リコルート 3

「……へっ?」


 怒られるかビクビクしていたリコ。

 怒声が飛んでくるかと思いきや、まさかのオタク君の告白に、目をぱちくりと開きポカーンと口を開けたままフリーズしている。


 そんなリコの心象などオタク君はつゆ知らず。

 だが、今の告白をリコが頭に入っていない事だけは理解出来た。


「リコさんッ!」


「あっ、はい!」


「好きです、僕と付き合ってください」


 なので、二回目の告白である。

 ゲームや漫画でよくある「ごめん、もう一度言ってもらえるかな?」を先んじるために。

 今の状況では、いつ優愛や委員長が来るか分からない。なんなら今この瞬間にも第2文芸部の戸が開けられてもおかしくないのだ。

 そうなれば、告白は保留されてしまうだろう。保留にされれば、今後リコといつも通り顔を合わせる自信がないオタク君。

 なので、今は一秒でも惜しい状況なのだ。

 とはいえ、保留ではなく、断られたらもっと顔を会わせづらくなる。そんなのはオタク君も百も承知。

 だが、きっと、いや、絶対リコの口からはOKの返事が来る。オタク君はそう確信していた。

 というのも、話は少し遡る。


『好きでもない男性に頭を撫でられるのは不快』


 以前、とある恋愛相談サイトで、オタク君が見かけた文言。

 女の子は頭を撫でられるのが好きかという質問に対し、そのほとんどが「好きでもない相手にされるのは不快」という答えであった。

 逆を言えば、好意がある相手ならOKという事になる。

 その翌日、リコと二人きりになった際に、頭を撫でてみたオタク君。

 突然頭を撫でてくるオタク君に対し、特に嫌がる素振りを見せないリコ。


『どうしたんだ急に?』


『いえ、ちょっと撫でてみたいなと思いまして。あっ、あの。嫌でしたか』


『べ、別に。小田倉がどうしてもって言うなら構わないよ』


『それじゃあ、どうしてもで』


『ん』


 抵抗する事なく頭を撫でられるリコ。

 この時オタク君は確信した、告白は成功するだろう。と。 

 そして現在。

 顔を赤らめながら、じっとリコを見つめるオタク君。

 対してリコは、顔を赤らめながらそわそわと髪を弄ったり目線を逸らしたりしている。

 そして彼女の口から出た言葉は。


「……わりぃ」


 まさかのごめんなさいである。

 

「えっ……」


「今日は優愛ともう帰るから。じゃあな」


 放心状態で立ち尽くすオタク君の横をすり抜け、走って第2文芸部を後にするリコ。

 

「なんで?」


 誰に問うでもなく、誰もいない部室で一人呟くオタク君。

 その目には、涙が滲んでいた。

 走って教室に戻ってきたリコ。

 部室に向かう前は女子も男子も結構な数が残っていたはずなのに、部活に行ったのか、それとも帰宅したのか、生徒はほとんど残っていない。

 その中に、優愛はいた。

 相変わらず村田姉妹とマシンガントークをしていたが、教室のドアを開けたリコに気づく。


「あれ? リコさっきオタク君と部室に行かなかった?」


「あ、あぁ。気が変わってさ、今日は優愛と一緒に帰ろうかなと思って」


 明らかにリコの挙動が怪しい事を、優愛だけでなく、その場にいた誰もが察していた。

 

「リコ、何があったの?」


「いきなりなんだよ藪から棒に、なんにもねぇよ」


「リコ……」


 言い訳ならいくらでも頭に浮かぶ。

 だが、真っすぐ見つめてくる優愛に対し、それを口にする気になれないリコ。

 しばらく優愛と目を合わせ、そして目を逸らした。リコの根負けである。

 

「小田倉に、告白された」


 少し気まずそうに、目を逸らしたまま呟くリコ。

 オタク君と喧嘩したのだろうと思っていた村田姉妹は、まさかの発言に驚きの表情でリコと優愛を見る。

 だが、優愛は特に驚いた様子はない。

 本当は色々と根掘り葉掘り聞きたい村田姉妹だが、あまりに優愛が冷静なので、口を挟めず、思わず起立の姿勢を取り口にチャックをして自ら置物に徹する。


「それで、どうしたの?」


「……断った」


「なんで?」


「なんでって……」


 リコは思う。

 オタク君の事は好きだ。大好きだ。

 恋に気づき、普段の何気ない仕草や行動にドキドキし、「小田倉がどうしてもって言うなら」などと自分に言い訳をしながら甘えている自分。

 オタク君に告白されて嬉しい。ならば答えはOKなはず。


「小田倉と付き合えるわけないだろ。あの日、小田倉の事をキモイって言ったアタシが」


『ってかオタク君て優愛のクラスに居る小田倉か? アイツなよなよしてて、なんかTHEオタクって感じだよな。キモくね?』


 かつて、まだオタク君と知り合ってもいない頃に、リコが優愛に言った言葉である。

 当時のリコは、イジメにあい、やさぐれており、数少ない友人が取られるのではと、不安からその様な言葉を発してしまった。

 後にオタク君にはその事を謝罪し、オタク君も謝罪を受け入れた。

 だが、リコの中では、それが心の中のわだかまりとして残り続けていた。

 ただオタクと言うだけで悪く言い、そんな相手に対しても真摯に向き合い、いじめから助け出してくれた。

 リコにとって、そう簡単に返せる恩ではない。

 過度に思えるスキンシップや、小田倉がどうしてもと言うならと言って拒否しないのは、彼女の中での償いの気持ちもあったのだろう。

 

 その気持ちが、段々と愛情に変わっていくたびに、過去の自分の発言が彼女を追い詰める。

 オタク君と仲良くなるたびに、自分にその資格があるのかと。

 そして、その結果が、告白に対してごめんなさいである。

 

「リコさぁ……」


 両腕を脱力させ、呆れたようにわざとらしいため息を吐く優愛。

 そのままリコの前まで歩き、目線を合わせるようにしゃがみ込む。


「確かにあの時のリコは、荒れてたとはいえ相当な発言だったと思うよ」


「そう、だな」


 今までその話題にはあえて触れてこなかった優愛。

 だから今、優愛に諭されるように言われ、リコの心がずきりと痛む。

 それだけの発言をしたのだから、やはり自分はオタク君と付き合うべきではないのだろうと。


「でもさ、オタク君はそれでもリコの事を好きだって言ってくれたのに、断るのはもっと酷くない?」


「でも」


「でもじゃないよ。オタク君の気持ち、考えてあげなよ」


 そう言われ、ハッとするリコ。

 オタク君を諦めるのが辛いのだから、断られたオタク君は同じくらい、もしくはもっと辛いだろう。


「リコは、どうしたいの?」


 優しく問いかけてくる優愛。


「アタシは……小田倉の事が好きだ」


 そう言葉にすると、もはや感情が止められなくなったのだろう。

 リコの頬に一筋の涙がこぼれると、堰を切ったようにボロボロと涙が流れ始める。


「全く」


 優しくリコを包み込むように、抱きしめる優愛。

 嗚咽を上げるリコの頭を撫でようとして、その手を止める。これはきっと、オタク君の役目だからと。


「ほら、早く行ってきなよ」


 リコが落ち着いたのを見計らい、優愛は抱きしめる手を離す。

 そして、両肩を掴むとそのまま回れ右をさせ、ドンとリコの背中を押す。


「でも、今更やっぱり好きですって言って良いのかな」


 いまだに弱気のリコ。

 普段の強気ぶって、蓮っ葉な言葉遣いをしている彼女の面影がない。

 ただの、恋に怯える少女である。


「もう十分すぎる程わがまましてるんだから、今更も何もないって」


 恋敵に恋の相談と惚気話をしておいて、本当に今更だと思う優愛。

 だが、それを口にすると、またリコは気負ってしまうだろう。

 なので、歯を見せるようにニカっと笑い、リコの背中に向けて言葉を贈る。


「だったらトコトンわがままになりなよ」


「……うん」


 リコが少しだけ弱気に頷くと、教室のドアを開け出ていく。

 そして、教室から彼女の走る足音が遠ざかる。


「全く、素直じゃないんだから……」


 呆れたように言う優愛に対し、村田歌音が後ろから抱きしめる。


「アンタも、十分素直じゃないよ」


「うん」


 自分が去った後に、優愛が大粒の涙を流し泣いた事をリコは知らない。

 悟られないようにと、必死に頑張った優愛の成果である。


「カラオケいくべ、カラオケ。予約取っとくから」


 あの時、何も言わずに断ったままにしておけば優愛がオタク君をゲット出来たかもしれないのに。

 喉元まで出かけた言葉を、村田姉妹は飲み込んだ。それは優愛に対する侮辱でしかないと分かっているから。

 

「全く。小田倉君も罪作りの男の子だね」


 笑いながら言う村田姉妹だが、言葉と裏腹に眼を鋭くしているのは、今まで優愛の恋を応援して、見てきたから仕方がないと言えよう。

 優愛を泣かせておいて、もしこれでリコと中途半端な事をしたら許さないと心に決め、彼女たちは優愛と共に教室を後にした。

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