録し、小さくはあるがネットニュースで取り上げられた。
そして迎えた決勝戦。
「相方、悪いっすけど優勝させてもらうっす!」
めちゃ美のプレイスタイルは、相手を翻弄するために博打のような動きをするイチカバチカスタイル。
だが、それが通るのは初見の相手だけである。
何度もめちゃ美と対戦しているオタク君は「どうせ博打行動やってくるんでしょ」と冷静に対処している。
結果、オタク君のキレイなストレート勝ちである。
こうしてワールドファイターズ3大会はオタク君の優勝で幕を閉じた。
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