第166話「チョバムとエンジンのヤツ、インフルエンザだって!?」
冷静になったオタク君たちが、頭を抱える。
どう考えても千部はやりすぎである。
「どうするんだよ」
「どうすると言われてもですぞ……そ、そうだ」
パソコンの前に座り、高速でキーボードを叩き始めるエンジン。
何をしているのかと、後ろから覗き込むオタク君たち。
『勢い余って冬コミフェで千部刷ってしまったので、助けてください』
SNSの第2文芸部のアカウントで助けを求めるエンジン。
藁にもすがる思いである。
『マジかよwww』
『草』
『どうしてこうなった』
早速リプライが来たが、どれも笑い者にする内容ばかりである。
中には買いに行きますというリプもあるが、極一部。
とはいえ、やらないよりかは幾分かはマシだろう。
そんな、一縷の望みを託した行動が、更なる地獄を呼ぶ事を彼らはまだ知らない。
十二月二十九日。
冬コミフェまであと一日。
朝早くからオタク君のスマホに通知が届いていた。
通知音で目が覚めたのか、ベッドの中から手を出し、枕元のスマホを確認し、第2文芸部と書かれたグループチャットに目を通すオタク君。
まだ眠いのか、メガネをかけたというのにかすんで文字が見えていない。眠い目をこすりながら、再度メッセージの内容を見ると、ガバッと上半身を起こす。
「チョバムとエンジンのヤツ、インフルエンザだって!?」
見間違いじゃないかスマホを確認するオタク君だが、グループチャットにはチョバムとエンジンから「インフルエンザになった」というメッセージが表示されている。
『インフルエンザって、明日はどうするの?』
『小田倉殿一人で厳しいなら、すまないでござるが、誰か代わりを呼んで欲しいでござる』
『もし使うなら、サクチケはウチに取りに来て欲しいですぞ』
「まじか……」
二人が行かないなら、やめておこう。一般参加ならそれで問題がなかった。
だが、オタク君たちはサークル参加である。
同人誌の手配も既に済んでいるので、ここでドタキャンは迷惑行為になるため、ドタキャンをする事は出来ない。
だが、誰か代わりと言われても、前日でいきなりサークルの手伝いをお願いできる相手なんてオタク君には思い浮かばない。
今まで隠れオタクをしていたのだから、仕方ない事である。
「……嫌がるかもしれないけど、希真理にお願いしてみるか」
寒さからか、それとも気が重いからか中々ベッドから出れないオタク君。
そんなオタク君が、何度目かのため息をついた時だった。
オタク君のスマホから、通知音が鳴り、オタク君が画面を見る。
『それなら手伝おうか? どうせアタシも行く予定だったし』
第2文芸部のグループチャットにリコがメッセージを書きこんでいた。
『本当ですか!?』
『どうせ優愛も来るだろうし、一応誘っとくよ』
『私も手伝いに行くよ』
「雪光さんも手伝ってくれるんだ。そっか」
先ほどまでは布団から出るのを拒んでいたオタク君が、上半身を起こし、そのまま布団から出ると大きく伸びをする。
十二月の気温に震えながらも、手早く着替えを済ますと、部屋を出て、そのまま玄関まで向かう。
『今からチョバムとエンジンのサクチケ受け取りに行くよ』
軽く気合を入れ、玄関の戸を開ける。
家の中とは比べ物にならないほどの冷気で、完全に目が覚めたオタク君。
軽く「ヨシ」と気合を入れ、チョバムとエンジンの家へと向かって行った。
そして迎えたコミフェ当日。
毎年夏と冬に有明で行われる国内最大のオタク系イベント『コミフェ』
今回は五つの輪っかがトレードマークの世界スポーツ大会により有明で行われず、オタク君の地元で行われる事となった。
普段の会場と比べれば、半分のサイズもない会場。そこへ人が押し寄せごった煮になっている。
初めての開催という事で、混雑も予想されていたのだが、始まってみれば軍隊も驚くであろう統率力を見せるオタク達。
スタッフと参加者が一丸となり、待機列は綺麗にまとめ上がっていた。
「相方。自分は委員長先輩とアーリーチケットで入場するっす」
「僕のサクチケ渡すから、めちゃ美か委員長が中に入った方が良くない?」
厚着を決め込むオタク君、優愛、リコ、委員長、そしてめちゃ美だが、容赦ない冷風が彼らを襲う。
海に囲まれた場所だからか、寒さが一層厳しくなっている。
外の待機列で女の子を待たせて、自分だけ中に入るのは流石に気の引けるオタク君。
「何言ってるんすか。相方がいないと誰もサークル設営出来ないっすよ!」
「うん。私とめちゃ美ちゃんはイベントとかでこういうの慣れてるから、小田倉君と優愛ちゃんとリコちゃん先に入ってて」
「そ、そうですか」
実際に優愛とリコではサークル設営は難しいだろう。
そこにめちゃ美や委員長が入ればマシにはなるとしても、やはり経験者がやった方が手際よく設営が出来る。
分かってはいるが、それでもと後ろ髪を引かれる思いのオタク君。
しばらくし、サークル入場を案内するスタッフの声が聞こえ始める。
「それじゃあ行って来るから」
「相方ファイトっす!」
それ去年も聞いたな。
そんな風に思いながら、オタク君は優愛とリコを引き連れ、スタッフの指示に従いながら入場を開始する。
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