第114話「これじゃあサボる口実が出来ないでござるよ!」

「困ったでござる」


「そうですな」


 第2文芸部の部室で、椅子に座り腕を組みうんうん唸るチョバムとエンジン。

 

「えー、なんで? 良いじゃん」


 そんな二人の反応に、優愛が少し悲しそうな顔をする。

 優愛の悲しそうな顔に、申し訳ないと思いつつも、チョバムとエンジンは意見を覆そうとしない。


「オタク君だって、良いと思うよね?」


「えぇ、まぁそうですね」


 優愛に「ね?」と言われ、頬をポリポリと掻きながら、困ったような顔で歯切れの悪い返事をするオタク君。 

 オタク君には優愛の気持ちも分かるが、同じくらいチョバムとエンジンの気持ちも分かる。

 なので、積極的に優愛の意見に賛同できずにいた。


「やめてやれ、小田倉が困ってるだろ」


「ぶー……」


 不満そうに不貞腐れてみる優愛だが、リコに対しちょっかいをかけたりしない辺り、本人も理解はしているのだろう。

 自分のワガママで周りを困らせている事を。

 彼らが一体何を揉めているのか?

 それは一時間ほど時間を遡る。


「はーい。大事な連絡があるからちょっと静かにしてね」


 帰りのHRの時間の事である。

 普段だったら適当に担任の教師が喋り、号令をして帰るだけのHR。

 だが、今日は大事な話があると言い出したのだ。


 とはいえ、大事な話があると言われすぐに黙って教師の話を聞く生徒は多くない。

 普段なら、教師がお喋りしている生徒を名指しで注意していくのだが、この日は完全にスルーである。

 ニヤリと軽い笑みを浮かべる教師。この後の生徒たちの反応が楽しみだからである。


「結論から話すと、今年は文化祭を二日間に分けて行う事に決定した」


 教師がそう言うと、教室から喋り声がピタっと止む。

 まるでその瞬間に、時間が止まったかのように。

 一瞬の静寂。生徒たちの視線が教師に集まる。


「土曜日にクラスごとの出し物で、日曜は部活ごとの出し物の予定だ」


 文化祭で何をやりたいか明日決めるので、各自考えておくように。

 教師はそう言い残すと、号令もなしに教室を後にする。

 そして、教師が教室を後にしたのに少し遅れ、驚きの声が上がる。

 それはオタク君のクラスだけでなく、他のクラスからも漏れ聞こえてくる。

 

 普段はHRが終わると、生徒たちは帰宅や部活動の為に各自そそくさと教室を出ていく。  

 しかし、この日は違った。

 誰も教室から出ようとせず、文化祭の話題で持ち切りである。


 普段の文化祭は、文化部が張り切るため、クラスの出し物と部の出し物を天秤にかけ、文化部は部の準備にかまける生徒の方が多い。

 結果、クラスの出し物は運動部が多いクラスの方が盛り上がるのだ。

 文化部に所属する生徒が多いクラスでは、少ない人数で何をするか考えなくてはいけなくなる。


 それに、運動部からも苦情が来ていたりする。

 運動部も文化祭に出し物をしてみたい。

 だが、スペースが足りないのだ。


 クラス、PTA、文化部。

 その他有志による出し物で、空き教室があろうものなら早い段階から予約が埋まっていく。

 体育館を使いたいと言おうものなら、演劇部と吹奏楽部に営業マンのように必死にお伺いをたて、空きを作ってもらわないといけない。


 文化祭といえば、学生時代の醍醐味の一つである。

 だからこそ、少しでも良い思い出が作りたい。

 その思いが強すぎるが故に、争奪戦になってしまっている。

 それを解決させるための作が、今回の二日間に分けて行うである。


 二日間にする事で、使えるスペースは倍近くなる。

 文化部の「部の手伝いで忙しい」という言い訳も、運動部も出し物に参加する事により使いづらくなる。

 もちろん、それに伴い問題も色々出てくるのは目に見えている。

 

 なので、あとは生徒たちの手に委ねられている。

 どこの教室からも聞こえてくる楽しそうな声を聞く限り、きっと大丈夫だろう。


「これじゃあサボる口実が出来ないでござるよ!」


 大丈夫じゃなかった。

 確かに文化祭は学生時代の華ではあるが、積極的な生徒ばかりではない。

 クラスメイトが楽しそうにしているのを横目に、手伝っているふりをして時間を潰す者も少なくはない。

 チョバムとエンジンがまさにそうである。


 去年は部の展示で忙しいと理由をつけ逃げていた二人だが、運動部も出し物を出す場合その言い訳は出来ない。

 運動部も部の出し物とクラスの出し物を両立させているのだからと言われれば、返す言葉がなくなるからである。

 そして部活に顔を出したチョバムとエンジンが、今回の文化祭の発表について駄々をこね現在に至る。


「まぁまぁ、今年は僕もちゃんと手伝うからさ。一緒に頑張ろう?」

 

「はぁ、まぁ小田倉殿がそこまで言うなら」


「そうですな。某もやぶさかではないですぞ」


 先ほどまで優愛がどれだけ言っても響かなかったチョバムとエンジン。

 だが、オタク君に頼まれるとヤレヤレと言いながら折れる。

 優愛、リコ、委員長と同じく、彼らもなんだかんだでオタク君がしゅきしゅきなので。


 ちなみにやぶさかではないは「しょうがないなぁ(チラチラ)」という感じで使われがちだが、正しい意味は「ハイハイ! やります! やりたいです!」という意味である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る