第79話「こうやってオタク君にやってもらうの、久しぶりだね」

「そろそろ着きます、っと」


 優愛の家に近くまで来たオタク君。

 時刻は六時半を過ぎたところ、早すぎるというほど早いわけではないが、インターホンを鳴らすには躊躇われる時間帯。

 なので優愛にメッセージを送ったのだ。優愛の家族に対する気遣いである。

 早朝から異性を家までお迎えしている時点で気遣いも何もない気がするが。その辺りは鈍感である。


 しばらくするとオタク君の携帯から着信音がなる。

 優愛からのメッセージのようだ。


『玄関のドアの鍵開けてあるから、勝手に入ってきて』


 不用心である。

 優愛の家に到着し、キョロキョロしながら不審者のように進入するオタク君。 


「お邪魔します」


 小声で挨拶をし、ゆっくりと靴を脱ぎ、足音に気を付けながら廊下を歩いて行く。

 廊下の途中にあるドアからは、ご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。


「優愛さん?」


 鼻歌に対し、オタク君が声をかける。

 すると、ドアがガバッと開かれる。


「オタク君、もう来てたの!?」


「あっ、はい。ってうわああああああ!?」


「えっ、どうしたの!?」 


 オタク君の慌てように、思わず何があったのかと「えっ」と言いながら周りを見渡す優愛。

 オタク君が驚いた原因は優愛本人である。同級生の美少女がバスタオル一枚の姿で出てきたら、年頃の男の子は流石に驚くというものだ。

 優愛は今シャワーから上がったばかりなのだろうか。身体からは湯気が立ち昇り、所々に水滴がついている。


「優愛さん、床、床濡れてるから!」


 優愛の格好に突っ込もうにも、どう言えば良いか分からず、思わず床が濡れてると言ってしまったオタク君。

 普段から妹の希真理が風呂上がりに似たような格好でうろつくので、条件反射的に出た言葉である。


「ヤバッ、ちょっと待ってて」


 バタンとドアが閉められる。

 なにはともあれ、事態を収めることは出来たようだ。

 少ししてからドア越しにドライヤーの音が聞こえる。髪を乾かし始めたのだろう。


「優愛さん、ご両親は?」


「ん? 今日は居ないよ」


 朝早い時間とはいえ、これだけ騒いで誰も出て来ないのだから、居ないのは当然である。

 じゃあいつなら居るのだろうかと思ったが、あえて口に出さないオタク君。下手な事を言えば地雷を踏みかねないので。


 しかし、家には誰もいないのに、年頃の娘が玄関のカギを開けっぱなしにしてシャワーとは不用心である。

 更に言えば、オタク君は年頃の男の子。間違いが起きないとは限らない。本当に不用心である。

 それだけ信頼されている証拠でもあるが、実際にオタク君も覗こうとはせず、ドアからあえて離れた位置まで移動している。


 とりあえず、自分が騒いで迷惑をかけなかった事にホッとするオタク君。

 

「優愛さんが朝シャンするなんて、珍しいですね」

 

「あー、うん。何となくね」


 朝に弱いわけではないが、ギリギリの時間まで寝てる事が多い優愛。

 なので彼女が朝からシャワーを浴びる事はあまりない。オタク君が朝迎えに来た時も、朝シャンをしていた事はない。

 では、なぜ今日に限って朝シャンをしていたのか?

 寝ていないからである。


 新学期が楽しみ過ぎて眠れず徹夜してしまい、先ほど眠気が来たのだ。

 なので、眠気を飛ばすためにシャワーを浴びていたのだ。玄関のカギを開けっぱなしにしてオタク君を呼んだ上で。

 ギャルの割に子供じみている。


「ねぇねぇ、オタク君」


「どうしました?」


 ドライヤーの音が止まり、ドアを開けて優愛が出て来た。

 先ほどのバスタオル一枚姿ではなく、ちゃんと制服を着て。

 本当は薄着で出て、慌てるオタク君をからかおうと思ったのだが、寒いからちゃんと制服を着ている。

 実はさっきのバスタオル姿も分かってやっていたりする。小悪魔的である。


 そんな小悪魔的なギャルが、ドライヤーとクシを持って、やや前かがみになってオタク君に上目遣いを投げかける。

 ほんのり朱に染まる優愛の頬に、一瞬ドキっとするオタク君。

 とはいえ、オタク君には、優愛が何を欲しているのかは予想がついていた。


「髪の毛、整えて」


「良いですよ」 


「やったー!」


 無邪気に喜ぶ優愛をリビングの椅子に座らせ、髪をドライヤーで乾かしながらクシですいていく。

 

「こうやってオタク君にやってもらうの、久しぶりだね」


「そうですか?」


 お互いに最後にやったのはいつだったけと話しながら、優愛の髪を整えていく。

 最期はいつだったか覚えてないが、一ヶ月近くはやって貰ってなかったねと笑いながら話し合う。


「そうだ。このエクステ使ってなかったから、やってみたい!」


「良いですね。どんな感じにします?」


「私、髪の毛金っしょ? だからインナーカラーが赤になる感じって、出来るかな?」


「分かりました。やってみますね」


 インナーカラーが違うウィッグはドールで人気がある為、そこそこ練習していたオタク君。 

 慣れた手つきで、エクステのクリップを髪型が自然になる位置に着けていく。

 

「痛くないですか?」


「うん。大丈夫だよ」


 エクステのクリップが外れたり、髪が傷んだりしないように注意をしながらクシを通していく。

 わずか十数分で完成である。


「うわっ、ヤバッ!」


 鏡を覗き込み、思わず驚きの声を上げる優愛。

 髪の外側は変わらず、内側が赤いメッシュになっている。

 色々な角度で自分を見て、時折写真を撮っている。

 どうやら相当気に入ったようである。 

 その様子に、オタク君も満足顔をしている。


「オタク君、学校行こう!」


「メイクがまだですけど、良いんですか?」


「……軽い感じでやって!」


「はい」


 優愛の反応を想定していたのか、化粧道具を取り出しているオタク君。

 うずうずする優愛に、メイクを施す。


「終わりましたよ。行きましょうか」


「そうだ、リコに連絡入れとかないと」


 早く学校に行って見せびらかしたいのだろう。

 まるで、新しいおもちゃを手に入れた子供である。

 待っていられないと言わんばかりに立ち上がり、玄関に向かう優愛。

 その後をオタク君が追いかける。 


「よーし、行くぞ」


 ハイテンションの優愛。時刻はまだ朝の七時過ぎだというのに近所迷惑である。

 苦笑しながらも、そこまで喜んでもらえたのならと満更でもないオタク君。

 時折、エクステがズレてないか気になりチラチラする優愛に「大丈夫ですよ」と言いながら駅へ向かって行く。


「今の子、髪型すごくね? マジギャルだわ」


「それな!」


 駅に着くと、オタク君たちと同じように、早く学校に行く生徒がちらほらと見かけるようになる。

 オタク君や優愛と制服が違うので、オタク君たちとは別の学校の生徒たちなのだろう。 

 そんな彼らや彼女達が優愛とすれ違うたびに振り返る。


 反応されるたびに、ちょっとだけ顔がにやける優愛。

 その隣で、オタク君も顔に出ていないがテンションは上がっていた。

 オタク君も今回は満足いく出来だったので、周りの反応が見たかったのだ。

 似た者同士である。


「さっきの子達、私の事言ってたよね!」


「そうですね。皆振り返ってましたし」


「これもオタク君のおかげだし。やっぱりオタク君最高だわ!」


 そんな風に話しながらはしゃぐ優愛。 

 だが、電車に乗って数分後には完全に寝落ちしていた。

 徹夜明けで電車に揺られれば、寝てしまうのは仕方がない。


(駅に着くまで、寝かせておくかな)


 優愛が倒れないように、そっと体を寄せるオタク君。

 そのままだらりと、オタク君に体を預け優愛は眠り続けた。

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