第124話「委員長、次は調理部と女子水泳部が揉めてるので仲裁して欲しいといわれました」
オタク君の学校の文化祭は、毎年文化祭実行委員会が生徒から有志を募り、運営を行っている。
毎年山のように起こる問題に、生徒も教師も頭を抱え翻弄されながらもなんとか乗り越えてきた。
今年の文化祭実行委員会の人数は例年よりも多くの有志が集った。
だが、それでも人手が足りていなかった。文化祭を二日間開催にしたので。
単純に二倍なのだから、人手が足りなくなるのは当然である。
人手が足りなくなるとどうなるか?
「委員長、次は調理部と女子水泳部が揉めてるので仲裁して欲しいといわれました」
「うん。じゃあ行こっか。場所は?」
「調理部の部室、調理室です」
各クラスの委員長や各部活動の部長まで駆り出される事になる。
現場へ急行するために、早足で歩くオタク君と委員長。
早歩きで歩くたびに委員長のドリルのようなツインテールが風になびくようにゆらゆらと揺れる。
「ここ、みたいですね」
調理室のドアの前で苦笑いを浮かべるオタク君。
廊下にも響く声が、調理室の中から聞こえてくるからだ。
正直に言ってしまえば、このまま回れ右をして帰りたいくらいである。
「どうしたの?」
そんなオタク君の憂鬱など気にも留めず、なんで立ち止まってるのか不思議に思い首を傾げる委員長。
そして、そのまま調理室のドアに手をかけ、控えめな音を立てながらガラリと開ける。
調理室にいた生徒たちの視線が、開かれたドアへと向けられる。
つい今しがたまで、怒声のように言い合っていた女生徒たちが、オタク君を見て完全に沈黙した。
いや、女生徒たちはオタク君など見ていなかった。見ていたのは委員長である。
唐突にドアが開かれ、そこにいたのはドピンク頭にドリルのツインテール。極めつけに地雷系メイク。
なんなら制服もややゴシックな感じに魔改造されている。
確かに自由な校風な学校なので、多少は変わった格好の生徒や教師はいる。
だが、そんな生徒や教師などとは比べ物にならない異質さである。
誰もが息を飲み、委員長の動きを窺った。
「すみません。文化祭実行委員の者です」
沈黙を破ったのは、オタク君だった。
愛想笑いを浮かべ、ペコペコしながら調理室に入って行く。
オタク君の後に続き、委員長も調理室に入り、ドアを閉めた。
「調理部と女子水泳部の仲裁を頼まれてきたのですが、お話を聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」
オタク君の言葉に、ショートヘアで褐色肌の女子がハッとなる。
あまりに異質な雰囲気を漂わせる委員長に気を取られていたが、文化祭実行委員と聞き、態度を変える。
「そうそう、聞いてよ。文化祭でうちら喫茶店したいから調理室の調理器具を貸してって言ってるのに、貸してくれないんだよ」
「こっちだって文化祭で使うんだから貸せるわけないでしょ!」
そう言って反論する少々肉付きの良い女子。
真っ二つに分かれる意見に、両陣営の女子達が外からヤジを入れる。
「まぁまぁ、犬山さんも舞浜さんも、一旦落ち着いて」
オタク君が二人の女子の間に立ちそう言うと、どちらも納得いかないという顔で一旦口をつぐむ。
ショートヘアで褐色肌の、犬山と呼ばれた女子は腕を組み不満そうな顔を浮かべ。
舞浜と呼ばれた少々肉付きの良い女子は腕を腰に当て、露骨にため息を吐く。
オタク君は二人の女子とは面識があった。面識がある理由は、各部活動の部長会議でよく会うからである。
女子水泳部の部長である犬山。そして調理部の部長である舞浜。
女子水泳部はともかく、調理部と第2文芸部は良好な関係を結べているおかげか、途中でチャチャを入れられつつもオタク君はお互いの事情を聞くことが出来た。
文化祭が二日間開催になったので、今まで文化祭の展示は我慢していた運動部が文化祭に向け動き始めた。
その中で、女子水泳部は喫茶店をやりたいという意見でまとまった。だが調理するための場所も器具も足りていない。
なので、調理部の部室である調理室を使わせて欲しいと陳情しに来た。
だが、調理部としては、はいそうですかと明け渡すわけにはいかない。
文化祭は文化部が活躍する数少ない機会。だからこそ、手の込んだものを作れるように万全の状態にしておきたいのだ。
「大体学校の施設は生徒の物だろ! 私達女子水泳部にだって使う権利がある!」
犬山の発言に、そうだそうだと言っているのは女子水泳部員たちだろう。
「じゃあ、夏場は暑いからプール使わせろって言ったら明け渡すの!?」
「うっ……」
舞浜の正論に、犬山は何も言い返せない。
何かを言い返そうとして口を開くが、上手く言葉が見つからない様子である。
最終的に、しょんぼりと小さくなってしまう犬山。
こうなってくると舞浜も少々犬山を可哀そうに思ってしまう。
とはいえ、じゃあ部室を貸し出せるかと言われれば別問題である。
他の女子と比べ、いや男子と比べてもガッシリとした体格をした犬山。
化粧っけのないすっぴんに、男子のように短いショートヘア。
その見た目から、どれだけ水泳に打ち込んできたか分かる。
だからこそ、女の子らしい事に挑戦してみたかったのだろう。
だが、舞浜も楽しむために調理部に入ったわけではない。
将来はパティシエの道を歩みたい。その為に調理部で色々と家庭科の教師から教わったりしていたのだ。
文化祭は、彼女にとってパティシエとしての初出店のようなものである。
だからこそ、中途半端な事はしたくない。
そんな二人の想いは、当然オタク君は知る由はない。
知りはしないが、他の部員に「もう諦めよう」と手を引かれても、いまだ引こうとしない犬山。
そんな犬山に対し、悲しそうな表情を向けるが、必死に何かをこらえた様子の舞浜。
もうオタク君は「じゃあ解決したようなので」といって去れば良いだけである。
だというのに。
「あの、女子水泳部は喫茶店っていってましたが、何か作るとか決まってますか?」
首を突っ込んでしまったのだ。優愛のお節介な性格がうつってきているのかもしれない。
オタク君の問いに、無言で首を横に振る犬山。
「それでしたら、調理部と女子水泳部の共同で出し物を出すのはどうでしょうか?」
そう口にしてしまえば簡単な話であった。
それぞれが作りたい物を決めて、一緒に作れば良いだけなのだから。
一同の視線が舞浜に集まる。
「……一応リクエストは聞くけど、メニューは調理部が主体となって決める。指示には従う。それが守れるなら」
「分かった!」
パッと笑顔になる犬山。
舞浜としても、このまま後味悪く終わるくらいなら、共同で手を打つのが無難である。
調理部の手伝いとして、女子水泳部が加わる。いくばくかの不満はあるが、それでお互いの了承を得ることが出来た。
が、まだ問題は残る。
「でもさ、こんなに人数いらなくない?」
そういったのは誰だっただろうか。
誰もが思っていたが、あえて口にしなかった言葉を口にしたのだ。
調理部と女子水泳部の人数を合わせれば、二十人を超える。
交代でやるにしても、十分多い。
これでは余分な人員が出てしまうのは明らかである。
「それでしたら、考えがあるのですが」
オタク君と委員長が向かった先は職員室。
「失礼します」
そう言って職員室に入ると、オタク君は目的の人物へと真っすぐに向かっていく。
アロハシャツがトレードマークのアロハティーチャーである。
彼が文化祭実行委員会の顧問なので。
「ミスター小田倉、ミズ雪光。何か用ですか?」
「はい。実は文化祭実行委員として相談があるのですが、宜しいでしょうか?」
「YES! それで相談というのは?」
「その前に、調理部と女子水泳部の揉めていた件ですが共同で文化祭の出し物をする事が決まりました」
「Oh!」
「それで、人数があまりに多く、調理室だけで喫茶店をする場合手狭になってしまいます」
「ふむふむ。それで?」
「保護者会が毎年喫茶店の出し物をしていますが、今年は部活の出し物の日は場所を貸して頂く事は出来ないでしょうか?」
「HAHAHA。大きく出ましたね」
毎年似たような提案は出されるが、流石に保護者会や地域のメンバーの場所を明け渡すわけにはいかない。
自由過ぎる校風ゆえに誤解されやすい学校なのだから、保護者会や地域の方々のご機嫌は取れるときに取っておかないといけないので。
オタク君の提案を笑うアロハティーチャーだが、オタク君と委員長は釣られて笑う事なく頭を下げた。
「オッケー」
「へっ?」
「許可します」
ダメ元で相談をしに来たオタク君だったが、以外にもあっさり許可を得ることが出来た。
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