優愛ルート 2
「あのね、オタク君。お願いがあるんだけど……」
「お願いですか?」
「うん。実はね……」
抱きしめる手を強め、優愛が悪戯っぽく笑う。
優愛のお願い、それは……。
「皆、おはよう」
朝の教室。
いつもよりも三割増しの元気の良い挨拶をしながら、優愛が教室のドアをガラリと開ける。
いつも騒がしい優愛だが、わざわざ挨拶をしながら教室に入ってくるのは珍しいなと思いつつ、クラスメイトが挨拶を返そうとして言葉を失う。
ドアを開けた優愛の隣には、オタク君がいたからである。
それだけならいつも通りなのだが、今日に限って二人仲良くお手手を繋いでである。
それが何を意味するのか、クラスメイト全員が察した。
「何々。優愛、小田倉君と、仲良く手を繋いで登校とか、恋人同士みたいじゃん」
村田の姉の方、歌音が茶化すように声をかける。
明らかに「みたい」ではなく「恋人同士」にしか見えないだろうが、彼女はあえてそう口にした。
会話の流れをスムーズにするために。あと優愛の顔に「どうしたのか聞いて欲しい」と書いてあるので。
「実は私たち、付き合う事になりましてですね」
フフーンとドヤ顔で語る優愛。
その発言を皮切りに、クラスメイトの驚きの声が廊下まで響き渡る。
オタク君と優愛。付かず離れずを繰り返している二人は、いつか恋人関係になるだろうとクラスメイトは予想していた。
予想はしていたが、こうして「恋人になりました」と報告されれば、やはり驚いてしまうものである。
「ちょ、いつから付き合う事になったの!?」
「告白ってどっちから?」
「恋人繋ぎして見せびらかすじゃん」
せっかくオタク君と手を繋いで登校したというのに、あっという間にクラスの女子に囲まれ連れ去られる優愛。
繋いだ手が離されるが、オタク君に名残惜しそうにする暇なんてない。
「小田倉、鳴海さんゲットするとかやるじゃん」
「お前らどこまで行ったんだ?」
「もうさ、正直な感想言うと、やっとかよ。待たせ過ぎだろ」
優愛と同じように、クラスの男子に囲まれ質問攻めにあうオタク君。
ふざけたり茶化したりしながらも、クラスメイトの誰もが二人の仲を祝福していた。
この一年、人によっては二年もオタク君と優愛の関係を見せられ続けてたので。
もちろん、優愛を狙っている男子生徒はいた。なんならオタク君も女子生徒に狙われる側である。
だが、二人の間に他の人間が割って入る隙間がない事くらい、既に理解している。
だから皆、素直に祝福の言を述べている。
「優愛、小田倉に振られたらいつでも慰めてやるからな」
「はぁあああ? オタク君。恋人同士の初めての共同作業で、リコをやっつけよう!」
まだ素直に祝福するには時間がかかる者も、わずかにいるようだが。
いつもの軽口のようで、どこかキレがないリコ。周りの輪から少し離れた場所ではにかむ委員長。
「優愛」
「おっ、リコまだ喧嘩か?」
「おめでとう」
「……ありがと」
リコの言葉に、優愛は心が少しだけ軽くなったように感じた。
自分がそうであるように、彼女たちもオタク君に対し少なからず恋心を抱いているのを優愛は知っていたから。
オタク君と恋人同士になれば、リコや委員長との関係が変わるかもしれない。
色々な引け目を感じつつも、それでもオタク君を取ったのだ。もしかしたら友情が壊れるかもしれない可能性を理解しながら。
そして、そんな優愛の不安にリコと委員長は勘づいていた。『もしオタク君と自分が付き合ったら』リコや委員長がそんな事を考えたのは一度や二度ではない。
愛憎の感情がないとは言い切れない。今すぐに割り切れる話でもない。
泣きわめき、私じゃダメなのかと縋りつき、想いを発散させれば幾分か気は楽になるだろう。
だが、そんな気持ちよりも勝ってしまっているのだ。優愛との友情の気持ちが。
だから、どこかぎこちなく、ギクシャクしてしまいながら、いつもの日常を彼女たちは演じる。
それが自然になるように。
オタク君と優愛に押し寄せていたクラスメイト達だったが、チャイムがなり、担任が教室に来ると蜘蛛の子を散らすように自分の席へと戻っていく。
朝のホームルームが始まり、教壇で教師が連絡事項を淡々と伝えていく。
「ん?」
マナーモードにしてあるオタク君のスマホから、メッセージが届いた振動音が低く響く。
周りや教師にバレないように、オタク君がそっとスマホの画面を見ると、リコからのメッセージが表示されていた。
『もう優愛以外の女の頭を撫でたりするなよ』
いくら鈍感なオタク君でも、優愛と恋人同士になったのだから、誤解されるような事をするなよと釘を刺されている事くらいは理解できる。
『もちろんです!』
優愛の為に誤解されるような行動は慎もう。
そう心に誓ったオタク君だが、リコや委員長と逆に距離を取り過ぎたりして、それはそれで問題になったのは言うまでもない。
だが、それはそれでオタク君らしいと笑い話にされ、彼女たちがオタク君を弄る時の鉄板ネタの一つになった。
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