第167話「もうそろそろ来る頃だと思いますよ。あっ、ほら噂をすれば」
数千人規模の展示場には、既に所狭しと長机が置かれている。
その長机の間を、スマホを見ながら行き交う人々。自分のサークル場所を探している人たちだろう。
「ねぇねぇ、隅っこに人が集まってるけど、大きいところってあんなに手伝いの人がいるの?」
「あぁ……それはきにしないで良いですよ」
中には一部違う人たちも紛れているが……。
それはさて置き、オタク君たちはというと、中央辺りをうろうろしていた。
人気のある大手同人サークルには人が押し寄せてくるので、整列しやすいように壁際に配置されている。通称「壁サークル」と呼ばれる場所である。
その次に人気の中堅サークルは端側に、そして有象無象のサークルは中央あたりに配置することで、大きい通路に人が集まり、スタッフが整列しやすいようにされている。
「僕たちのスペースはここですね」
オタク君たちのサークル「第2文芸部」はもちろん、大手でも有名でもないので中央付近、通称「島中」と呼ばれる場所である。
なので、どこも設営は持ってきたキャリーケース程度で済ませられるため、大した時間がかからず暇を持て余し、スマホを弄ったり談笑したりとのんびりしたムードである。
対して、オタク君たちはというと。
「すみません。第2文芸部さんはこちらで宜しかったですか?」
「あっ、はい。お疲れ様です」
宅配のお兄さんが、段ボール箱を台車に乗せて持ってくること二往復。
その数一つ、二つ、三つ……十!
明らかに異質である。壁に近い中堅サークルでもないとお目にかからない段ボールの山が、まさかの島中に積み上げられているのだから。
一瞬で周りをざわつかせるオタク君たち。
「すごい数ですね」
隣のサークルから声をかけられるオタク君。これだけ目立つのだから当然だろう。
「ちょっと色々ありまして」
その色々が何か気になるが、そもそもその数はちょっとじゃ済まないだろう。
しかし、突っ込むのはヤボだと、コミフェの参加者なら理解している。
なので「そうなんですか。大変ですね」と苦笑いで返す。
その後、軽く自己紹介をしてお隣同士で同人誌の交換を行う。三度目だからか、オタク君は慣れた様子である。
逆に優愛とリコはどう話しかければ良いか分からず、ただオタク君が挨拶しているのを隣で眺め、時折オタク君に合わせて会釈をする程度だ。
「ども」
両隣、ついでに後ろのサークルやその両隣とも挨拶を済ませたオタク君。
そんなオタク君の元へ、頭を軽く下げながら話しかけてくる男性。
「一年ぶり。去年隣だった『メスガキ兄貴』だけど、覚えてるかな?」
「あぁ、お久しぶりです。わざわざ挨拶に来てくれたんですか」
「SNS見たら面白いことになってたから、野次馬しに来たけど、確かにこれは……」
メスガキ兄貴のサークル主である男性は段ボールの山を見上げ、軽く苦笑いを浮かべる。
内心「確かにこれはやばいな」と思いながら。
「手助けになるか分からないけど、買いに行ってあげてくれとSNSで拡散しといたから。あぁそれとこれうちの新刊」
「わざわざすみません。あっ、これうちの新刊です」
メスガキ兄貴のサークル主を皮切りに、第2文芸部のSNSを見たという人たちが次々と訪れる。誰もが積み上がった段ボールの山を見て苦笑いを浮かべながら。
コミフェ開始前だが、新刊は交換で順調に減っていく。代わりに新刊を受け取っているので総数ではプラマイゼロだが。
誰もが「 SNSで拡散しておきました」と口にする。善意で。
その善意が、この後に起こる地獄の原因の一つになっていると気づかずに。
「小田倉。全然人来ないけど、こんなもんなのか?」
「始まったばかりですからね」
リコの言葉に苦笑いを浮かべながら答えるオタク君。
コミフェ開始の挨拶から一時間が経っていた。
最初は緊張で固まっていたリコだが、全く人が来ないことで完全に緊張が解けていた。
この一時間で売れたのは、新刊既刊合わせて合計で十五部。島中ならば十分な数である。
だが、オタク君たちが用意したのは千部、このペースでは完売には届かない。
「それよりも、委員長もめちゃ美ちゃん遅いね」
「もうそろそろ来る頃だと思いますよ。あっ、ほら噂をすれば」
人混みでも目立つドピンク頭、だがここはコミフェ会場。カラフルな髪色だらけで逆に目立たないまである。
だが、それでも人混みから委員長を見つけるオタク君。
手を振るめちゃ美と委員長が第2文芸部のサークルへと人混みを押し寄せ向かってくる。背後から大量に人を引き連れ。
「ンンンンンッ!?!?!?!?」
一瞬嫌な予感がするオタク君だが、その予感は見事的中する事になる。
「すみません。新刊既刊全部ください」
「同じく新刊既刊全部で」
委員長とめちゃ美の後から来た人たちが、第2文芸部のサークルを囲み「新刊既刊全部」と口にする。
どういう事だよとめちゃ美を見るオタク君に対し、委員長もめちゃ美も首をブンブンと横に振り関係ないアピールをする。
そして、そんなことをしている間にも、第2文芸部のサークルには、次々と人が押し寄せて来ていた。
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