第165話「相方、もう一度聞くっすけど、何部刷ったんすか?」
「このアホども!!!!!!」
朝も早くから第2文芸部に、いや文化部棟にめちゃ美の怒声が響き渡る。
冬コミフェも近づき、その為の準備などをどうするか話すために部員が全員集まり、話し始めたばかりのタイミングであった。
「な、なんだよ急に」
めちゃ美の怒声に「なんでコイツキレてるの?」という感じでオタク君が言い返す。
チョバムとエンジンもポカーンと口を開け「なんで?」という顔をしている。
「相方、もう一度聞くっすけど、何部刷ったんすか?」
「だから、合計で千部」
「アホっすか!? バカっすか!? この際チョバム先輩とエンジン先輩はどうしようもないとして、相方まで何やってるんすか!?」
「えっ、なんで小田倉殿とエンジン殿はともかく、拙者まで?」
「いやいや、小田倉氏とチョバム氏はともかく、何故某までですぞ?」
「この二人がどうしようもないのは分かるけど、僕まで一緒にしないでくれる?」
そう言って笑い合う
和気あいあいのムードである。
何か言ってるが、どうせめちゃ美だし。普段の彼女の扱いがよく分かる対応である。
「良いから黙って聞けや!!」
が、この日は違った。
机を蹴飛ばし、めちゃ美、マジギレである。
何故めちゃ美がキレているのか分からないオタク君たちだが、本気でキレているのは今の行動で理解し、黙ってしゅんとなる。
めちゃ美を宥めようとするも、どう声をかけて良いか分からない優愛。
何となく理解しているリコと、十分に理解できる委員長はあえて口を挟もうとしない。
「千部っすよ!? そんなに刷ってどうするんすか!?」
「いや、千部と言っても、新刊四百に、既刊三百ずつだし」
「それでも多いわ!!」
そう、オタク君たちはサークル「第2文芸」で作った同人誌を千部刷ったのだ。冬コミフェのために。
それがどれだけ無謀な事なのか、オタク君たちはまだ気づいていない。テンションが上がり過ぎてるので。
オタク君、チョバム、エンジンがお互い顔を見合わせ「えー、行けるでしょ?」とアイコンタクトを送りあう。
そんな態度に、めちゃ美がイラっとして机をドンと叩く。
一瞬ビクつき、ピーンと起立の姿勢になる3バカトリオ。
「良いっすか? 開場時間は十時半から夕方四時。それまでに千部売るには、ええっと、大体十六秒に一部っす」
スマホで計算機を叩きながら、めちゃ美が説明を始める。
「新刊と既刊を同時に全部買ってもらっても、一分以内に売れないとダメなんすよ? しかも片付けの時間も考慮しないといけないっす
出来るんすかこれ? 大手並に売れないといけないんすよ?」
十六秒に一部、新刊既刊合わせて買って貰っても一分以内。
その言葉に、ようやくオタク君たちが冷静な判断力を取り戻す。
なぜこんな事になってしまったのか?
それは、脱稿をした日まで遡る。
第2文芸部で、オタク君、チョバム、エンジンがパソコンを見ながら冬コミフェ用の同人誌の相談をしていた時である。
「そういえば、今回は何部刷る?」
「前回の冬コミフェは百部売れたから、百部ずつで良いと思いますぞ?」
「そうだね」
この時点で、既に百部がどれだけハードルが高いのか完全に頭から抜けているオタク君とエンジン。
前回の冬コミフェ、そして同人誌即売会イベントの成功体験が、完全に悪い方向に向かってしまっている。
とはいえ、まだ現実的な数字ではある。この時点までは。
「ところで小田倉殿、エンジン殿。相談があるでござるが」
そう、チョバムが変な事を言いださなければ。
どうしたのと、チョバムを見るオタク君とエンジン。
「千部でどうでござるか?」
何を馬鹿な事を。そう口にしようとするオタク君とエンジンだが、そんな反応を予想してか、チョバムが先を取る。
右手でメガネをクイッと上げ、左手でパソコンを指さす。
「百部と値段、そんなに変わらないでござるよ」
「「えっ!?」」
パソコンの画面を見るオタク君とエンジン。
そんな変わらないと言っているが、三倍の価格はある。
いや、確かに千部刷って三倍なら確かにお得感はあるだろう。
だが、それでも簡単に手を出すのは厳しい。
「次の”ステージ”に、行ってみたくないでござるか?」
コイツは何を馬鹿な事を自信満々に言っているんだ。
頭ではそう理解している。だが、千部という数字が彼らを惑わす。
今まで上手くいったのだから、今回も上手くいくのではないかと。
チョバムの提案に思い悩むエンジン。
「そうだ!」
良い事思いついたと言わんばかりに、最高の笑顔を見せるオタク君。
「新刊四百部、既刊三百部ずつで合計千部ならどうかな!?」
オタク君の言葉に、手をポンと打ち納得の笑顔を見せるチョバムとエンジン。
「確かにそれなら千部でござるな!」
「今年は現地だから、旅費が余ってる。その分を同人誌代に当てれば余裕ですな!」
千部という大きい数字を見せた後で、それよりも小さい数字を見せればなんだか行けそうにみえる。
詐欺師が良く使う手口である。それを自分自身にやっている事に彼らは気づかない。
善は急げですぞと言いながら、早速注文をするエンジン。
こうして主犯チョバム、計画犯オタク君、実行犯エンジンによる悲劇の幕が開けられた。
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