第81話「そう言えば、オタク君は普段どこで髪切ってるの?」

 教室に向かう間、ずっと手櫛で髪型を整えるリコ。

 優愛のぐしゃぐしゃは結構な癖をつけたのか、所々跳ねてしまっている。

 

 オタク君たちが教室の前で立ち止まり、確認をする。

 教室の札には2年E組と書かれている。オタク君たちの新しい教室である。

 新しい教室かあっているのを確認し、オタク君が控えめにドアを開けた。


「おはようございます」


 教室には既に先客が来ていたようだ。

 椅子に座っているのは派手なドピンク頭に地雷系メイク。委員長こと雪光彩輝である。


「おはようございます」


 特に驚く様子もなく、返事を返すオタク君達。

 クラス表を見て、委員長も同じクラスであることを既に知っていたからである。

 更に言えば、委員長はいつも一番に教室にいるので、もういるだろうと予想していた。

 

「委員長も同じクラスですね。今年一年よろしくお願いします」


「はい、こちらこそ今年一年、よろしくお願いします」


 オタク君たちに向き直り、膝に手を重ね、深々と頭を下げ綺麗なお辞儀をする委員長。

 委員長のお辞儀を見て、同じように深々と頭を下げるオタク君。

 隣でが、良く分からないがオタク君に釣られ頭を深々と下げる優愛とリコ。

 教室の前で頭を下げるオタク君達。傍から見たら異様な光景である。


「あら?」


 オタク君たちの様子を見て、委員長が気になったように声をかける。


「リコさん、その、髪型……」


「あぁ、こいつにやられたんだよ」


 そう言って優愛を指さすリコ。

 指を差され優愛は胸を張り「私がやりました!」と元気よく答える。


「良ければ、使いますか?」


 委員長、カバンの中からクシを取り出す。

 ド派手な見た目と反し、クシは地味な色合いのものである。

 委員長の地雷系はオタク君の趣味(と思っている)に合わせてやっているだけなので、こういった小物は地味な物が多い。


「あぁ、ありがと」


 委員長の元へ行き、クシを受け取るリコ。

 黒板に張られた座席表をチラリと見て、自分の席へ座り髪をとかし始める。


「リコさん、良ければ僕がやりましょうか?」


「頼むわ」 


 荷物を自分の席に置き、リコの髪をとかし始めるオタク君。

 だが、あまり思った通りにはいかない。 

 どれだけといても、根本付近がどうしてもウェーブがかかってしまうのだ。

 うんうん唸りながら何度もクシを通すオタク君。

 そんなオタク君を見て、諦めの入った声でリコが言う。


「あー、伸びてきた部分にストレートかけてないから、もうクシじゃどうにもならないか」


 リコは元々癖の強い髪質なので、ストレートパーマをかけて今の髪型にしていた。

 だが、ストレートパーマは伸びた部分にもかかるような便利な物ではない。

 なので、伸びてきた根本はどうしても癖毛になってしまい、クシではどうしようもない状態になっているようだ。

 

「そうみたいですね」


 そう言いながら、リコの髪を触り、色々と弄るオタク君。

 根本が癖毛でも、可愛くなるような髪型を模索しているようだ。

 とはいえ、そう上手くいくわけもなく、途中で優愛も加わりあーでもないこーでもないといじくりまわしている状態である。


「良かったら、これも使いますか?」


 そう言って、委員長がカバンを漁り始める。

 中から出てきたのは、持ち運び便利なコンパクトサイズのヘアアイロンである。

 

「良いんですか?」


「うん」


 委員長から受け取り、ヘアアイロンのスイッチを入れ温度が上がるのを待つ。

 慣れた手つきでヘアアイロンを扱うオタク君。

 クシでどれだけやっても伸びなかったリコの髪が、一瞬でストレートに伸びていく。


 まっすぐに綺麗に伸びた髪を整えて、最後にヘアピンを刺す。

 その位ならリコは自分でも出来るが、あえて何も言わずオタク君のなすがままにされている。

 鏡を見ると、いつも通りの髪型になった自分が見える。  

 

「リコさん、髪型気に入らなかったですか?」


「いや、そうじゃないんだ」


 鏡を見て、リコが少しだけ表情が曇ったのをオタク君は見逃さなかった。

 もしかして髪型が気に入らなかったか不安になるオタク君だが、リコの顔が曇ったのはそんな理由ではない。

 いつもと違った、優愛みたいな髪型もしてみたい。そう思ったからである。

 それが顔に出てしまったのだ。


 リコの目の前には、オシャレな髪型をした優愛と委員長が立っている。

 自分みたいなちんちくりんが、彼女たちの真似をしても似合わないだろう。

 それでも、そんな髪型にしてみたいと思うのは、女の子なら当然である。


「アタシも優愛みたいな髪型とかやってみたいなと思ったけど、やっぱ似合わないよな」


「そんな事ないと思いますけど?」


「そんな事あるよ」


 ハハハと自嘲的な笑いをするリコ。

 だが、オタク君はつられて笑う事なく、真剣に答える。


「そんな事ないですよ」


「そ、そうか」


 オタク君の言葉に、赤らめるリコ

 先ほどまでのオシャレな髪型をしたいとか、そんな気持ちは今の一言で吹き飛んでしまっている。

 大体オシャレをしたいと思う理由なんて、そもそも……いや、そこまで言う必要はないだろう。

 とにかくリコの機嫌が良くなった。それでヨシだろう。


 そして、その言葉を聞いてもう一人機嫌が良くなった人物がいる。


「なになに、リコもオシャレな髪型に興味があるの!?」


 優愛である。

 オシャレには当然興味があるリコだが、どうしても恥じらいがあるのか、どこか一歩引いてしまう所がある。

 そんなリコをオシャレ的な意味でアレコレしたい優愛だが、無理に押し付けるわけにはいかず機会をずっと窺っていたのだ。


「そうだ、今度一緒に美容院行こうよ。勿論オタク君と委員長も一緒に行くでしょ?」


「美容院ですか、行った事ないですけど男が行っても大丈夫なんですか?」

 

 別に男でも美容院には普通に行くものである。

 一瞬ふざけてるのかと思った優愛だが、オタク君の表情を見るとふざけているようには見えない。


「そう言えば、オタク君は普段どこで髪切ってるの?」


「僕は近所の床屋で」


「床屋!?」


 オタク君の答えに対し、驚愕の表情を浮かべる優愛。

 そんな優愛を見て、リコが気まずそうな顔をする。


「えっ、もしかしてリコも……」


「き、近所の床屋でストパーかけてから、揃える感じで切ってもらってる」


「もう高校生だよ!? リコ女の子だろぉ!?」


 流石に床屋に対して失礼が過ぎる。


「私はお母さんに切って貰ってる」


「お母さん!?」


 委員長の髪型を考えると、逆に母親が凄いまである。 

 とはいえ高校生なのだから、おしゃれを考えると美容院に行くべきだろう。

 

「分かった。今週の日曜に、美容院の予約入れておくから」


 優愛の言葉に対し、誰も反論をしない。

 オタク君は流された感じだが、リコと委員長は純粋に美容院に興味があったからだ。

 興味があっても一人で始めて行くのは勇気がいるものである。なのできっかけになり逆にありがたく感じていたりする。


 美容院がどんな感じかオタク君とリコと委員長に質問攻めにあい、それに優愛が答え時間があっという間に過ぎていく。


「おっす、優愛今年もよろしく」


「またお姉ちゃんと一緒のクラスだし」


 登校してきた村田姉妹も混じり、会話が盛り上がる。

 しばらくして、チャイムの音が鳴り響いた。

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