第125話「でも、私だけだと最初の仲裁も出来なかったから、小田倉君が副委員長で助かっちゃった」

「というわけで、保護者会で毎年使ってる喫茶店のスペース借りれる事になりました」


「マジで!?」


 調理部も女子水泳部も、どこか空き教室でも借りて来てくれるのかなと思っていた。 

 だが、結果は保護者会のスペースを取ってくるという大快挙を果たしていた。

 しかし、なぜこうもすんなりとスペースを取れたのか?


 二日間開催になったために、保護者会の一部メンバーは両日出るのが難しいという意見が出ていたからである。

 保護者会や地域の人達で手伝ってくれるのは主婦が多い。

 文化祭の一日だけならともかく、二日も保護者会の喫茶店の手伝いをしていたら主婦の仕事が疎かになってしまう。

 なので、どちらか片方だけの出店にするという話が保護者会から学校へ来ていたのだ。


 しかし連絡を受けたのが七月。

 今からどこかの部で使いませんかと募集をしても、選考で揉めるのは目に見えていた。

 学校側としては、憩いの食事スペースにしたい。となるとやってもらうのは調理部になる。

 だが調理部の部員だけでは規模が大きすぎて展開は難しいだろう。

 かといって、他の部に任せるのも難しい。


 ならば調理部と他の部と共同にさせれば良いと考えたが、文化部は部員数がどこも少ない。

 運動部は文化部に対し自分達より下と見る人間が少なくない。上手く調整しないと揉めるのは必須である。

 どうするか教師陣が頭を抱えていた所に、オタク君が調理部と女子水泳部をまとめてきたのだ。

 アロハティーチャーにとっては渡りに船だったのだろう。

 多分、他の部からは色々と苦言をもらうだろうが、今から選考方法を考え、揉めないようにマニュアルを作るよりはマシである。


「はい。それと喫茶店スペースの運営については僕と委員長が担当する事になりました」


 まとめたのはオタク君と委員長なので、二人が担当した方が良いだろうという体の丸投げである。

 実際にそうした方が良いのは事実だが。


 メニューなどをどうするか、明日までに案を考えて来てくださいねと言ってその日は解散となった。 

 そして翌日。


「なんか人数、増えてませんか?」


 授業が終えた放課後。

 委員長と共に調理室に向かったオタク君。 

 調理室のドアを開けると、昨日と比べて人数が明らかに増えていた。


「被服部の連中も手伝ってくれるってさ」


 オタク君の言葉に、ドヤ顔で犬山が答えた。

 それで良いのかと言いたげに舞浜を見るが、目を逸らされてしまう。


「ほら、喫茶店なんだから制服が必要でしょ?」


 ごにょごにょと、イタズラを咎められた子供の用に目を逸らしながらいう舞浜。

 ようは衣装に釣られたという事だ。

 見れば他のメンバーも苦笑いを浮かべている。全員衣装に買収されたのだろう。

 事前に相談は欲しいと思うオタク君だが、どうせ今更増えても変わりないかと気持ちを切り替える。

 一度軽くため息を吐き、仕方ないと困ったような笑みを浮かべる。


「それで、喫茶店の制服ってどんなのを作るんですか?」


「喫茶店といえばメイド服だろ?」


 犬山の言葉に、女子達がうんうんと頷く。

 オタク君も心の中で全力で頷く。メイド属性が好きなので。


「だからメイド服を被服部に作ってもらうかな」


「えっ?」


「えっ?」


 昨日いなかった面子、多分被服部であろう女子たちが疑問の声を上げる。

 そんな疑問の声に、犬山達も疑問の声で返した。


「作ってくれるんじゃないの?」


「一緒に作るんじゃないの?」


「えっ?」


「えっ?」


 どうやら話に齟齬が生じているようだ。

 ぱちくりとまばたきをしながら見つめ合う女子たち。

 そんな様子を見て、嫌な予感しかしないオタク君。既に逃げ出したい気分である。

 とはいえ、逃げ出すわけにはいかず、かと放置していても事態はよくならないだろう。

 仕方なく、話を聞くことにしたようだ。


「なるほど」


 話の内容はこうである。

 犬山が「メイド服を作ろう」と舞浜に持ち掛け、なら被服部にお願いしに行こうという話になったのだ。 

 舞浜は犬山がメイド服を作れるから作ろうと言っていたのだと思い、まるで自分たちがメイド服を作れると言わんばかりの言い方をしていた。

 二人の話を聞いて、被服部もメイド服を作った事があるから「メイド服を作ろう」と話を持ち掛けていると思っていたのだ。

 

「被服部だから、メイド服くらい作れないか?」


「無理に決まってるでしょ。せめて型紙とかあるなら別だけど……型紙持ってる?」


「ない!」


 微妙な空気が流れ始める調理室。

 下手な事を言えば、一触即発になりかねない状況である。

 

「そういえば小田倉君、去年クラスのコスプレ衣装作ってたでしょ? メイド服作ったり出来ない?」


 被服部に去年のコスプレ衣装を何着か渡していたので、その問いは、予想していたオタク君。


「難しいですね」


 なので即答である。

 重い空気の中、一人また一人とスマホを取り出す。

 誰も口を開かないが、何を調べているのかは予想がつく。メイド服の値段である。

 

「あっ、今は二千円くらいで買えるんだ」


 今の時代、安いメイド服を探せばいくらでも見つかる。

 しかし、それでも問題は多々ある。


「でもさ、これ布面積少ないから絶対にダメって言われるよね」


「こっちはなんかダサい」


 そう、安いものは布面積が少なく性的だったり、デザインがシンプル過ぎて可愛くないのだ。

 それだけではない。


「ってか、私たちいらなくない?」


 被服部がいるというのに、わざわざ通販で衣装を買うとなると、彼女たちの存在意義がなくなってしまう。

 解決に向かってはいるのに、空気は重いままである。


「一着だけ買って、ばらして型取りに使うのでどう?」


「それでいっか」


 解決である。

 しかし、空気はやはり重い。

 型取りとはいえ、通販で買ってしまうのは、なんとなく負けな気がするからである。


「型紙持ってるか分からないけど、一応知り合いに聞いてみましょうか?」


 解決したのを見計らい、口を開くオタク君。

 ダメだったとしても許される空気になってから言い出すあたり、リスク管理が出来ている。

 ちょっとだけの期待を背に受けて、知り合いことチョバムとエンジンに聞きに行く。

 事あるごとにメイド服を取り出すチョバムとエンジン。

 とはいえ、流石に彼らも型紙まで持っているわけが。


「こっちがロングスカートタイプで、こっちがミニスカートタイプですぞ」


「ゴシック調も良いでござるが、クラッシックなタイプも良いでござるな」


 あった。


「こっちは死に戻りアニメのメイド服ですぞ」


「流石エンジン殿でござるな。ならば秘蔵の和風メイド服でござる」


 型紙を持ってるか聞きに来ただけなのに、メイド論争まで始めるチョバムとエンジン。

 お互いに胸倉を掴み合う二人を無視して、オタク君は第2文芸部を後にした。


「上手くいったね」


 下校時刻が過ぎた帰り道。

 オタク君の隣を歩く委員長が、少し嬉しそうに話しかける。

 

「そうですね。といっても、たまたまあいつらチョバムとエンジンが型紙を持ってたおかげですけどね」


「でも、私だけだと最初の仲裁も出来なかったから、小田倉君が副委員長で助かっちゃった」


「いえいえ。むしろ雪光さんは去年一人でこんなにも頑張ってたと思うと、頭が上がらないです」


 両手を合わせ、拝むポーズをするオタク君。

 そんなオタク君に「拝まなくて良いよ」と笑う委員長。


「いえいえ、拝ませていただきます」


 なおも拝むオタク君。


「やめてよ~」


 などと言いながら、やめてほしくなさそうにポカポカと叩く委員長。

 傍から見ればバカップルである。

 普段は大人しくお淑やかな委員長。他の人がいる前ではこんな姿を見せる事は基本ない。

 今はオタク君と二人きりなので、少々テンションが上がっているからである。

 そんな楽しいはずの時間は、唐突に終わりを告げられる。


『ブチッ』


 何かが切れるような音がした瞬間に、委員長が「あっ」と言わんばかりの表情で固まる。

 

「雪光さん?」


 どうしたのと声をかけるオタク君に対し、委員長が固まったままみるみる顔を赤らめていく。

 自分の身体を抱くようにしながら、上目遣いでオタク君を見ては目を逸らしてを繰り返している。


「あの、小田倉君。その、ね……」


 もごもごと、何か言いづらそうにしている委員長。

 そして、その何かを察したオタク君。ごくりと固唾を呑み、委員長の言葉を待つ。


「ブラのホック、外れちゃったみたい」


 大きい胸は恥ずかしいと小さいサイズで無理やり抑え込んでいた委員長。

 ホックが外れたことにより、本来のサイズを取り戻していた。

 結果、少しだけゆとりを持ったはずの委員長の夏服が、逆に一回り小さい服のようになってしまっていた。

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