第53話「あっ、オタク君発見!」
アーリーチケットにより、快適にコミフェ会場の中へ入れたオタク君。
事前にコミフェの事を調べていたが、大抵は愚痴ばかりだった。
曰く。
「臭い」
「狭い」
「動きにくい」
愚痴は、大抵がこれに収まる内容だ。
なので、気を引き締めて挑んだオタク君だが、思ったよりもスカスカな室内に肩透かしを食らったようだ。
お目当ての人気サークルの列に並び、以外にもすんなり購入できた。
チョバムとエンジンに頼まれた人気サークルの同人誌も買えてルンルン気分だったオタク君。
6件目のサークルに回ろう、そう思った時だった。
オタク君は、コミフェの本当の姿を知ることになる。
「うわっ、なんだこれ」
一気に人が雪崩れ込んで来たのだ。
アーリー組が終わり、一般入場組が入って来たからである。
例えるなら人間で出来た濁流である。
スタッフが走らないで下さいと拡声器を持って叫んでいるが、先頭を走る者が居ればついて行ってしまうのが人間心理。
列からはぐれない様に必死に避けるオタク君。目の前を一般入場組が駆け抜けていく。
その濁流は終わることなく続いている。人間が7分で隙間が3分である。
6件目までは無事に買えたオタク君だが、そこからは地獄であった。
身動きすらまともに取れず、やっと到着して列に並べば売り切れと言われる。
目的のサークルの目の前まで辿り着いたが、人混みに流されてしまいそのまま素通りになってしまう事もあるくらいだ。
こうなってしまっては、歴戦の戦士ですらどうしようもない状況だ。
ましてやオタク君は初参加。どうにか出来るわけも無く、なんとか数件回れたくらいである。
「ごめん。お待たせ」
チョバムとエンジンのサークルに着いたのは、12時過ぎであった。
「人混みに流されたのでござろう。この状況を見てれば分かるでござるよ」
「仕方がないですぞ」
とりあえず、邪魔にならないようにサークルのスペースに入るオタク君。
色々と疲れはしたが、それでも目的の同人誌がいくつも買えたのでオタク君は高揚気味である。
一般入場では入手が絶望的な物をいくつか買えたのだから、大手柄である。
手に入った戦利品を出し、チョバムとエンジンの分を振り分けていく。
普通のオタクであれば、ここで同人誌を高らかに掲げ興奮する所である。
だが、チョバムとエンジンのテンションは低い。
がっくりと項垂れて、オタク君の話にも相槌を打つ程度である。
「さっきから暗いけど、2人ともどうしたの?」
とはいえ、オタク君も何となく理由は察していた。
売れ行きが悪いのだろう。同人誌の。
何部売れたか聞きたいが、怖くて聞けないので遠回しに「どうしたの?」なんて言っているのである。
「同人誌が……全然売れないでござる」
「今の所、売れたのは2部ですぞ……」
ちなみにお隣さんのスペースに渡した分を合わせず、売れたのが2部である。
初参加、しかも非エロで2部売れたのならば十分とも言える。
どれほどのサークルが夢を見て、販売数0部の涙を吞んだ事か。
だが、そんな現実を彼らは知らない。
オタク君に売れ行きを話た後に、大きなため息をつく、チョバムとエンジン。
ただでさえ売れていないというのに、暗い顔をしていては人も寄り付かないというものだ。
お隣のサークルも、オタク君達の段ボールに入った同人誌の山を見て「あちゃー」と言わんばかりに苦笑している。
「サークルは僕が見ておくから、2人は気分転換に行ってきなよ」
せっかくのコミフェ、このまま腐っていても仕方がない。
刷った同人誌については、もうどうしようもないのだ。
なので、せめてコミフェを少しでも楽しんできて欲しいと、オタク君なりに気を使っている。
「そうでござるな」
「某も欲しい同人誌があったの思い出しましたぞ。ちょっと買いに行くですぞ」
「拙者、エッチな同人誌買って来るでござる!」
「チョバム殿、某の分も!」
「あっ、僕の分もお願い!」
少しわざとらしくはあるが、無理やりにテンションを上げる3人。
ヨシと一息入れて、チョバムとエンジンは立ち上がる。
「それでは小田倉殿、留守番お願いするでござるよ」
「後は任せたですぞ!」
軽く伸びをしてから、サークルスペースを出て行く2人。
オタク君は彼らを見送ると、お隣に軽く挨拶を交わした。
「いやぁ、大変ですね」
「初参加で浮かれちゃって」
挨拶の話題は、やはり刷り過ぎた同人誌の事である。
オタク君の話を聞いて「そうそう、俺達も昔同じ事やらかしたわ」等と盛り上がっている。
「うちなんて昔300部刷って、売り上げ0だったよ」
反対側のサークル主が、手をメガホン代わりにして会話に参加する。
「300ってヤバくないですか!?」
「友人3人とダンボール3つに分けて持ち帰ったよ。周りの視線がめちゃくちゃ痛かったって」
誰もが通る道のりだ。彼らはそう励まそうとしているのだろう。
チョバムとエンジンに言ってあげるべきではあるが、彼らの凹みようを見て声がかけづらかっただろう。
やっと話が出来る相手が出来たといわんばかりに、オタク君にサークルの過去の失敗談を話すお隣さん達。
どちらのサークルも、メンバー含めてオタク君より見た感じ2周り以上年上だ。
オタク君達は、彼らがコミフェ後の打ち上げをする際に、さぞかし話の肴にされる事だろう。
「それと、売りたいなら声をかけて行かないと厳しいぜ、こうやってな」
そう言って、オタク君の右隣のサークルの人が声を上げる。
それを見て、左隣のサークルも負けじと声を上げた。
「サークル『メスガキ兄貴』の新刊です。良かったら見て行ってください!」
「多分健全なおねショタ本です。見るだけでも良いので1部いかがですか!」
何人かは振り向いて頒布物をチラ見していく。そしてたまにふらふらと人が寄ってきてはサンプルを手にしたりする。
声かけの効果はあるようだ。
こんな感じだぜと言わんばかりに、オタク君を見る両サークル主。
「サークル『第2文芸部』の新刊、『オタク君に優しいギャル』です。良かったら見て行ってください」
まだ恥じらいが残るのか、声が小さいオタク君。
それでも声を出せたことに満足気だ。
他のサークルが呼びかけをするのに合わせ、段々とオタク君の声も大きくなっていく。
例え人が来ないにしても、お祭りの掛け声のような、気持ちよさがあった。
何人かが、オタク君のサークルに来てサンプルを読んでいく。
「すみません。一部良いですか?」
「えっ、あ、はい!」
オタク君、呼びかけにより1部売れたようだ。
「ありがとうございました!」
自分が作ったわけではないが、手伝った同人誌が目の前で売れた。
その事実が、オタク君はとても嬉しかった。
嬉しさでテンションが上がり、呼びかけの声も大きくなる。
「サークル『第2文芸部』の新刊、『オタク君に優しいギャル』です。良かったら見て行ってください」
通りかかった女性が、オタク君の声に反応し振り向いた。
「あっ、オタク君発見!」
「えっ、優愛さん何でここに!?」
何故かコミフェ会場に優愛が居た。
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