第52話「そういえば、2人は同人誌何部刷ったの?」
「ここが……戦場か」
「そうでござる」
「某、ワクワクしてきましたぞ」
12月ももう終わりに差し掛かった29日。
オタク君はチョバム、エンジンと共に早朝の有明に居た。
彼らの目的は、そう。冬コミフェである。
長い歴史を持つコミフェ。
昨今ではダウンロード販売や通販、なんなら同人ショップに行けばいくらでも地元で手に入れる事が出来る。
だが、それでもわざわざ遠方である有明まで足を運んでしまう。それがオタクの性というもの。
オタクに生まれたからには、誰もが一度は足を踏み入れたいと思うオタクの
オタク君達は今日の日の為に近場で宿を取り、始発電車に乗って来た。
時刻はまだ朝の5時過ぎ、空はまだ薄暗く、開場までまだ4時間以上もある。
だというのに、会場には既に長蛇の列が出来始めている。
「すごい。もう待機列の最後方が見えないよ」
「小田倉殿、今からそんなに興奮していては、身が持たないでござるよ」
「そうですぞ。一旦オチケツですぞ」
コミフェに初参加で、やや興奮気味のオタク君を宥めるチョバムとエンジン。
まるで歴戦の戦士のように落ち着き払っているが、彼らもまた初参加である。
しかも初参加で、サークル参加である。
一見冷静そうに見えるチョバムとエンジンだが、チョバムは真冬の有明だというのに汗をかき、エンジンはインナーのシャツが裏表逆である。
オタク君を弄って必死に平常心を保っているだけで、内心では気が気でなかったりする。
「そういえば、2人は同人誌何部刷ったの?」
「100部でござるよ」
「えっ、100!?」
思わず声を上げるオタク君。
周りに迷惑ではあるが、オタク君が声を上げてしまうのも仕方がないというものだ。
サークル初参加でいきなり100部も用意してきたのだ。強気すぎると言わざるを得ない。
普通ならお隣になったサークルに1部づつ、お世話になった人に1部づつ配り、現地で10部でも売れれば御の字というレベルである。
初参加弱小サークルなら30部でも余る可能性がある。それが3倍以上の100部である。
驚き声を上げるオタク君に、エンジンが不敵な笑みを浮かべる。
「なんで100部も刷っちゃったのさ」
「ふっふっふ、小田倉氏。大丈夫ですぞ」
ジャンと言いながら、エンジンが取り出したのはスマホである。
スマホの画面には『第2文芸部』と書かれたツ●ッターのアカウントがある。
『コミフェ初参加なのですが、何部刷れば良いでしょうか?』
10部 8%
50部 12%
100部 55%
1000部 25%
420票
あんぐりと口を開けるオタク君に対し、エンジンとチョバムがどこか誇らしげにしている。
彼らの会話が聞こえていた周りの人達も、声に出さないが心の中で「あー……」と悲しげな声を出している。
もし普段の冷静なチョバムとエンジンなら、票の大半がふざけて入れたものだと気づいただろう。
だが、初めて自分たちの手で同人誌を作り上げた彼らは、客観的に自分たちを見る事が出来なくなっていた。
もしかしたら、自分達は凄い物を作り上げてしまったのではないだろうか。
このまま注目を浴びて、一気に人気者の階段を上がれるのではないだろうか。
なんなら、このままプロから声がかかるのではないだろうか。
そんなサクセスストーリーを夢見て、彼らは勇み足を踏んでしまったのだ。
ガクリと項垂れるオタク君。先ほどまでの興奮はどこへやら。
明らかにテンションがダダ下がりである。
自分の事ではないとはいえ、大事な友人たちのやらかしを現在進行形で見せられているのだから仕方がない。
テンションが下がったオタク君に気付かず、同人誌が売れたらそのお金でどうするかを相談するエンジンとチョバムが、周りからは酷く滑稽に見える。
だが、それもまた、同人即売会、ひいてはコミフェの醍醐味であろう。
「そろそろ拙者達はサークル設営に行って来るでござるよ」
「小田倉氏はアーリー組ですな。拙者達のお土産期待して待ってるですぞ」
エンジンとチョバムが今にもスキップしそうな程の軽い足取りで、先行入場していく。
そんな彼らを、オタク君と、周りの人達も一緒に暖かい目で見送った。彼らに祝福がありますようにと祈りを込めて。
チョバムとエンジンが居なくなり、ぼっちになったオタク君。
「寒いな」
厚着をして、中にはカイロをこれでもかと仕込んではいるが、それでも12月の有明の風は体に沁みるようだ。
孤独からか、余計に寒さを感じてしまうオタク君。
スマホを取り出し、いつものソシャゲーを始める。周りもスマホ片手に似たような感じである。
ゲームを起動すると、普段一緒にやっているメンバーがログインしているのが見えた。
『相方。コミフェの時間まで暇っすよね? パーティクエストに行かないっすか!?』
オタク君がコミフェに行く事を事前に聞いていたので、開場まで暇しているだろうと思いわざわざログインしてくれていたのだ。
『うん。行きたい!』
普段は時間が取れず、中々参加出来ない長時間クエストを仲間たちと共に次々とクリアしていく。
寒さは相変わらずではあるが、孤独は紛らわす事が出来たようだ。
遠くからチャイム音と共に、アナウンスの声が響く。
クエストに集中していたオタク君。気が付けば9時を回っていた。
『そろそろ入場が始まるから、ここで落ちますね』
『相方ファイトっす!』
コミフェ開始の合図とともに拍手の音が鳴り響く。
もはや拍手の音でアナウンスが何を言っているか聞き取れない程である。
何を言っているか聞き取れないが、周りに合わせて拍手をするオタク君。
しばらくして列が動き出したので、オタク君はスマホをポケットに入れた。
冬コミフェの開始である。
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