第162話(委員長ルート)「えっと、そうですね。小田倉君はどんな髪型が似合うと思いますか?」

「ごめんね。朝からつき合わせちゃって」


「いえいえ。そろそろコミフェですから、僕も行こうと思っていたので丁度良かったです」


 クリスマスで彩られた商店街を、肩を並べ歩くオタク君と委員長。

 今二人が向かっているのは、以前優愛に紹介して貰った美容院である。

 紹介されて以来、時折足を運んではいるが、オタク君は基本一人で行くために、こうして誰かと行く事はなかった。

 そして、委員長も委員長で口下手なので、上手く誰かを誘えず、美容院から「そろそろリタッチする?」と連絡が来たら行くスタンスを取っていた。

 なので、普段は一緒に行く事はない。


 もちろん、そんな事をしていれば優愛やリコがオタク君を誘うのは当然である。

 皆でどこか出かける際に、呼ばれはするが、それは皆で出かける場合。二人でこっそりお出かけに誘う際は当然呼ばれる事はない。

 優愛やリコがそうやってオタク君とこっそり二人きりで出かけ、親睦を深めている事は、委員長も何となく勘づいている。

 もし、誰かと付き合うなら、自分みたいな陰キャよりも、優愛やリコのような陽キャギャルをオタク君は選ぶだろう。

 彼女はそう思っていた。文化祭までは。

 

 二人に負けないと心に決めた後の委員長は積極的だった。

 事あるごとに、オタク君をお出かけに誘う頻度が増えた。放課後に一緒に本屋に行くのを誘ったり、休日に映画に誘ったりと。

 最初は受け身だったオタク君も、委員長が誘ってくれるのだから、自分が誘っても変に思われないはずと誘うようになり、優愛やリコを誘うのは躊躇われるようなオタクコンテンツを、オタク仲間として気軽に誘う関係になっていた。


「そうだ。終わった後、時間あります?」


「あっ、うん。ある!」


「それじゃあ本屋に行きませんか? 新作が出たけど買ってないのが増えてて」


「そうなんだ。そういえば私も最近買ってなかったかも。小田倉君のオススメって何かある?」

 

「そうですね……」


 好きなアニメやゲームから始まり、ラノベや漫画の話をして、またアニメやゲームの話に戻っていく。

 何度も繰り返されたはずなのに、二人の会話が尽きることがない。

 だが、楽しい時間というのは楽しければ楽しいほど、あっという間である。

 気づけば美容院の前に到着していた二人。もう少し話したい気分ではあるが、予約の時間もあるのでそうはいかない。

 少し名残惜しいが、終わってからまた話せば良い。そう思い美容院のドアを開ける。


「いらっしゃい。今日は二人一緒なんだね」


 ドアを開け、中に入ると店長がオタク君たちに声をかける。

 早速カットをお願いするオタク君と、リタッチをお願いする委員長。

 

「オタク君も、たまにはワイルドな感じにして見るのはどうだい? それとも小洒落た感じが良いかな?」


「えっと、それじゃあお任せで」


「よーし、それじゃあとびっきりの色男にしてあげよう」


 店長のノリにも慣れたのか、いまだテンションに気押されているが、それでもオタク君は意見を言える程度にはなっていた。

 カットをしながら、最近見たアニメの話をオタク君とする店長。相性が良いのか、それとも店長が話上手なのか分からないが、二人の会話が盛り上がる。

 そんな様子を、委員長が横目で見続ける。


「小田倉君の様子が気になるのは分かるけど、こっちに集中しようね」


「あっ……すみません」


「良いの良いの」


 だって、好きな人の事が気になるのは仕方ないしね。

 担当の美容師がそっと委員長の耳元でそう囁く。

 その瞬間、委員長がぼっと火が飛び出そうな勢いで顔を赤らめる。


(若いって良いわね)


 恥ずかしさから、視線を下げた委員長を見て、にっこりと微笑む美容師。

 オタク君には聞こえていないが、どうやら店長には聞こえていたらしく、困ったもんだと少しだけ苦笑いを浮かべられる。

 委員長のリタッチが進む中、オタク君は先に終えたようで、待合用のイスで座り委員長を待っていた。他に客もいないため、時折店長と話しをしながら。

 

「そうだ。オタク君も普段と違う感じにして見たから、彩輝ちゃんもたまには違う髪型に挑戦とかどうだい? そうだなぁ、オタク君はどんな髪型が似合うと思う?」


 唐突に、オタク君と話をしていた店長が手を叩き、良い事を思いついたと言わんばかりにそう提案をした。

 そんな店長の提案に、委員長の担当をしている美容師も賛成の声を上げる。

 

「良いですね。彩輝ちゃんはどう思う?」


「えっと、そうですね。小田倉君はどんな髪型が似合うと思いますか?」


「どんな髪型か、ですか」


「はいこれ。髪型の表」


 よく分からないという逃げ道を潰すために、オタク君の前にヘアカタログの本をドンと置く店長。


「こういうのもありますよ」


 更にダメ押しと言わんばかりに、委員長の担当美容師が追加のヘアカタログの本をオタク君の前に置いた。


「リタッチはまだ時間がかかるから、ゆっくり考えてあげてね」


 そこまで言われて、わかりませんと言えるオタク君ではない。

 ヘアカタログの本を手に取り、どんな髪型があるのかと真剣な目で一ページ一ページを読み進めていく。

 

(小田倉君に選んで貰える)


 それが嬉しくて、ちょっとだけにやけてしまう委員長。

 そんな委員長の気持ちはお見通しの店長と美容師。内心では大はしゃぎなのだが、そこは大人の対応と、お互いに軽くウインクを送り合う。

  

(委員長か、地雷系が好きだから、これかな)


 それから一時間後。


「ど、どうかな?」


「はい。似合ってますよ」


「ありがとう。小田倉君も、その髪型似合ってるよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 ツーブロック分けのオシャレな髪型になったオタク君と、いつものようなドリルではなく、ハーフツインのゆる巻きをした委員長。

 二人揃って普段と違う髪型にしたせいか、どことなくぎこちない感じで初々しさを出している。

 そんな初々しい二人が店から出ていくのを、店長と美容師は満足気に見送っていた。

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