第23話「そうだ、小田倉殿。これは拙者とエンジン殿からでござる」

「このクラスに補習を受けるような生徒はいないが、だからと言って夏休みにハメを外し過ぎないようにな」


 担任のアロハティーチャーが号令をかけ、教室を出ると一気に教室は騒がしくなる。

 本日は終業式、どのグループも夏休みをどうするかの話題で持ちきりだ。


 帰宅の準備をするオタク君の後ろに、足音も立てずに近づいてくる人影が。


「小田倉君、夏休みの準備期間は8月の1日からなので、忘れないでくださいね」


 ドピンク頭に目立つ地雷系メイク。委員長である。


「うん。委員長も来るんだっけ?」


「勿論ですよぉ」


「楽しみですね」


「ええ。楽しみです」


(文化祭の準備か、中学時代は殆どやら無かったから楽しみだな)


(小田倉君とおしゃべりが出来る。楽しみだわ)


「それでは委員長のお仕事があるので」


「そっか。じゃあまた夏休みの準備期間に」


「はい。お疲れ様です」


 委員長がオタク君から離れて教室を出ていく。

 入れ替わるように、優愛がオタク君に話しかけた。


「ねぇねぇオタク君。30日空いてる?」


「30日ですか? その日は空いていますよ」


「じゃあ、リコと一緒にオタク君の家に行っていいかな?」


「その日は家に誰も居ないので大丈夫ですよ」


「オッケー」


 普通は女の子を家に誘うのだから、安全面を考えると誰か家人が居るべきだと思うが。

 思春期の彼にとっては、家に女の子を呼んだとなれば、家族からどんな風にからかわれるか分からない。

 なのでオタク君にとっては、家族が居ない方が都合が良いのだ。決してやましい意味ではない。


「それと30日以外で、どこか別の場所で集まって宿題しませんか?」


「いやー、ちょっと明日からリコと短期のバイトだからさ。ごめんね」


「あっ、そうなんですか。分かりました」


 普通に集まって遊ぼうと提案できる辺り、オタク君の意識も変わってきている。

 優愛やリコの誘いを待つだけの、シンデレラボーイではない。

 今回は不発に終わってしまったが。


「準備あるからもう帰るけど、オタク君は?」


「僕は部室を覗いてから帰ります。第2文芸部の出し物がまだ決まっていないので」


「そうなんだ。じゃあ今度は30日だね。バイバイ」


 明らかに優愛の「一緒に帰ろう」という誘いのような気がするが、そこに気付けるほどオタク君は鋭くない。

 なんなら委員長の「お手伝いして欲しいな」オーラさえもスルーである。

 意識は変わっても、鈍感さは相変わらずである。


 優愛に手を振って別れた後に、第2文芸部の部室へ向かうオタク君。

 部室のドアを開けると、挨拶も無くチョバムとエンジンが話しかける。

 

「小田倉殿、文化祭の出し物に何か良い案は無いでござるか?」


「ちなみにオススメエロゲー10選とかはダメですぞ」


 良い悪い以前に未成年なので、建前上エロゲーはアウトだ。


「エロゲーじゃなくてもダメだろ。そもそもモロにオタクバレするような物は出せないし」


「そうでござるな」


 彼らは隠れオタク、故にオタクバレは出来る限り避けたい所である。


「じゃあ、適当に一般人にも人気がある漫画のイラストとか描いて展示はどう?」


「それは確かにパンピーっぽいですな。でもその後に勘違いして入部希望者が来たり、どんな部活か興味を持たれたらヤバいですぞ」


 隠れオタクではあるが、オタクアピールをしたい。

 その上で展示物として学校側を納得させる物で、一般人にオタクバレしない物。

 なんともめんどくさい注文である。


 結局この日も何も決まらずに終わった。

 議論したのは最初の30分くらいで、残りの時間は今期のアニメや最新作のゲームの事ばかり話していたから、当然といえば当然だろう。


「そうだ、小田倉殿。これは拙者とエンジン殿からでござる」


「ハッピバースデーですぞ」


 チョバムとエンジンが掃除用具入れを開ける。

 中に隠しておいた少し大きめの紙袋を取り出し、オタク君に手渡す。


「えっ、良いの!?」


 オタク君の誕生日は7月26日。

 普段は夏休みに入っているため、友達に祝われた経験はあまりない。

 故に、かなり嬉しかったりする。


「中身は帰ってからのお楽しみですぞ」


「大事にするでござるよ」


「うん。ありがとう」


 紙袋を持って帰宅したオタク君。

 ウキウキしながら取り出すと、中身はメイド服だった。

 なんともオタク仲間らしいプレゼントである。


「あいつら……」


 などと口にしながらも、シワにならないように丁寧にクローゼットにしまっていた。

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