第22話「ねぇねぇ、オタク君は出し物何が良いと思った?」
「それではクラスの文化祭と体育祭について、何か意見ある者、レイズユアハンド」
オタク君の教室で、教壇に立った色黒アロハシャツの男がそう言って辺りを見渡した。
こんななりではあるが、立派な教師である。
オタク君のクラスの担任である、通称「アロハティーチャー」担当科目は勿論英語。
真冬以外はアロハシャツを着ていて、本人曰く「生徒が接しやすいキャラ作り」だそうだが、多分趣味も入っているだろう。
実際に生徒からは、気さくに「アロハティーチャー」と呼ばれるので、効果は出ている。
そんな彼が教壇に立ち、今話しているのは文化祭と体育祭についてだ。
各クラス出し物をするのだが、何が良いか案を聞いている所だ。
ちなみに「レイズユアハンド」は手を上げてという意味だ。
この教師、英語の発音はバッチリだが、大体が生徒に合わせて日本人が分かりやすい発音で言っている。
「はいはい。喫茶店やりたいです」
「演劇とか良くない?」
「お化け屋敷作ろうよ」
生徒たちが次々と手を上げ、好き勝手に意見を言っていく。
「喫茶店ってメニューどうするんだよ」
「演劇とか恥ずかしいから無理」
「この歳でお化け屋敷ってどうなのよ」
当然やりたいことがバラバラなので、まとまるわけが無い。
「喫茶店といえばメイド喫茶だろ」
「メイド喫茶とかキモイわ。オタクかよ」
なおも議論は続いていく。
といっても、白熱しているのは一部で、半分以上が興味が無いと言った様子だ。
だが、実際は興味があるし、自分も意見を言いたい。
ただそれで空気が白けてしまったら、自分の意見を無視されたら。
そう思うと、恥ずかしくて何も言えず仕舞いになっているだけだ。
気付けばチャイムの音がなっていた。
結局、議論は平行線のまま終わってしまったようだ。
「本当は体育祭の出場プログラムも決めたかったが、それは帰りにするか」
号令をした後に、アロハティーチャーは教室を出て行った。
教師が居なくなった途端に、生徒たちは騒めきだす。
それぞれ何が良いかの案を出しながら。
先ほどまで消極的だった生徒も現金なもので、友達と固まればあれが良いこれが良いと言い出し始める。
優愛もその中の一人だった。
「ねぇねぇ、オタク君は出し物何が良いと思った?」
「そうですね。やっぱり喫茶店が無難なのかなと思います」
一番大変そうに見える喫茶店だが、メニューさえ決めれば後は手順通りに作るだけだ。
個人でそれぞれ自由に作品を作って発表しましょうよりは、全然楽だろう。
本音を言えばメイド喫茶だが、先ほどキモイという意見が出てたので流石に言い出せないオタク君。。
「メイド喫茶とか面白そうじゃない? お帰りなさいませご主人様イェーイって感じで」
流石にイェーイは違う。
オタク君が恥ずかしいと思う事を、優愛は恥ずかしげもなく口にする。
実際にオタク君が勝手に恥ずかしがっているだけで、他の人はメイド喫茶自体に対して偏見の目を持っていない。
そもそも生まれた時からあるものなのだから、そういう文化なのだろう程度だ。
キモイといった生徒も、半分冗談のようなもので言ったにしか過ぎない。
なんなら優愛のように着てみたいという女子が、数人居る位だ。
しかし「着たい」というには度胸がいるものだ。やはり空気が悪くなったら、からかわれたらと思うと言い出せないものである。
男子も男子で「着てみたい」と言いたいくらいだ。
文化祭特有のノリだが、まだ準備は始まったばかり。
皆思うように、はっちゃける事が出来ない。
「そ、それより体育祭はどうしようか?」
周りに聞かれていないか不安になり、必死に話題を変えるオタク君。
残念ながら、ガッツリ聞かれていた。
(小田倉の奴、せっかくメイド着る空気になりかけたのに)
優愛がやるなら自分もやろうかな。そんな軽いノリで入ろうとしていた女子達の動きが止まった。
オタク君の、過剰な恥ずかしがりのせいである。
やりたいけど誰もが口にするのは憚ってる中、優愛がズケズケと言ってのける。
結果、オタク君の周りの生徒たちは、聞き耳を立て息を潜めた。
「体育祭かー、じゃあクラス対抗応援合戦でメイド服はどうよ?」
「もう、だからメイド服は良いですって」
(小田倉ァ!!!)
オタク君、株が下がっていく一方である。
もはやオタクアピールをして「メイド服良いよね」と言った方が好感度が上がるまである。
「ぶー……じゃあさ、鬼殺の刃の隊員の格好はどうよ?」
鬼殺の刃、妹の病気を治すために鬼滅隊という舞台に入り戦う漫画だ。
アニメ化もしており、老若男女問わず人気の超ヒット作だ。
「恰好ってコスプレするって事ですか?」
(あぁ、もう。絶対に小田倉否定するぞこれ)
「なになに? 文化祭の話?」
近くの席に居た女子が強引に話に割り込む。
それを皮切りに、他の生徒も雪崩れ込む。
「お前ら鬼滅隊のコスプレすんの?」
「えっ、応援合戦皆で鬼滅隊のコスプレ?」
「皆でやるのか、まぁそれならやっても良いけどさ」
気付けばやる事が確定の流れになっている。クラスメイトの見事な連携である。
ここだと言わんばかりに他の生徒も次々と参戦し、話が盛り上がっていく。
「それじゃあさ、体育際の前が文化祭なんだから鬼滅隊喫茶とかどうよ? 文化祭終わった後は体育祭で汚れても問題ないでしょ」
「おっ、文化祭と体育祭でも使えるなら楽になるし良いな」
「じゃあさ、喫茶店は鬼にちなんで、鬼まんじゅう作ろうぜ!」
「でもさ、うちらは演劇やりたいんだけどー」
「じゃあ応援合戦の内容を演劇にすれば良いんじゃね?」
「そっか、それなら良いかも!」
パチっとピースがハマるように、次々と出し物について決まっていく。
そもそも、皆が最初から意見をちゃんと出していれば決まっていた内容だ。
「いやいや、皆盛り上がるのは良いけどさ、衣装どうするよ?」
ピタリと時間が止まったように皆が動かなくなった。
衣装が無ければ、この企画は始まらないのだ。
「そっか、衣装か……そういえばオタク君服作れなかったっけ?」
前にオタク君の部屋で、自作したドール衣装があったのを優愛は思い出した。
「作れますけど、僕一人で全員分は無理なので、自分たちで縫ってもらう事になりますけど」
「えっ、小田倉服作れんの? 凄くね!」
「自分たちで縫うって、やり方は教えてくれるの!?」
オタク君、完全に人気者である。
その日の下校時刻までには、クラスで出し物をどうするのかが決定していた。
「なぁ小田倉。衣装に手をくわえたい場合どうすれば良い?」
「あっ、ずりぃ。柱やるつもりだろ!? 俺も俺も」
「ねぇねぇ小田倉君。こういうウィッグってどこで買えばいい?」
オタク君、この手の話は得意なので、答えていたらひっきりなしにクラスメイトが質問するようになってきた。
大盛況である。
「ねぇねぇオタクく……」
「おたくらー。衣装って一着当たりいくらかかりそうだ? 今度全員から文化祭で使う材料費徴収するから、分かったら教えてくれ」
「……ぶー」
そのせいで話しかけられず、不機嫌になる優愛。
彼女が帰り道でオタク君にウザ絡みをした事は、言うまでもない。
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