第80話「オタク君。リコが反省するまでスカート巾着にしてイジメようぜ!」

「オタク君、本当ホントごめん」


「いえいえ、気にしなくて良いですよ」


 気にしてませんよと言わんばかりに手を振るオタク君。

 だがなおも両手を合わせ、頭を下げる優愛。

 そんな優愛を見て「ははっ」と乾いた笑いを浮かべるオタク君の肩には、よだれがべったりついていた。

 大口を開けてガチ寝した優愛の物である。


「リコさんも待ってるし、行きましょうか」


 よだれを軽くふき取り歩き出す、そんなオタク君の隣を歩く優愛。

 電車で少し寝た事と、駅の吹き抜ける冷たい風で目はバッチリ覚めたようだ。


「あっ、おーいリコ」


 改札口を出た所でリコを見つけ、優愛が駆け寄る。

 携帯を弄る手を止め、リコが顔を上げる。そのまま声をかけようとして口が止まる。

 どうやら優愛の髪の変化に気づいたようだ。


「へぇ、すごいじゃん。どうやったのこれ?」


「いや、私に聞けよ!」


 優愛ではなくオタク君に聞くリコ。

 優愛自身がそんな事出来るわけないので、どうせオタク君がやったのだろうと判断しての事だ。

 リコの予想通り、オタク君がやったわけだが。  


「インナーカラーというのに挑戦したいという事で、前に買ったエクステで試してみたんですよ」


「相変わらず器用だな」


「フフーン、どうよ」


 右手で髪をバサッとして、ドヤ顔でモデル立ちを決める優愛。


「流石小田倉だな」


「私は!?」


「あぁ、はいはい。似合う似合う」


「雑ッ!」


 なおもリコに食い下がろうとする優愛だが、それも雑にあしらわれる。


「寒いし行くよ」


 むぅと唸る優愛を無視して、リコが歩き出す。

 不機嫌そうに唸っていた優愛も、歩きながらクラス替えの話題になる頃にはすっかりご機嫌になっていた。

 そんな優愛をチラチラと見ながら歩くリコ。


 正直に言うと、凄く羨ましがっていたりする。

 インナーカラーの髪型良いなとか、長い髪は自分に似合わないだろうけど伸ばしてみたいなとか、オタク君に自分も髪を結ってもらいたいなとか。

 正直になれない性格なので、それを口に出す事はないが。


 学校に近づくにつれ、オタク君、優愛、リコがややぎこちなくなってくる。

 クラスが別だったらどうしよう。口には出さないがそう思うと緊張してくるのだ。

 そんな不安を飛ばすように、同じクラスになったら何しようか等と無理に明るい会話を装っている。


「おい、優愛どこに行くんだ?」


「えっ?」


「僕たちは今日から二年生だから二年生の下駄箱ですよ」


「あっ!」


 いつもの癖で、そのまま一年生の下駄箱に向かいそうになる優愛。

 えへへと頭を掻きながら照れ隠しの笑みを浮かべる。


 二年生の下駄箱は一年生の下駄箱の隣にある。

 その下駄箱のガラス戸には、新しいクラス表が張られている。

 近づいて一つづつ自分の名前が何処にあるか探すオタク君達。

 クラス表は名前順に書いてある。小田倉は「お」なので前半にあるためすぐに見つかったようだ。


「あっ、僕は今年もE組でした」


 オタク君。二年連続でE組のようだ。

 E組と聞いた優愛とリコが、E組のクラス表を必死に見る。


「アタシもE組だ。一緒のクラスだな」


「ホントだ、リコさん。今年一年よろしくお願いしますね」


 少し笑みを浮かべながらオタク君によろしくと言ったリコだが、すぐにその表情が曇る。

 そして、悲しそうな顔で優愛を見た。


「優愛は……残念だったな」


「えっ、ウソ!?」


 リコの言葉を聞いて焦る優愛、ガラス戸に手をつきながらクラス表を見る。

 その目には、少しだけ涙が滲んでいる。 


「あれ、優愛さんの名前もありますよ。ほら、ココ」


「あった! じゃあオタク君と一緒のクラスだね!」


 先ほどまで涙目だった優愛が、パッと笑顔になる。 


「はい、優愛さんも今年一年よろしくお願いします」


「うんうん」


 笑顔で頷く優愛だが、その表情が笑顔のまま怒りに変わる。

 

「りぃ~こぉ~?」


「一緒のクラスになれてよかったね」


「こいつめ、こうしてやる!」


 リコの頭を掴み髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き始める優愛。

 普段ならちょっとやったらすぐにやめる優愛だが、今回はいつもよりも激しい。

 やめろと抗議の声を上げるリコに対し「コイツめ!」と言いながらもぐしゃぐしゃし続ける。

 まぁまぁと言いながらオタク君が止めに入るまで、優愛の髪の毛ぐしゃぐしゃの系は続いた。


「ったく、どんだけやんだよ」


 一年前のような、天然パーマのような髪型になったリコがぶつくさと文句を言うが、まぁ今回は彼女が全面的に悪いので仕方がない。


「オタク君。リコが反省するまでスカート巾着にしてイジメようぜ!」


「スカート巾着、ですか?」


 スカート巾着とは、スカートを頭の上まで持ち上げてから先を紐で縛り、巾着のようにするイジメである。

 相当昔のイジメ方で、知ってる人は少ない。

 オタク君はオタク知識でなんとなくは知っているが、リコはそれが何か分かっていないようだ。


「リコさんはミニスカートだから、無理なんじゃないですか?」


 オタク君、突っ込むべきはそこではない。

 そんなオタク君の発言を真に受け、優愛が一瞬考える仕草をする。


「じゃあ……スカート腹巻にしてやろうぜ!」


 言うが早いか、優愛がリコのスカートに手をかける。

 すかさずブロックをするリコ。

 しかし優愛に比べ一回り以上体格の小さいリコでは、力の差が出来るのは当たり前である。

 少しづつ、リコのスカートを掴んだ優愛の腕が上がっていく。


「リコごめんなさいするか? 素直にごめんなさいするか?」


「分かった、分かったよ。アタシが悪かった、ごめん、ごめんなさい!」


「もうしない? しないって約束する?」


「するする。します。もうやりません!」


「よーし」


 ハァハァと肩で息をするリコが悪態をつこうとして、口をつぐむ。

 ここで何か言えば、また優愛がスカートを掴むのが目に見えているからである。

 疲れ気味のリコに対し、優愛はケロっとしている。


 優愛は実はそこまで怒っていたわけではない。

 ただ、ちょっと涙目になってる姿をオタク君に見られるのが恥ずかしくて、わざとはしゃいで見せたのだ。


「小田倉も止めろよ」


「いやぁ、ははっ、すみません」


 呆れ気味に言うリコにオタク君は困ったように笑って誤魔化す。

 止めようにも優愛の手を掴むか、リコのスカートを一緒に抑えるか、もしくは優愛を後ろから羽交い絞めか抱きしめるしかない。

 どれも下手をすれば問題になりかねないので、まぁまぁと言うだけしか出来なかったのだ。

 なのでオタク君に出来る事は何もなかった。

 まぁ、オタク君が優愛の手を掴んだら、それだけで優愛は機嫌が直って止まっていたかもしれないが。

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