閑話「かつて文芸部と第2文芸部は敵対していた。」
詩や文学を真剣に取り組む人たちで結成された文芸部。
しかし、いつしか文芸部は詩や文学を真剣に取り組む派閥と、アニメや漫画を愛するオタクの派閥の二大勢力に分かれていた。
事あるごとに言い争いが起こり、最終的にオタク派閥が新たな文芸部、第2文芸部を立ち上げる事により、その争いに終止符を打たれる事になった。
だが、その後も、文芸部と第2文芸部による小競り合いは続いていた。
というのも今は昔の話。
「ごめんね手伝ってもらって」
「いえいえ、このくらいお安い御用です」
文芸部の部室にある本棚の前で、髪を短く切り揃え、堅物そうな印象を与える女性が、困ったような申し訳なさそうな感じで笑いながらオタク君に頭を下げる。彼女は文芸部の副部長である。
そんな副部長の態度に、気にしてませんと笑いかけるオタク君。
「うちは女子しかいないから、本当に助かったわ」
「この程度ならいつでも言ってください」
文芸部が部費で購入した本が職員室に届いたのだが、段ボールに詰められた本の数が多く、副部長が運ぼうにも持ち上がらず困っていたところを通りがかったオタク君が手伝いを申し出て、文芸部の部室まで運んでいた。
一昔前とは違い、文芸部と第2文芸部の間に確執はない。
なので、オタク君も文芸部の副部長も何も気にする事なく手伝いを申し出て、それを受け入れられる。
なんならオタク君に対し、文芸部の部員たちが気軽に声をかけるくらいである。
「ねぇキミ、純文とかに興味ない?」
「純文ですか?」
純文学の話を振られ、オタク君は困ったように頬を掻きながら笑みを浮かべる。
「その、実は文学っていうのがよく分からないんで……」
申し訳なさそうに「すみません」と付け足すオタク君に対し、話しかけた女子だけでなく、興味なさそうにしていた文芸部の部員たちの目が光る。
ガタッと音をたて、立ち上がる文芸部員たち。誰もがニチャァと笑みを浮かべながら。
「そうなんだ。それだったら、これなんてどうかしら? 純文学の入門にお勧めできる作品なんだけど」
文芸部員が一斉に立ち上がったことに、ビクつくオタク君。
そんなオタク君に、副部長が笑顔で一冊の本を手渡す。目が一切笑っていない笑顔で。
「ちょっと副部長。そんな大衆文学持ち出して純文学って、冗談きつすぎですよ」
あっはっはと笑みを浮かべ、一冊の本を手に文芸部員が副部長の元まで歩いていく。こちらも目が一切笑っていない笑顔で。
「あら、私は本気よ? あなたこそ、まさか、その悪文を純文学とか言い出そうとしてませんか?」
オタク君を挟みながら、あはは、うふふと笑いながら向かい合う文芸部員と副部長。
「「あぁ!?」」
そして始まる言い争い。
その圧に押され、オロオロして見守ることしかできないオタク君。
「あの二人はほっといて、こっちはどうかな? 有名な賞を取った作品で」
「有名な賞を取ったからお薦めって時点で程度が低くありません?」
漁夫の利を得ようと、この機会にこっそりオタク君に布教しようとするも、同じことを考えていた文芸部員がそれを阻止しつつディスる。
戦火は広がっていく。
誰もが真剣だからこそ、譲れないものがあるのだ。
「はぁ」
そんな様子を見て、ため息を吐くのは争いに参加しなかった部員である。
オタク君と同じ学年を示す学年章をつけた少女。
「こうなると長いんで、さっさと帰ったほうがいいですよ」
椅子に座ったままオタク君に視線を向けず、手元に持った小説を読みながら、とてもめんどくさそうな声で独り言のように呟く。
「えっと、でも……」
この状況に責任を感じるオタク君。責任放棄して勝手に帰るのは流石に出来ない。
「あなたがいると一生終わらないですから、さっさと帰ってくださーい」
「そ、そうなんですか」
自分がいたら余計に話が拗れてしまうなら、すぐに退散したほうがいい。
とはいえ、多分ここで副部長に「じゃあ僕はここで」と言って引き止められたら逃げられないだろう。
しかし何も言わずに出ていくのも気が引けるので、こそこそと声をかけてくれた少女に近づき「それでは」と声をかけて出て行こうとして、オタク君はある事に気づく。
ページを捲る少女の手が、時折ペラペラっと次のページへ飛ばしている。
その行動にオタク君は覚えがあった。
なので、早く帰ったほうがいいと教えてくれたお礼に、こっそりと耳打ちをする。
「電子書籍にすれば、挿絵のページだけ飛ばせて便利ですよ」
「んなっ」
「それでは僕はここで失礼しますね」
耳元で囁かれ、少女が耳を真っ赤にしながらオタク君を見るが、オタク君は笑顔で返し文芸部の部室を後にする。
少女が読んでいたのはラノベである。文芸部は詩や文学を真剣に取り組む人たちが多い。なのでラノベを読んでいることをバレないように挿絵のページだけを飛ばしていた。
オタク君もこっそり学校でラノベを読むとき同じような行動を取っている。だが、それをやると話が一ページ分飛んでしまうため、重要なシーンであればあるほどもったいなくなってしまう。
なのでこっそり耳打ちをして教えてあげたのだ、電子書籍なら一ページずつ表示するので挿絵を飛ばせると。
それから数日後。
「ふふっ、ついに手に入れたわ!」
放課後の学校の廊下で、ニヤニヤとタブレットを大事そうに両手に抱え込ながら歩いていた。
以前オタク君が耳打ちをした少女である。
オタク君に言われたその日に両親にお願いして買ってもらい、それが昨日届いたのだ。
「あいつタブレット持ってる姿見た事ないから、どんだけ便利か教えてあげようかな」
少女のいう「あいつ」とはオタク君のことである。
自分にタブレットを勧めておいて、本人は持っていない。決して安い買い物ではない、なので自分のタブレットで使用感を教えてやろう。少女はそう考えていた。
そして、早速廊下でオタク君を見つけ、声をかけようとした時だった。
「オタク君」
とある女子がオタク君に声をかけるのを見て、思わず隠れる少女。
声をかけたのは当然優愛である。
オタク君の腕を掴み、一枚の用紙を見せつけている。
「どうよ。これなら期末も問題なさそうじゃね!?」
「おぉ、頑張りましたからね」
優愛を褒めるオタク君に、ちょっと待ったの声がかかる。
「頑張ったのはアタシと小田倉だろ?」
呆れ気味にそういうのはリコである。
なんだかんだで、いまだにオタク君とリコに勉強を見てもらっている優愛。
リコに言い返そうにも、全くその通りなので優愛は何も言い返せない。
「そういえば村田姉妹に呼ばれてたんだった」
何を言っても負けるのは分かりきっているので、逃げ出す優愛。
廊下にはオタク君とリコの二人きり。
「全く」
腕を組み、軽くため息を吐くリコ。
そしてチラチラとオタク君を見る。
「優愛に勉強教えるのは骨が折れたな」
「そうですね」
リコの言葉に、苦笑を浮かべながら同意をするオタク君。
リコが何を言いたいのか真意に全く気づいていない。
「かなり頑張ったよな」
「そう、ですね」
リコが頭を自分の方に向けているところで、その意図にやっと気づくオタク君。
周りに誰かいないかキョロキョロと見回し、ぎこちない様子でリコの頭に手を置き、撫で始める。
「わかってると思うけど」
「はい。他の人がいる前ではしません」
「そうか。それなら良い」
オタク君がしばらくの間リコを撫で続ける。
その様子を、隠れながら少女が見ていた。
「何よアイツ。たらしじゃない」
フンと鼻息を鳴らし、少女はその場を離れる。
そして、いつものように文芸部に向かい、文芸部で新しく買ったタブレットで小説を読み始める。
「あれ、タブレット買ったんだ」
にこやかに話しかける副部長。
電子書籍に興味があるので、軽い気持ちで少女に声をかけたのだが。
「そうですが何か!?」
「あぁうん。便利だよね。タブレット」
「そうですね!!」
何故か不機嫌になっている少女に、副部長が困ったように笑いながら離れていく。
かつて文芸部と第2文芸部は敵対していた。
(もしアイツが興味あるから見せてって言っても、絶対に見せてやらないんだから!)
今もまだ、ちょっとだけ敵対している。
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